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そもそも皆「余人を持って代えがたい人」であるということを言いたい

あさが来た

おはようございます。

2016年4月の言いたいことを書くという記事です。

2016年の上半期、あさが来たという朝の連続テレビ小説が話題になりました。

最終回が放映され、女性実業家白岡あさの人生が描ききられたのですが、ここで改めて誰と働きたいかという自然な欲求について考えてみました。
旦那の新次郎さんは筋金入りの極楽ボンボンで、事業のことには興味はありません。
その方面の才能もないと割り切っています。
しかし、自分ができないからこそ、そういったことのできる人を探して任せることができたのです。
むしろ、任せないと仕方がないわけで、何なら自分が、と思わないところがこの人の凄いところです。

余人を持って変えがたい人とは

つまり、どんな仕事でも余人を持って代えがたいなどといわずに、いつでも替えがきくようにしているけれども、どうせ一緒に働くならこの人と一緒に働くほうがいいと思われる人物というのが、真の意味で余人を持って代えがたい、などと言われるのかもしれません。
日本の国運をかけた交渉ごと、例えば今でいうならTPPの多国間交渉などについても、意外に簡単にずっと数年やってきた初代担当相が急に辞任しても、その後は意外に後任含めてあまり混乱もなく回っているように見えることからも、単に担当の代えがきかないと思い込むのは組織の柔軟性を損ねかねない考えなのかもしれません。
能力があるとは、自分がいなくなっても仕事や組織は全く問題ないけれども、どうせやるならその人と一緒にやりたいと自然に思われる特性のことなのかもしれません。
仕事はなかなかできない筆者からは以上です。
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