個人の見解であり関連する組織等とは関係ありません

寄付はやったら忘れるべきであるということをもって喜捨というらしいという話です

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おはようございます。

2013年11月の寄付に関する配信記事です。

寄付をしたならば、その寄付したお金やモノがその後どうなろうと気にしないようにしたいです。

寄付をしておきながら、その使途についてあれこれ言うのは本当の寄付ではなく、単に自分のしたいことに向けてお金を「預け」ているだけではないかと思うからです。

であれば変に他人を介さず、直接自分のしたいところにそのお金なりを向ければ良いのです。

寄付は寄付をして自分の手を離れた時点で完全に終了すべきで、その後については寄付をされた相手がその自由意志で判断することにしないと、いつまでも紐付きの資金となって、寄付された側はかえって何もできないということになりかねません。

日本ユニセフとユニセフ本部という組織構造があって、日本ユニセフに送った寄付は必要経費を控除してからユニセフ本部に渡っているという批判めいた意見があるようですが、であれば寄付をする側がユニセフ本部に直接寄付すればよいだけであります。

寄付する相手のことをよく調べもせずに盲目的に「善意で」寄付しておきながら、あとで自らの想定と違ったと怒ってみても仕方ありません。

何かのモノを対価をもって購入する時、無意識に相手方や商品を調べますよね。

それに習えばよいのです。

自分の想定した「寄付することで期待すること」と「実際に起こること」との関係性についてきちんと納得しなければいくら無償でも、いや無償だからこそ掛け違いのトラブルが起こりやすいのです。

仏教には喜捨という考え方があるようですが、物やお金をあげるのであれば、あげて綺麗さっぱり忘れられる程度の小額の寄付こそ、本来の寄付に相応しいものだと思いました。

後々こだわってしまいそうな金額まで無理せず、小額の寄付で済ましてさっぱり忘れる、恩を押し付けない控えめな小さな人間になりたいと思いました。

小人物の筆者からお送りしましたほんの小さな現場レポートは以上です。

(2013年11月19日)

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