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大山祇神社(おおやまずみ神社:瀬戸内海に鎮座する海の神)に行きました

大山祗神社 本殿

おはようございます。

2015年1月のビルメン王によります神社のお守りとご朱印帳を目指した旅日記調配信ブログ記事です。

大山祇神社はおおやまずみ神社と読みます。

大山積神(おおやまづみのかみ)は天照大神(あまてらすおおみかみ)の兄で、海の神様です。

西洋で言いますとポセイドンのようなものでしょうか。

とにかく四方を海に囲まれた日本という国において、海の神様は神話の格付け的にも相当上位に来るはずで、そもそも何もないところから神様がかきまわしたそのしずくで日本列島ができたという日本神話式天地創造のお話からすれば、その日本列島という島ができたほかは全て海になったわけで、それも当然のような気がします。

さて、そんな海の神様を祀っているのが、瀬戸内に浮かぶ大きな島、大三島(おおみしま)にあります大山祗神社(おおやまずみじんじゃ)です。

古来より村上水軍の尊崇篤く、というより伊予守という世俗の支配者と大山祇神社の宮司という神官とを双方担った河野家は、そもそも河野水軍というれっきとした由緒正しい「海賊」であり、村上水軍も形式上は河野水軍の配下であったものの、独自の「活動」も大いに行い世間的にはこちらのほうが有名になった模様です。


神官職河野家は大化の改新から続く名家

境内の楠(樹齢3,000年、天然記念物)

さて世俗の伊予守河野家は何と大化の改新から続く名家でしたが(そもそもそれまでは神官職も兼ねた聖俗双方の国王のような存在だったと思われます)、豊臣秀吉の四国征討により、中国の覇者毛利家の「両川」の一翼、小早川隆景によって大名としての道を断たれ、その後継嗣なく滅亡してしまいます。

しかし神官職としては連綿と現在まで続いているわけです。

この点、世俗統治力を失っても同じく神官職が連綿と続いた出雲大社の千家家にも通じるところがあり大変興味深いところです。

そんな大山祇神社、さすが歴史のタイムカプセル、古くは斉明天皇が白村江の戦いの際に奉納した鏡やら、壇ノ浦の合戦で平家を滅亡させた源義経がかの八艘飛びを行い戦った鎧などを戦勝御礼に奉納したりしており、国宝重文の宝庫です。

時代が下っても南北朝時代の南朝方、護良親王や後村上天皇の奉納した大太刀など、マニア垂涎のすごいお宝の数々を目の当たりにすることができます。

かような海における戦いの神という性格から、初代総理大臣の伊藤博文(日清日露戦争)、旧帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六(太平洋戦争)をはじめとして、政治や軍事の第一線の参拝もありました。

現在でも、海上自衛隊や海上保安庁の幹部などが参拝するそうです。

筆者の死んだ爺さんも旧帝国海軍でしたので、別段孫は幹部でもありません単なる旅人ですがお祈りさせていただきました。

境内には日本最長寿の楠など、自然あふれる瀬戸内の神の島、大三島に鎮座します大山祇神社でした。

その後花より団子とばかり、みかん食べ放題で手が黄色くなりお腹がゆるむまで美味しいみかんを食べまくった筆者からは以上です。

(平成27年1月12日 月曜日)

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厳島神社(広島県廿日市市に鎮座する平家の崇敬厚かった氏神神社)について

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