メザシの土光さん

社員は3倍働け

「社員は3倍働け。役員は10倍働け」現代なら間違いなく「ブラック企業」と批判されそうなこの言葉を放ちながら、国民から熱狂的に支持された伝説の経営者がいました。
東芝の元社長、土光敏夫。IHI(石川島播磨重工業)の再建を成し遂げた彼が、経営危機に瀕した東芝の社長として託されたのは、69歳の時でした。当時の東芝は、役員たちが派閥争いやゴルフに明け暮れる、腐敗した「大企業病」の巣窟となっていました。
就任初日、彼は全社員に冒頭の激しい言葉を突きつけます。「俺はそれ以上働く」。
これだけ聞けば単なる暴君ですが、社員たちが文句も言わずに彼についていったのには、明確な理由がありました。
ある日、NHKの特集番組で彼の私生活が放送され、日本中に衝撃が走りました。天下の大企業のトップが夕食に食べていたのは、なんと「メザシと味噌汁、そして玄米」だけ。住まいは築40年の雨漏りしそうなボロ家で、暖房費を節約するために、家の中でも服を着込んで寒さを凌いでいたのです。
「トップがここまで耐えているのに、俺たちは何を甘えていたんだ」。
その姿は社員の意識を根底から変え、国民からは親しみを込めて「メザシの土光さん」と呼ばれるようになりました。
彼は毎朝7時半に出社し、役員専用車や交際費を全廃するという徹底した改革を断行。その背中に感化された社員たちが猛烈に働き始めたことで、東芝は見事な復活を遂げました。後に80代で挑んだ国鉄民営化などの行政改革においても、このブレない「清貧の哲学」こそが、国民を動かし、日本を変える原動力となったのです。