個人の見解であり関連する組織等とは関係ありません

多数決による決定プロセスが妥当性を持つ理由とその意味について 法学士の観点からわかりやすく語ります

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独自路線でいきたいです

おはようございます。

2015年1月の法学士によります筆者ビルメン王の配信教育記事です。

多数決が妥当な解を示すことがない場合がよくあるという例を挙げたいと思います。

分譲マンションがありまして、そこの共用部に関する意思決定は区分所有者全体で組織される管理組合が行うということになっております。

さて通常分譲マンションはエレベーターが必要な階数がありまして、このエレベーターというものは共用資産ですので、管理組合で負担すべきということになります。

ここでは5階建ての分譲マンションということにします。

ここで、多数決の論理がおかしいことになるという事例に進みます。

不具合を起こして(要するに壊れてしまった)エレベーターを改修しなければならなくなりました。

もちろん管理組合が発注して支払いを行うのですが、積み立てた管理費では不足していますので、追加負担を区分所有者から募ることになりました。

1階から5階の住人たちのそれぞれの主張

5階の住人は共有財産だから全戸数の均等割を主張しました。

そもそもエレベーターを使う必要のない1階の住人は負担を拒み、エレベーターを使う2階から5階の住人での均等割を主張しました。議論は平行線でしたので、では多数決で決めようということになりました。

怒った2階から5階の住人は結託して、全ての負担を1階の住人に負わせる案を可決したのです。

この事例は、多数決が妥当ではないというよい例だと思います。

屋上に神社の社を建ててお守りを配る、というような話についても同じことでしょう。

きっと、最適であろう解は、1階から5階の住人に一定の配慮をしつつ、いずれも受忍しうるレベルのいわゆる落としどころ、のはずですが、多数決が前に出ることで、多数派のエゴがむき出しになることが往々にしてあるということです。

だってみんなやっているじゃないか、とは言わないようにしたい独自路線の筆者からは以上です。

(平成27年1月19日 月曜日)

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