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野球における守備走塁のスランプは少ないのではないかという話の続き

声は出せます

野球における打撃のスランプについて述べましたが、守備や走塁といった一見スランプはないと言われる領域においても、やはり人間のやること、スランプはあるものです。

個人的に草野球をやっていた経験ですが、守備については凡フライを取り損ねてしまったときに、理由としては風とか太陽の光とかいろいろあるのですが、そういうのもひっくるめてミスなので、もう打球が飛んできてほしくない、と思ったところにやっぱり微妙なフライが飛んでくるようなものです。

体は正直で、同じようにポロリと落とす同じ動きをしてしまうわけです。取ろう取ろうと思うだけ、無駄な動きをして思う通りに体が動かなくなります。

内野守備でも、簡単な一塁への送球でへんに力み、暴投となりトラウマになったりします。

筆者は小学校の時のサード守備で一塁に投げるとき大暴騰した経験を、手の感触まで覚えていて嫌になります。

走塁についても、ついリードが緩んで牽制死してしまったときなど、もう盗塁のサインがでようが足は動きません。


結局人間のやることだから何でもスランプはある

ということで、打撃に限らず、人間は弱い生き物であり、その弱い不安な気持ちを飛ばすために、普段の練習を行うものだということなのでしょう。

練習は嘘をつかない、というのも自己暗示ですが、それでよいのだと思います。

一つだけ言えるのは、ベンチで声を出す、バッターボックスで声を出す、守備で声をかけるのにスランプ云々はないということなのかもしれません。

あの大震災から5年、みなそれぞれのスランプを乗り越えていってもらいたいものです。

声は大きい筆者からは以上です。

(平成28年3月12日)

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