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(2020/01/05)本当に知っておきたい高校受験や大学受験の日本史の試験対策に大切な「和暦」の総ざらいについて

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和暦一覧(大化から令和まで)

おはようございます。

2020年1月の、特に高校受験や大学受験(時に中学受験)に役に立つ、日本史の勉強を大いに加速する「日本の和暦」についての話をします。

というのも、筆者の近辺で、たとえば高校受験が押し迫ったメンターの対象者が、「大化の改新の大化が元号である」ということを最近知った、というような「ありえない」コメントを聞いてしまったからです。

その生徒の学習進度がどうとかいう以前に、そもそも、日本史の教育現場は、一体何をやっているのでしょうか!

何を教えているのか、と大いに落胆し、筆者は速攻で解説を開始したのです。

曰く、日本史における「出来事」「事件」「戦争」「文化」のほとんどは、その起こった時の和暦、元号を冠して記録されるということを。

大化の改新(蘇我入鹿暗殺)、大宝律令(大宝時代に定まった律令という法令体制)、天平文化(奈良時代の文化)、そもそも最初に鋳造された国内貨幣である和銅開弥(わどうかいほう、わどうかいちんの両方の読み方があります)についても、貴重な銅が算出されたということで、「和銅」という暦に変更しているのです。

最澄に与えられた比叡山延暦寺についても、「延暦」年間に与えたという意味ですし、この点高野山に空海に与えた金剛峯寺よりも、格の高い名前を、当時の稀代のエリートであった第一人者の最澄に与えたと言えるのです。

ちなみに金剛峯寺の「金剛」とは、ダイヤモンドのことでありまして、草莽から出た天才僧侶の空海は、まさに現代でいうところのキラキラネームで遇された、といえるでしょう。

金剛組、という寺社建築の世界最古の会社が今もありますが、この名前も「ダイヤモンド」と考えれば、四天王寺を作った金剛組、当時としては本当に時代の最先端を走った、イケてる起業だったということなのです。

なんせ、「ダイヤモンド組」ですから、スターダストですよ。

ジャニーズ事務所もびっくりの、喫驚(きっきょう)のタレント集団だったはずです。

話が逸れてきましたが、平安時代中期に入っても、貞観の治(醍醐天皇や村上天皇の安定した治世)や、律令の発展形である「延喜式」といった律令制度の完成形となる法律体系、さらに仁和寺の法師で有名な仁和寺も、仁和年間にできたことから名付けられたことです。

仁和寺は、そもそも「暦」を決めるという唯一無二の権利を行使できる、「天皇(すめらみこと)」が、上皇となり出家することになって法皇となった宇田法皇に深いゆかりがあることから、この「暦」の名前を冠することを許されたのです。

我々は、徒然草、という兼好法師が書いた随筆(というか現代的に言えばブログ)における仁和寺の法師、という話でしかよく知らないお寺かもしれませんが、このように和暦から見ると、いろいろな広がりが見えてくるのです。

平安時代だけでこれだけのことが書けてしまうので、この調子で書いていくと話が終わらないので、その後はできるだけ簡単にいきますと、平安時代末期の保元、平治の乱、そうして鎌倉時代の承久の乱、そして鎌倉時代にあのモンゴル帝国が攻めてきた元寇、文永の役、弘安の役、そうしてそれで疲弊した鎌倉幕府が崩壊したところで出てきた後醍醐天皇の建武の新政と続きます。

ちなみに、日本史上最も「個性的」で「活動的」だった後醍醐天皇というお人が、それまで鎌倉幕府という武士政権から強引に平安時代まで遡った天皇親政、公家による旧守的な世の中に戻そうというありえない実験を行い、挙句南北朝の分断という恐ろしい結果を招来することになるのですが、これはこの和暦一覧表にも大きな影を落としておりまして、建武から再び明徳に暦が再統合されるまで、実に50年以上もの月日がかかってしまうのです。

そこから日本史で最も有名であろう応仁の乱、そうして戦国時代を経て、秀吉による朝鮮出兵(文禄の役、慶長の役)が行われ、江戸時代に入って明暦の大火に元禄文化、享保の改革、天明の大飢饉、そして文化文政時代(化政文化)、寛政の改革、天保の改革、安政の大獄と続きます。

明治近辺では、慶応年間に出来た日本の私立大学のはしりである福沢諭吉の義塾が、仮に慶應義塾大学と名付けて開学し、今もその名前でやっていますが、実は、慶応生でも、慶應というのが和暦元号であることを知らずに、早稲田と同じような地名じゃない?と思っている人も多いくらいです。

そして、明治、大正、昭和、平成、それから今の令和と続くわけです。

面白いですね。

西暦を語呂合わせで、たとえば鳴くようぐいす平安京(794年)などと覚えるより、よほど文化的な匂いのする、和暦をベースにした日本史の理解について、駆け足で説明させていただきました。

歴史は楽しく勉強しましょう。

こちらからは以上です。

(2020年1月5日 日曜日)

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