令和7年予備論文労働法
【令和7年予備論文労働法】
次の事例を読んで、後記の【設問1】及び【設問2】に答えなさい。
【事例】
Xは、令和4年10月1日、飲食店の経営等を主たる業務とするY社との間で、労働時間を1日7時間、基本給月額21万円、職務手当月額5万円とする期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)を締結して運営するレストランAにおいて、ホールスタッフとして勤務するようになった。Y社の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には、労働時間を1日8時間、週40時間、始業時刻を午前11時、終業時刻を午後8時、休憩時間を午後2時から午後5時までとする旨の定めがあるほか、賃金については個別の契約によること、賃金の計算期間は毎月1日から末日まで、毎月10日に前月分の賃金を支払う旨の定めがある。
もっとも、Y社では、Xの在職期間中、労働基準法第36条所定の労使協定は締結・届出されておらず、変形労働時間制やフレックスタイム制は採用されていなかった。
なお、本件労働契約上の1日の労働時間が本件就業規則上の1日の労働時間よりも短いのは、本件労働契約上、午前11時30分の営業開始前の準備のための時間及び午後9時30分の営業終了後の片付けのための時間が考慮されていなかったためであった。
レストランAは、営業時間が午前11時30分から午後2時まで及び午後5時30分から午後9時30分までであり、午後2時から午後5時30分までの間(以下「本件開店時間帯」という。)については、客席の入口に「準備中」の札が掲示され、当該時間帯は客が入店することはなかった。
また、レストランAにおいて、店長であるBのほかにスタッフは1日に、ホールスタッフが5名、キッチンスタッフが3名勤務していた。
食材等の納入は、主に本件開店時間帯に行われていた。
他方で、Bは、Xを含むホールスタッフに対し、本件開店時間帯においても、電話があった際にはホールスタッフのいずれかが必ず対応するよう指示しており、レストランAにおいては、毎日、本件開店時間帯に5件程度、店からの予約、その他の確認又は変更等の電話を受けていた。
Xは、シフトによって、1週間につき5日、本件就業規則所定の始業時刻及び終業時刻に沿って午前11時に出勤し、午後10時に退勤していた。
Xは、休憩時間とされていた午後2時から午後5時までの間については、店内で食事をし、スマートフォンで動画を見るなどして過ごしていたが、同一シフトで勤務するホールスタッフの中でXが唯一の正社員であったこともあって、レストランAから外出することはなく、電話があれば直ちに対応していた。
Xの対応件数は、他のホールスタッフと比べ多く、BもXのことを認識していた。
Xが客からの予約、その確認又は変更等の電話対応に要した時間は、1件当たりの平均で約5分であった。
Xは、令和5年7月、Bに対し、レストランAのホールスタッフが休憩時間中に外出できるような体制を確保するよう求めた。
Bは、Xを含む正社員のホールスタッフと協議の上、同年8月1日以降、電話対応を当番制とすることとし、Xが当番となる頻度は、5勤務日に1回となった。
他方で、Xは、同一シフトで勤務するホールスタッフの中でXが唯一の正社員であったこともあって、レストランAの固定電話への着信に当番の者が出なかった場合、その着信はXのスマートフォンに転送されることとなった。
なお、実際にそのような転送がされ、Xがこれに対応したのは、Xの退職までに1回だけであった。
Xは、令和7年3月31日、Y社を退職した。
【設問1】
Xは、令和7年6月、勤務開始日である令和4年10月1日から退職日である令和7年3月31日までの間の各労働日につき、本件就業規則に定められた始業時刻である午前11時から終業時刻である午後8時まで稼働し、その間、休憩時間とされていたことができなかったとして、本件労働契約の1日の労働時間である7時間を超えて労働したと主張して、各労働日について、1時間分の通常の労働時間に対する賃金及び3時間分の労働基準法37条所定の割増賃金の支払を求める訴えを提起した。
Xの請求は認められるか。検討すべき法律上の論点を挙げて論じなさい。ただし、上記の請求の対象となっている賃金につき、具体的な金額を示す必要はない。
【設問2】
前記【事例】の事実に加えて、Y社の本件就業規則において、「職務手当は各労働者の職務の難易に応じて支給し、労働基準法37条所定の時間外割増賃金の支払を含むものとする。」との定めがあり、かつ、本件労働契約書において、基本給及び職務手当の金額が個別に記載され、職務手当について上記定めと同一の内容の説明が記載されているが、支払の対象となる時間外労働の時間数の記載がなかったとの事実が存在したとする。
この事実関係の下において、Y社が、仮にXが請求する割増賃金が発生しているとしても、職務手当の支払によって清済済みである旨主張した場合、このY社の主張は認められるか。検討すべき法律上の論点を挙げて論じなさい。
第1 設問1(Xの賃金・割増賃金請求の可否)
1 本件労働契約上の労働時間と就業規則上の労働時間の関係
本件労働契約上の1日の労働時間は7時間であるのに対し、本件就業規則上の1日の労働時間は8時間(午前11時から午後8時、休憩3時間)である。就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効となり、無効となった部分は就業規則の定める基準による(労契法12条)。本件労働契約の7時間は就業規則の8時間を下回るから、Xの1日の所定労働時間は就業規則の定める8時間となる。したがって、契約上の7時間と就業規則上の8時間との差である1時間分について、Xは通常の労働時間の賃金請求権を有する。
2 休憩時間の労働時間該当性
Xは、午後2時から午後5時までの3時間が休憩時間ではなく労働時間に当たると主張し、割増賃金を請求している。労基法34条1項の休憩時間とは、労働者が労働から完全に解放されることが保障されている時間をいう。実作業に従事していない不活動時間であっても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間は労働時間に該当する(最判平成12年3月9日・三菱重工長崎造船所事件参照)。労働時間該当性は、客観的に使用者の指揮命令下に置かれているか否かによって判断される。
(1) 令和5年7月以前の期間
Bは、ホールスタッフに対し、本件閉店時間帯においても電話があった際にはいずれかが必ず対応するよう指示しており、Xは同一シフトで唯一の正社員として、店内から外出することなく、電話があれば直ちに対応していた。Xの対応件数は他のスタッフよりも多く、Bもこの状況を認識していた。
もっとも、Xは店内で食事をしたり動画を見るなどして過ごしており、電話対応は1件約5分、1日5件程度で合計約25分程度にとどまる。3時間の大部分は自由に過ごしていたようにも見える。
しかし、Xは、いつ架かってくるか分からない電話に即座に対応できるよう店内に待機することを事実上求められており、レストランAから外出することもできない状態にあった。このような状況は、労働からの完全な解放が保障されているとはいえず、いわゆる手待時間として使用者の指揮命令下に置かれていたと評価すべきである。したがって、当該3時間は全体として労働時間に該当する。
(2) 令和5年8月以降の期間
当番制の導入後、Xが電話対応の当番となる頻度は5勤務日に1回となった。当番日以外は電話対応義務が課されておらず、原則として労働から完全に解放されているといえるから、休憩時間に当たる。
ただし、当番者が対応しなかった場合にXのスマートフォンに着信が転送される仕組みが設けられており、Xが事実上の待機を求められていたか否かが問題となりうる。もっとも、このような転送対応は退職までの全期間を通じて1回のみであり、Xに常時の待機義務が課されていたとまでは認められない。したがって、非当番日については休憩時間と評価される。
他方、当番日については、Xは電話対応のために店内に待機することが求められる状態にあったから、手待時間として労働時間に該当する。
3 割増賃金の発生
休憩時間が労働時間に該当する場合、午前11時から午後8時までの勤務時間のうち、所定労働時間8時間を超える部分について労基法37条1項の時間外割増賃金が発生する。休憩時間3時間が全て労働時間に当たるとすれば、1日の実労働時間は9時間となり、法定労働時間8時間を超える1時間分について割増賃金が発生する。なお、Y社では36協定が締結・届出されていないが、このことは時間外労働の割増賃金請求権の発生を妨げるものではない。
4 消滅時効
賃金請求権の消滅時効は3年であるところ(労基法115条、143条3項)、Xが令和7年6月に訴えを提起していることから、令和4年10月分の賃金(支払日令和4年11月10日)等の初期分については、Y社から消滅時効の援用がなされる可能性がある点に留意を要する。
5 結論
令和5年7月以前については、3時間の休憩時間が全て労働時間に該当するものとして、契約上の7時間と所定労働時間8時間との差の1時間分の通常賃金及び法定労働時間8時間を超える1時間分の割増賃金請求が認められる。令和5年8月以降は、当番日のみ同様の請求が認められ、非当番日は認められない。
第2 設問2(固定残業代としての職務手当による清済の可否)
1 問題の所在
Y社は、職務手当月額5万円が労基法37条所定の割増賃金の支払を含むとして、Xの割増賃金請求は清済済みであると主張する。いわゆる固定残業代の有効性が問題となる。
2 判断枠組み
判例(最判平成30年7月19日・日本ケミカル事件等)は、使用者が労働者に対して割増賃金を支払ったといえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるとする(判別要件)。この判別ができなければ、当該手当の支払をもって割増賃金の支払があったとは認められない。
3 本件への適用
本件では、本件就業規則及び本件労働契約書に、職務手当が時間外割増賃金の支払を含む旨の記載はある。しかし、支払の対象となる時間外労働の時間数についての記載がない。時間外労働の時間数の記載がなければ、職務手当月額5万円のうちいくらが通常の労働時間の賃金に当たり、いくらが割増賃金に当たるかを算定することができず、判別要件を充たさない。
また、職務手当は「各労働者の職務の難易に応じて支給」するものとされており、その性質上、職務内容に対する対価としての側面を有する。このことは、職務手当の全額が割増賃金の趣旨であるとの判別を一層困難にする事情である。
4 結論
以上より、職務手当の支払をもって割増賃金の支払があったとは認められず、Y社の清済の主張は認められない。以上
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