個人の見解であり実在の組織等とは何ら関係ありません

現在の大阪城から大坂と大阪二つのおおさかがあるという話を致します

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大阪城です

おはようございます。

2014年7月の大河ドラマに関する歴史の記事です。

2016年のNHK大河ドラマは「真田丸」と題し、真田幸村とその父真田昌幸を主人公とする作品に決定したそうです。

筆者の推論でもありますが、東西バランスに配慮した妥当な「人選」とも言えましょう。

現在の黒田官兵衛が活躍したのは姫路から東に登っても近江の安土城くらいまでで、晩年は豊前中津から筑前福岡と回るわけですので西を代表したものといえます。

一方真田昌幸・幸村親子はもともと武田氏の直臣、長野上田城にて徳川家を第一次上田合戦において撃退し、幸村は大坂冬の陣・夏の陣に参戦し、最後は3,500という有名な赤備えで統一した寡兵で徳川家康をぎりぎりまで追い詰め果てたという勇将です。

西の関白であった豊臣家から権力を奪い取ってきた東の将軍徳川家に対し、同じく東にあり続けて最後の最後まで対抗し続けた戦国武将であり、まさに東を代表するにふさわしいキャスティングとなりましょう。

最後は、豊臣家に忠義立てして大坂夏の陣に散るのですが…。

ただし、幸村は滅びますが、真田家としては徳川一族入りを果たしておりしっかりと家門を継ぐことには成功しました。

名を取り、実も取る。

このようにありたいものです。

大坂冬の陣であり大坂夏の陣です

さて「真田丸」は真田一家を一艘の船に例えたものでもありますが、大坂冬の陣(大阪ではない念のため)の際に防御の比較的薄い大坂城南端に幸村が建設した要塞の名前でもあります。

冬の陣において大活躍したこの要塞も、夏の陣に至る和議の条件で取り壊され、丸裸となった大坂城はあえなく夏の陣で落城します。

今わたしたちが見ることのできる大阪城は(大坂ではありません念のため)、その後徳川家の命によって再建された大阪城であります。

そもそもこの地は石山といい、浄土真宗石山本願寺の本拠として要害堅固な城郭となり、織田信長を始めとする戦国大名を苦しめたのです。

そんな大阪の近くに住んだこともありますが、梅田や難波どころか、阪急と阪神の違いすら最初はわからなかった滋賀県ゆかりの筆者からは以上です。

(平成26年7月7日 七夕の月曜日 最終更新:平成28年7月7日 水曜日)

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