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モハメド・アリは不可能なんてないといって不可能を可能にしてきた男

おはようございます。

2016年6月の英雄を悼む配信記事です。

モハメド・アリが亡くなりました。

スーパースターがまた一人世を去りました。

新聞やネット記事にはムハマド・アリと書かれているものも多いのですが、私たちの世代にはモハメド・アリで通っているのでそう書きます。

米国ケンタッキー州出身のモハメド・アリことカシアス・クレイは12歳で、「自転車を盗まれたことを見返すため」ボクシングを始め、1960年ローマオリンピックで金メダルを獲得しました。

その後プロ転向、1964年にヘビー級世界王者、9度防衛。

レストランでの黒人差別に抗議して金メダルを河に捨てる、また弱いものイジメをされたのにベトナムで同じことはやることは断固できないと徴兵拒否して、王者の資格を剥奪されます。

黒人としてつけられた奴隷の名前はいらないとして、カシアス・クレイを捨てモハメド・アリと名乗ります。

キンシャサの奇跡

そして、ボクシングを封じられた3年半のブランクを経て、当時絶対王者として君臨したジョージ・フォアマンを、1974年にザイールの首都キンシャサに沈めて王者に復帰しました(キンシャサの奇跡)。

前半相手の猛攻を受けながら、蝶のように舞い、蜂のように刺す、の言葉通り逆襲しての奇跡的なKO勝利でした。

それから10回王者防衛。

1978年にレオン・スピンクスに一旦敗れ王座陥落しますが、同年にまた雪辱して返り咲きました。

打たれても倒れても不死鳥のように蘇るその姿は、当時の人々に強烈に刻まれたのです。

東洋日本のプロレス格闘家、かのアントニオ猪木と異種格闘技も闘いました。

1981年に引退した後、難病のパーキンソン病と闘い、それでも1996年アトランタオリンピックで聖火を灯しました。

スーパースター モハメド・アリ。

不可能なんてない、あるのは可能性だけだ。

不可能とは、単なる通過点に過ぎない。

不可能なんてありえない。

アリ ボンバイエ。

そんなモハメド・アリの影響を存分に受けました、

キン肉マン世代ど真ん中の筆者からは以上です。

(平成28年6月6日 月曜日)

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