個人の見解であり関連する組織等とは何ら関係ありません

キャッチャー(捕手)の古田選手がついに野球殿堂入り@2015年

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こっちじゃないですね

おはようございます。

2015年1月の配信記事です。

古田敦也捕手が日本球界において、野球殿堂入りを果たしました。

プロ野球の選手で、捕手のポジションをこなし、純粋なプレイヤー選出として殿堂入りしたのは、不朽の月見草、通算本塁打歴代2位(657本)の野村克也監督と古田選手の2人しかいません。

王監督(今の子供たちは王会長、というのかもしれませんが)の868本は誰もが知っていても、2位の657本はあまりにも覚えられていないので、この記事の先を読む程度のお時間ありますならば是非覚えて貰いたいと思います。

さてその野村監督の弟子として古田選手は成長するわけですが、師匠譲りの勝負強いバッティングに加え、本職のキャッチャーとしての堅実なキャッチング、確実で強いスローイングに裏打ちされた盗塁阻止率(歴代1位:4割6分2厘)と絶妙の配球指示で、長く球界に君臨しました。

それから、古田選手は眼鏡の捕手として、通称のび太と呼ばれて球界に革命を起こしました。

どうしてもコンタクトレンズが合わなかったということだったようですが、これで、古田捕手のおかげで眼鏡をかけた球児の希望となったということで、古田捕手本人も、これが一番野球を続けていて良かったことではないかと語っています。

昔プロ野球選手によるストライキがあった

加えてもう一つの「功績」があります。

長引く経済の沈滞により、日本プロ野球界にもリストラの風が向かったことがありました。

近鉄とオリックスの合併に端を発した2004年、一部オーナー達が事実上の球界縮小として進めた「8もしくは10球団による1リーグ制」への流れを作り出したのです。

古田選手は、日本プロ野球選手会会長として12球団の選手をまとめ、ストライキを敢行し、この流れを阻止したのです。

「球団を減らすのは危険な行為」という信念に基づき、ファンのプロ野球界の再評価につなげ、そして今でもプロ野球はセ・パ両リーグ12球団を維持することができています。

キャッチャーをやると、どうしても捕球時に目をつぶってしまう素人の筆者からは以上です。

(平成27年1月29日 木曜日)

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