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頑張れば報酬が上がるという呪縛が過度な残業やうつ病過労死を呼ぶのかもしれないという話です


春闘での連合会長の発言「頑張れば賃金上がる社会」

おはようございます。

2017年1月の記事です。

いつも営業サボりがちな筆者(@shinya_ueda)です。

いつも楽して売り上げ増えないかなー、楽して利益出ないかなーと思いながら日々ぶらぶらしております。

さて、今年(2017年)の春闘に関して、日本の労働組合の総元締めであるところの、日本労働組合総連合会(以下略称「連合」と触れる場合は書きます)のトップである神津会長(当時)が、NHKのインタビューに答える形で、「頑張れば賃金が上がるという常識を取り戻す」と述べたそうです。

具体的には、「ベースアップできるところは4年目も継続させ、定期昇給などの制度も維持し、頑張れば賃金が上がるという常識を取り戻すことが極めて大事だ」と答えておりますようで、すなわち、「頑張れば賃金が上がる」というのが彼らにとっての常識的な社会であるということのようです。

経済学の常識は、「少ない労力で効果を上げよ」

しかしながら、経済学においては、1987年のノーベル経済学賞の受賞講演でロバート・ソローがいみじくも述べたように、「人々がより一生懸命働くから成長するのではない、よりスマートに働くから成長するのだ」というのが「常識」とされています。

すなわち、わかりやすく有体(ありてい)に申し上げますと、一生懸命働くことは重要「かも」しれないが、より生産的に効率的に総所得が増えるように、成長するように、要するに豊かになるためには、「スマートに働くこと」が徹底的に重要であるということなのです。

この点、利益追求体としての企業経営の論理はとても明快です。

ピーター・ドラッカーや五つの力のマイケル・ポーターを持ち出すまでもなく、仕事は「一定の成果をあげるのに投入した労働力が少ないほど良い」ということになります。

最小の努力で最大の効果を、というのは間違っていて、一定の努力で最大の効果を、というのが正しいと思います。

良い会社と良い労働者の条件として、この一定の努力というものの効用をどれだけ最大化できるかということが競争要因となるのです。

さて一方、冒頭の「頑張ったら収入が増える世界」はどんな労働世界になるでしょうか。

頑張れば頑張るほど収入はとりあえず上がります。

つまり、ハードワーク=高収入、という世界です。

つまり、タクシー運転手ならば寝ないで24時間流しておけばいいし、小売の陳列ならば24時間、常に欠品を陳列していれば良いということになります。

しかし、これでは、最大でも8時間労働の3倍の賃金しか手に入らないのです。

そして、結果として際限なく残業が増えていき、サービス労働時間含めて総労働時間は伸びていきます。

そう、誰かが過労によってうつ病になって自殺するか、何らかの革新的な事柄が起こってしまうまで、となります。

頑張り続けることの先に待つ不都合なこと

個人的には、労働者が頑張るという観点においては、少なくとも(筆者を除く)日本人はかなり限界近くまで頑張っていると思われ、もはやこれ以上の頑張り増分は見込めないような気がしています。

やはり、頑張るという負荷ではなく、どういった方向で頑張るのかという点にもっと注目した方が良さそうです。

実際、これ以上どんなに頑張ってもなかなか商品は売れないし、どんなに頑張っても客は評価せず、ネットショッピングですかすか買って行ってしまいます。

レジすらない、アマゾン・ゴーという商品だけ陳列小売店で全く言葉すら交わさずに買い物ができてしまう環境で、顧客は嬉々として生鮮食品なども「購入」していくのです。

残念ながら、今後のビジネスの方向性としては、知識やアイデア、そしてやり方の確立といった、単に(いまのやり方を)頑張りつづけるというのとは別のものなのです。

それなのに、日本全国の労働者の総元締めの代表とあろうお方が、労働者をレミングの群れのごとく崖下に突き落とすようなもっと頑張れの旗を振るのはおかしいのではないかと思っています。

おそらく、この彼も、「頑張り」によって今のトップの地位に登ったのではないと思うのです。

何らか組織内力学や運、といった作用から、うまいこと生き残ったという感じがしてなりません。

そして、経営者に対してもっと給与を寄越せというのであれば、もっと人を効率的に使うための方法論を考えろとか、ただ頑張れというだけの経営者には退場願うとか、そういった提言をしてほしいなあと思ったのです。

繰り返しますがそういうわけで極めて頑張っていない労働者の筆者からは以上です。

(平成29年1月9日 月曜日)

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