ブロガー紹介

✈鬱な私の平穏な日々」担当

自己紹介という名の自己満足

今回このブログを開始するにあたり、私という人間を知ってもらおうという事で、自己紹介なんてものも書いてみようと思います。

1980年生まれ、掲載開始の2021/04末時点で41歳。
小学一年生から登校拒否。
全く学校に行っていない訳ではないけれど、高学年でイジメに遭い完全に不登校になり、中学もそのまま一年生は三学期まで学校に行けず。
中学生の頃は将来芸術大学に進学したいという夢はあったけれど、父親に「芸術では食っていけない」という謎の反対に遭い芸術学科のある高校にすら進学させてもらえず。
行きたかった高校に行けないのなら、高校進学したくないと言う私を中学の担任の先生が「高校だけは行っておいた方が良い」と言うので、恩師の言うことには従おうと思い適当な高校に進学。
しかし元々学校というものが苦手なので、通学を続けられず休学。
その後留年して単位制高校へ転学したけれど結局退学。
その後大学へ進学するもやはり退学。
18歳から紆余曲折あり人生を積む。
人生を積んで26歳の時に初めて自ら精神科へ行くと、発達障害とその他障害で障害二級と診断される。
その後入退院を繰り返して障害一級になる。
現在の病状は比較的安定しているが、たまに自分で「さすが一級」と思う事もある。
性格は真っ直ぐだと言われることが多いけれど、ただ空気が読めずに自分の思ったことをそのまま発信することで、周りに迷惑を掛けているだけだと言われることもある。
ここでもきっと私はその能力を存分に発揮していくだろう、と予想する。

✉闇落ち経営者の憂鬱」担当

bhikkhu book boy buddhism

別のブログ執筆者に対し、こことは別のある法人では雇用関係にあるので、そちらで業務命令を出して他己紹介を命じたところ下記の文章がやってきたのものです。こういう文章をスタッフから頂戴し、そのまま引用する人間であるということを以て、自己紹介といたします。

「自己紹介なのに自分で書かない執筆者」の事を、愛と憎しみを込めて紹介します。

掲載開始の2021/5月末時点で多分40代前半。
無駄に頭が良いので、無駄に脳みそフル回転で思考が多動になる事が多々。
それ故周りは「こいつ何言ってるんだ?」的な目で見ることも多々。
しかし本人は至って真面目に考えているつもりである。

性格は基本温厚だと思われる。
情に熱く仲間想いに感じるが、感じるだけかも知れない。

農業系、経済学系、福祉系、一体どの大学を卒業したのか分からないけれど、とりあえず色んな分野を齧っていることは確かなはず。

「某法人の代表理事」だったり「某社の平社員」だったり「更に別会社の営業担当」だったり、肩書きが沢山ありすぎて怪しさ満点だけど、与えられた仕事はそつなくこなしている風味でお届けしていると認識しているが、誤認の可能性あり。

時に熱く激しく仲間のためを思って行動するが空回り、そして自分の熱が内にこもりすぎて髪の毛に引火して現在の姿になっていると推測。

(余談だが私が本人と話す時のノリは、完全に2ちゃんねるでしかない。
こちらは元VIPPERとして対応すると意外と話が通じすぎる。
出してくるAAのスクショのセンスが秀逸である。)

残念だが私が書けるのはここまでだ…。

その他担当

鈴木です。匿名です。日本における匿名とは、自分のことを隠すことではなく、関係性をゼロにすることである、と喝破した人がいましたが、まさにそれです。つまり、ここでの発言は、全て合同会社鈴木商店にその責任が帰属し、合同会社鈴木商店が、法によって存在が認められた法人である以上、その法人が全ての最終責任を負うとしているのです。

特に日本で匿名性が重要なのかについて考察しますと、日本のインターネットでは、匿名による投稿が好まれる傾向があるように思われます。たとえば、匿名掲示板の「2ちゃんねる」や2016年に流行語にもなった「日本死ね」という言葉が生まれた「はてな匿名ダイアリー」などは、匿名で投稿できるサービスの代表例です。また、SNSと並び称されるTwitterも、匿名アカウントが大宗を占めており、同一人物が、複数のアカウント(いわゆる裏垢)を持っていることがほとんどだという研究成果もあります。総務省によるとTwitterの利用者では日本は「匿名利用」が7割を超え、他国に比べても顕著に匿名利用が多い状況にあるとのことです。(参考:諸外国別に見るソーシャルメディアの実名・匿名の利用実態(2014年)))

ここで、少し「匿名」について厳密な定義をします。匿名といってもいろいろなレベルや段階があるのです。

①「完全」匿名

IPアドレスなどの発信者情報も追えない。初期の2ちゃんねるや、昨今のDarkWebなどもこれにあたるでしょう。

②「名無し」匿名

名前を記入する必要がないもの。同じ人が投稿を続けても、それらの投稿が同じ人かどうかが追えないもの。今の2ちゃんねるや、匿名ダイアリーなど。

③「あだ名」匿名

かように、この①完全匿名については、犯罪の温床にもなりかねないということで、非常に限定的に運用されることになりました。続いて、実際に匿名として運用されるのは、②および③ということになります。

この点、日本のインターネットサービス普及段階における、「2ちゃんねる」という大手匿名掲示板が初期に流行し、中心サービスになっていったことは見逃せません。こうした、どれも名無し型の匿名性だったことです。つまり、名前を入れる必要がない。重要なのは、ハンドルネームが必要な「あだ名型匿名」ではなくて、「名無し型匿名」が日本で受け入れられたことです。

いわゆるハンドルネームやアバター情報などを使い、本名は出さない。もしくは、本名と一緒になっているという確認が取れないものです。アイデンティティは統一されているが、現実の自分とは結びつかない。多くのWebサービスやTwitter、ブログや会社のホームページの中の人など。

匿名性、といって思いつく大きなレベル分けとしては、この3つでしょう。そして、この3つは厳密に区別しないといけません。例えば、どうしても身元がバレては困るもの、たとえば犯罪やその予備行為の告発などで必要な匿名は、「完全匿名」でなければなりません。今の2ちゃんねるに普通に書いたら、名前は出ないものの、発信者情報から身元を特定することができてしまいます。だから犯罪予告は捕まるのです。

この、「名無し型匿名」こそが日本の特殊なインターネット文化を作ったのではないかと思っています。アメリカなどの他国でも、ソーシャル・ネットワーキングサイトが流行するまでは、どちらかというとハンドルネーム文化でした。名前欄に適当なハンドルネームを入れて、それで活動するというイメージです。

しかし、日本では、初期段階のインターネット上で、文化を形成していったコミュニティサイトの多くが、「名前を入れることすらいらない」サービスだったのです。この名残で、どういうことになったかというと、日本においては、ネット上に浮遊する、現実の人物や会社とは別の人格の存在が厳然として存在し、そして、その存在は現実の世界の人間と、あくまでも建前上でありますが、完全に切り離されているということなのです。この、建前が重要なのです。中の人が誰かということは、知っている人は知っていて、むしろ公然の秘密といっていいくらい人口に膾炙している場合もあるのですが、それはそれ、あくまで個別に知っているということと、公開されているということとは、大きな隔たりがあるということです。これが③匿名の大きな意味です。

以上、「鈴木」という匿名の者が織りなすブログの世界をご堪能ください。

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