個人の見解であり関連する組織等とは関係ありません

政治はよりましなものを集めて決めていくベターの積上げプロセスです

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おはようございます。

2016年7月の政治に関する配信記事です。

2016年夏の参議院議員選挙が終わりました。

開票速報を見ながら思ったことですが、政治とはベストで唯一な解決策を提示する場ではないということで、よりベターな妥協点をとりあえずの帰結点として導き出すとてもおっくうで迂遠で面倒なプロセス自体のことを言うではないかということです。

そもそも、多種多様で立場も主張も異なる人間の集団において、合意形成を行うのは非常に骨の折れる作業です。

しかし、その中で勝手なことを言い合っているだけでは何も前に進みませんから、とりあえずの帰結点をプロセスとして探し当てるという行為をしやすいように、国会とか内閣とか裁判所といった権力分立相互監視機能を編み出しました。

これが近代立憲政治体制という人類の「発明」です。

内閣は国会の監視下に置くという議院内閣制

さらに内閣は議院内閣制として国会の責任下に置き、かつ国会自体も二院制にして慎重を期して裁判所も三審制を担保するなど、とにかく緻密な合意形成のための迂遠なハードルを多く設けたのです。

そんなところで筆者が個人的に疑問に思う点を挙げるとしますと、
まず、多様性を叫ぶ候補もしくは陣営ほど、自らと異なる意見を非常にきつい勢いで批判しているのが目に余るような気がします。
それから、選挙で選ばれれば万能という、選挙万能主義的な考えがあることは、政治はプロセスという筆者の考えとは相容れないものです。

政治がベストな選択肢ならば、このような迂遠な選挙制度および統治機構を維持する必要はありません。
所詮、政治は多種多様な個人間の、よりましなベターな妥協点を探らざるを得ないものなのです。

ですから、よりベターを探し当てるために、建設的な議論が必ず必要です。
建設的でなければ、噛み合わない批判合戦となりそのボルテージが上がるだけで、妥協点など見いだせるはずもなく疲れるばかりとなります。

もともと合意形成は疲れる作業なのですから、ここはできるだけ建設的に行きたいものです。


人生おおむね妥協の筆者からは以上です。
(平成28年7月13日 水曜日)
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