社員は悪くありませんから

「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから」
1997年11月24日、その悲痛な叫びは日本中を駆け巡り、多くの人々に衝撃を与えた。
カメラのフラッシュが無数に焚かれる中、壇上で顔をくしゃくしゃにして号泣する一人の男。彼は自らの保身を願ったわけでも、会社の不運を嘆いたわけでもなかった。ただひたすらに、明日から職を失うことになる社員たちの未来を案じ、頭を下げ続けていたのだ。
男の名は、野澤正平。100年の歴史を誇った名門、山一證券最後の社長である。
彼がその椅子に座ったのは、廃業会見のわずか4ヶ月前のことだった。
就任直後に突きつけられたのは、2,600億円という天文学的な数字の「飛ばし」による簿外債務。会社はすでに破綻の淵に立たされていた。彼に託されたのは、輝かしい再建への希望などではない。誰かがやらねばならない「尻拭い」、そして組織の最後を見届ける「殿(しんがり)」という、あまりにも過酷で残酷な役割だった。
それでも野澤は、最後の瞬間まで諦めなかった。
会社の存続を信じ、プライドをかなぐり捨てて大蔵省や銀行へ支援を求め奔走した。しかし、救いの手が差し伸べられることはなく、就任からたった4ヶ月で、巨大な金融機関はその長い歴史に幕を下ろすこととなった。
そして迎えた、運命の記者会見。
当初、彼の手元にあったのは、官僚たちが用意した無味乾燥な原稿だけだった。それを淡々と読み上げ、幕を引くはずだった。
だが、会場の重苦しい空気の中、一人の記者が放った鋭い質問が、野澤の魂を揺さぶる。
「社員には、どう説明するんですか?」
その瞬間、もはや社長という肩書きも、用意された建前も意味をなさなくなった。
野澤は手元の原稿を投げ捨てた。そこから溢れ出したのは、一人の人間としての、飾らない心の叫びだった。
「善良で能力のある、頑張り屋の社員たちです。どうか、社員の皆さんを応援してやってください」
当時、一部のメディアはこの涙を「芝居だ」「見苦しい」と冷ややかに揶揄した。しかし、彼の言葉は決してその場しのぎの空虚なものではなかった。
会見の後、野澤は約束通り行動を起こす。約1万人もの社員たちの履歴書を抱え、自ら他社を駆け回り、頭を下げ続けたのだ。「どうか、うちの社員を使ってやってほしい」と。そうして、一人でも多くの仲間が路頭に迷わぬよう、再就職先を探し歩いたのである。
「会社に携わった1万人、その家族を含め3万人を路頭に迷わせてしまった。なんとかしたかった」
後に彼はそう語っている。
責任を部下に押し付けず、泥を被り、最後まで社員を守り抜こうとしたその姿。時代が流れ、彼の流した涙の意味は再評価された。それは、真のリーダーが最後に見せた、誠実さと覚悟の証として、今もなお多くの人々の記憶に深く刻まれている。