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国民栄誉賞の山下選手と日本柔道の無差別級王者を争った斎藤選手が逝去

柔道柔術

おはようございます。

2015年1月の記事です。

「柔よく剛を制す」柔道のオリンピック種目に、かつて無差別級という「階級」がありました。

格闘技における体重別階級のうち体重無関係の階級です。

つまり誰でも出れる、まさにその競技で最強の者を決めるのに相応しい「階級」ということになります。

最後の無差別級が行われたのは1984年ロサンゼルスオリンピックで、優勝したのは山下泰裕選手です。

二回戦で肉離れを起こしながらも、決勝でラシュワン選手を破り、そのラシュワン選手が表彰式のとき、表彰台に上がる山下選手に手を差し伸べたというスポーツマンシップあふれるエピソードでも有名です。

山下選手は、こうした怪我のため、28歳の若さで引退しましたが、203連勝、全日本選手権(大会自体が体重無差別で行われる事実上の無差別級)9連覇という伝説を残し、国民栄誉賞を受賞しました。


斎藤仁選手は山下選手の最大のライバル

この山下選手の最後の3回の決勝戦の相手が3学年後輩である斎藤仁選手です。

最後まで山下選手が壁として立ちはだかりましたが、斎藤選手が勝つ前に、山下選手が度重なる怪我もあり、若くして引退します。

斎藤選手は山下選手と同時に出場したロサンゼルスオリンピック95キロ超級で金メダルを取り、次の1988年ソウルオリンピックでは無差別級が廃止され、「真の重量級チャンピョン」となった95キロ超級において金メダルに輝き、オリンピック二連覇を達成したのです。

引退後は、日本柔道指導層のまさに両輪として、後進の指導にあたりました。

そんな努力の人、斎藤選手の訃報に接し、ご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

よく投げられたので、受け身の得意な筆者からは以上です。

(平成27年1月23日 金曜日)

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