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(2020/03/04)明治時代と令和時代とでは、生きている人間たちの平均寿命が2倍違うので大人になる速度も違ってきて当たり前だという話をします(40代の進むべき道)

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引きこもり

おはようございます。

40代の引きこもりが推定60万人以上いる、という内閣府の調査結果が出たようで、もう若者じゃないじゃない、という批判があるようですが、内閣府が40歳から64歳までを対象に、引きこもっている人の数を調査したという結果で、病気を除いて、近所のコンビニや小売業のお店に出かけたり、どうしてもオフラインの趣味に出ないといけない場合だけ外出して、基本家の中にいる、いわゆる引きこもり状態が半年以上続いている人を調査したところ、実に61万3千人にものぼり、その4分の3は男性であったということです。

さらに、この半数が、通算7年以上引きこもっているということで、内閣府としては想像以上に多い、ということらしいですが、現在の新型コロナウィルスによる日本の学校(小中高校)の一斉休校や在宅勤務の措置ばっかりの話を受ければ、このような「態度」こそウィルス流行には効果的だということで、考え方の転換が激しく図られているなと感じたわけです。

そして、一見すると40代以上の男性のいわゆる中年以上のおっさんが多いように思われますが、そろそろ、女性差別と同様に、中年男性差別についても、オンライン上における「魔女狩り」が始まりそうな予感がいたしますので、今後おっさんといった言い方(表記)は控えざるを得ないことになりましょうが、とにかく、今は人口ピラミッド上、年上のほうがどんどん多くなっているだけでして、60万人もいる、となれば、これはもう、個人個人の責任というより、傾向というか文化と言っても良いレベルではないかと考えるわけです。

だいたい、この趣味の時だけ外出して、近所のコンビニ商店以外にはリアルな場所には出かけない、ということにすれば、筆者の場合も仕事を「趣味」とみなしてしまえば、間違いなく筆者もこの60万人に入ることは間違いないので、少しこの状況を擁護してみたいと思います。

昔の人は若いのにすごい!例えば坂本龍馬は31歳でなくなるし、高杉晋作なんて26歳で命を燃やし尽くしている、みたいな話があります。

昔の人、以外にも、例えば筆者の好む歴史書「銀河英雄伝説」の新銀河帝国皇帝のラインハルトはわずか25歳で崩御します。

しかしながら、これを絶対年齢で論じるのは非常に難しい、というかフェアではないと考えるのです。

すなわち、江戸時代後期から明治時代の平均寿命は、40歳〜50歳と言われておりまして、これが、1947年、日本が第二次世界大戦における太平洋の大きな戦いであった太平洋戦争(大東亜戦争)に負けて2年くらい経ったところでようやく50歳になって、1951年には60歳、1971年に70歳になります。

そうして、80歳を超えてくるのは、2013年という割と最近の話になるわけです。

つまり、明治時代に生きていた人たちは、当時の平均寿命から考えますと、20歳くらいになったら、もう自分の人生の半分が過ぎた、実際に50歳以上の「じいさん婆さん」はほとんどいない、という世界観の中に生きていたわけです。

「老害」のレベルが違うわけです。

50代で老害です。

現代の、80代で現役経営者(社長会長など)というような話はなかったわけです。

終身雇用は文字通り、寿命が尽きるまで働くというのがセオリーでした。

つまり、筆者は現在45歳で、なんとなくですが、人生半分折り返しに来た、という感覚を持っているのですが、これが、明治時代になりますと、50代以上がほとんどいない、という当然の周りの環境を見て、20歳、言ってみれば25歳くらいで、人生の半分を生きたという「感覚」で生きていたと思うわけです。

これは、現代人のほうがサボっている、というわけでは全くありません。

現代人は、例えば50代になっても、経営者としてはヒヨッコ、みたいな言われ方をしてしまいます。

つまり、現代における平均寿命(たとえば90歳〜100歳)に合わせて、その段階にいてまだまだ元気で生きているシニアの人たちに「遠慮」「忖度」「協力」しないと自らの能力を発揮できないというわけです。

この辺が、ローエングラム王朝と違うところでもあります。

ローエングラム王朝が帝位を簒奪することになりますところの銀河帝国では、この人権思想が浸透した現代の地球に比べて、銀河系を支配するための人口増産と、違った体制を叩き潰すことに対する道徳的躊躇が全くありません。

脱走した奴隷民が建国した自由惑星同盟(フリープラネッツ)の共和政治は見ていられないほどの非効率であり、衆愚政治の見本のような展開を見せます。

軍隊の装備もダサいし、美しさも感じられず、将兵の強さも段違い、という極端な、帝国と共和国の対比が描かれます。

つまり、明治時代と令和時代とでは、生きている人間たちの平均寿命が2倍違うので、これを、貨幣価値のようなレート差がある、動物の一生と人間の一生というふうに引き直してみたら、いわゆる大人になる速度も違ってきて当たり前である、ということが言えるのです。

みんな、尋常小学校を出たら働いて、中学校行くのはほんの一握り、それから予備校で勉強して大学(帝国大学)に入るなど、御伽噺レベル、という話は、それは当時の経済事情ももちろんあったでしょうが、より大きい原因としては、「寿命」という縛りがあったのではないかと思います。

15歳で中卒で働いて当たり前です。

なぜなら、当時の平均寿命は50歳だったからです。

社長は40代で始めても、半分の確率で5年程度しかできない、というのが常識の世の中だったのです。

それが、一気に平均寿命が上がってまいりました。

今や、60代の社長を更迭して70代後半の社長に替えることもめずらしくありません。

アメリカの大統領選挙は、現職のトランプ氏を含めて候補者全員がほぼ70歳以上という、おそろしくシニアな戦いになってまいりました。

しかしながら、これはお年寄りばっかりが増えたというわけではなく、社会の圧力がこの世代に集まっている、というだけのことであるとも言えるのです。

15歳で中卒で働いた、高度経済成長前の日本の平均寿命が50歳、そして現在に引き直すと、平均寿命85歳で換算すると、24歳、ちょうど大学院修士課程を卒業するくらいの年齢で社会に出るのが普通ということになります。

しかしながら、会社や企業団体の「定年」はまだまだ平均寿命のはるか下の、65歳程度に止まっているので、これでは、明らかに、日本の年金制度などは破綻する、長生きリスクに対応できていないのは当たり前だと思います。

江戸時代後期から明治時代初期でいえば、ちょうど2倍すればいいわけで、坂本龍馬が死んだ31歳を現代に引き直せば、62歳ですから、そりゃ結構なすことなしたということも言えるな、若い奴からすればこんな老害排除したくなるのも当然だよな、という違った見方もできるのではないかと思ったわけです。

さらに、そのように考えますと、現代の40歳以上の引きこもり層などといっても、昭和的高度経済成長的価値観で語るから、無用な批判につながるのであって、今や人生90歳などと言われている世の中にあって、まだまだまだ前半戦で折り返し地点にきたばっかりのところ、いくらでも修正がきくものだと思うんですよね。

あと40年以上人生残っている、と考える、または明治時代でいえば20歳だと考えると、それは引きこもっていても当たり前、まだまだ人生に余裕があるというのが、今の我々の世界なのです。

そして、若いうちにがんばれ、といったところで、どうしても、60歳70歳80歳90歳のリアルなシニア層が大量に「いる」世の中とリアルな年寄りはいなくて神武天皇のような超長生きした「神話」しかない世界においては、同じ絶対年齢としての40歳であっても、やれること、自ずと制約があるはずだと思ったのです。

これを振り払うには、それこそローエングラム王朝のラインハルトくらいの勢いで頭角を表すしかございません。

共和国軍が崩壊しなければ、わざわざ20代後半の歴史学科の劣等生であったヤン・ウェンリーなる不真面目軍人を、自由惑星同盟軍の(事実上)軍司令官にするという「英断」はなかったわけです。

つまり、40代で引きこもりでニートであろうが、同じようだったのはローマ共和制末期に現れたあのユリウス・カエサルについても同じであり、彼の時代のほうの平均寿命を考えれば、彼の方がよほど我々より引きこもり道、ニート道においてははるかに先輩であるということをわかっていただければ、この長い話を読んでいただいた甲斐があろうというものです。

つまり、40代の進むべき道とは、まだまだ続く人生において、もう一度立ち止まって考える時間は十分にあるし、間違っていた/違う道だったということがわかってもまったく修正が効く、そういうことなのかなと思いました。

それでは、疲れたので唐突に終わります。

こちらからの雑談は以上です。

(2020年3月4日 水曜日)

(2017/09/04)日本人の平均寿命についての男女差が大きいことについて論じます

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