昔の話をしているんじゃない

歴史って昔のことじゃないんですよ。どんな人でも、その時を生きたので。昔の話をしているんじゃないんです。みんな、自分が面白かった時の話をしているだけです。昔の話を聞くという感覚を取るだけで臨場感が湧きます。これは誰も教えないポイントですので、繰り返しますが、昔の話をしているんじゃない17歳の頃の話をしているだけ、なんです。
歴史という言葉を聞くと、多くの人は「遠い昔の出来事」を想像する。しかし、その感覚こそが歴史を退屈にしている原因ではないか。歴史とは、過去の年号や事件を暗記するためのものではない。本来は、その時代を実際に生きた人間たちの体温を感じ取る営みである。
例えば戦国時代を考える。武将たちは教科書の中の記号ではない。彼らにも十七歳の頃があり、焦りや野心や恋愛や嫉妬があった。敗戦に震えた夜もあれば、自分は天下を取れると本気で信じた朝もあったはずだ。つまり彼らは「昔の人」ではなく、ただその時代を生きていただけの人間なのである。
幕末の志士も同じだ。坂本龍馬や高杉晋作を偉人として眺めると距離ができる。しかし、「二十代の青年が時代を変えようとして暴れていた」と考えると、一気に生々しくなる。彼らは歴史上の人物である前に、若さに突き動かされた人間だったのである。
これは個人の記憶でも同じだ。老人が戦後の話をするとき、本人は「歴史を語っている」感覚ではない。ただ、自分が青春を過ごした頃の話をしているだけだ。学生時代に夢中になった音楽や、必死に働いた時代や、恋人と別れた夜のことを語っているのである。そこには生身の感情がある。
だから歴史を学ぶ際に重要なのは、「昔の話だ」という壁を外すことだ。人間はいつの時代でも、自分の人生を生きていた。恐れ、怒り、笑い、期待しながら毎日を過ごしていた。その感覚を持った瞬間、歴史は単なる暗記事項ではなく、圧倒的な臨場感を持って迫ってくる。
歴史とは、過去の死んだ記録ではない。かつて誰かが現在として生きた時間の集積なのである。
筆者も、大いに暴れてみようと思います。これ読んだあなたがたも、みなさんも、大いに暴れてください。他人の評価など、正直、どうでもいいですw
以上
