9日目(2023/12/30)

労働法第1問、第2問(令和2年司法試験論文問題)

労働法第1問


所要時間
81分(読む9分 構成14分 答案58分)

想定順位
10位以内

答案(手書き答案を文字起こししたもの)

  • 約2300文字、1行あたり平均37文字
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設問1

1.まず、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する割増賃金請求権(以下、「本件割増賃金請求権」とする)が発生しているか。

(1) XはY社との間で本件雇用契約(民法623条)を締結し、6か月の契約期間中の各月において1週間40時間(労基法32条1項)及び1日8時間(同条2項)を超える労働をした。Y社では変形労働制(32条の2、4、5)もフレックスタイム制(32条の3)も採用していないため、(1)の労働がすべて時間外労働に当たる。

(2) Y社は、36協定を締結(36条)することなくXに(1)の時間外労働をさせているため、(1)の時間外労働は違法である。もっとも、違法な時間外労働についても、過重労働をした働者に対する経済的補償という37条の趣旨が妥当するため、同条に基づく割増賃金請求権が発生すると解する。したがって、同条に基づく本件割増賃金請求権が発生する。

2.次に、Xは本件約定の内容が明記された本件雇用契約の契約書に署名押印することにより本件約定について合意している。そこで、本件約定が本件雇用契約の内容となり、その結果、本件約定に基づく基本給の支払いによって本件割増賃金請求権が消滅するのではないか。

(1) 労基法37条及び同法施行規則19条は割増賃金の計算方法や支払方法まで強制する趣旨ではないから、①通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働の割増賃金に当たる部分とを判別することができ、かつ、②割増賃金に当たる部分が労基法37条・規則19条により導かれる額以上であるならば、基本給に割増賃金を含める形で基本給を支払うことで割増賃金を支払うことが許容されると解する。

(2) 本件約定によると、月間総労働時間が160時間未満であっても、それが140時間以上であるならば、賃金の控除はなく基本給全額が支給される。Xの法定労働時間が概ね月160時間くらいであると思われることからすれば、月間総労働時間がそれを20時間近く下回っても賃金控除がないとなると、Xの基本給40万円のうちどこまでが通常の労働時間の賃金に当たる部分で、どこからが時間外労働の割増賃金に当たる部分であるのかが不明瞭である。月間総労働時間が月ごとに変動するものであることも踏まえれば、なおさら、両者の区別が不明瞭となる。したがって、①を欠く。

 そうすると、本件約定に基づく基本給の支払いによる本件割増賃金の支払いは一切許容されないから、本件割増賃金請求権は1円も消滅していない上、本件基本給40万円全額を算定基礎にするものとして発生していたことになる。

 よって、上記内容におけるXの請求が認められる。

設問2

1.本件割増賃金請求権が発生すると考える場合には、本件約定の内容について本件割増賃金請求権について事前に放棄させるものとして捉えることも可能である。そして、本件割増賃金請求権も「賃金」(11条)として賃金全額払い原則(24条1項本文)の適用を受ける。同原則の例外を許容するための「法令」による「別段の定め」も労働者過半数代表との「書面」による労使「協定」の締結(同条1項但書)もないため、本件約定に合意したことによる本件割増賃金請求権の放棄の意思表示は賃金全額払い原則に違反しその効力が否定されるのではないか。

2.同原則が禁止するのは、使用者による一方的な賃金控除であるから、労働者による賃金債権の放棄は同原則に違反しない。もっとも、労働者の経済生活の安定を図るという同原則の趣旨に照らし、放棄の意思表示に効力が認められるためには、それが労働者の自由意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していた必要があると解する。この判断では、①労働者の地位、②放棄に対応する利益、③放棄の時期・方法、及び④放棄する賃金債権についての労働者の認識の有無・程度を考慮する。

 確かに、Xは、本件約定の存在を認識し、その内容を理解した上で、本件約定の内容が明記された本件雇用契約の契約書に署名・押印することで放棄の意思表示をしているため、放棄の方法は慎重なものであるとともに要式性もある(③)。また、Xは基本給月額40万円が比較的高額であると評価できたとの理由から、本件約定について合意しているため、放棄に対応する利益があると評価する余地もある(②)。

 しかし、Xが放棄の意思表示をしたのは、雇用契約書に署名押印するという入社段階であるし、Xが有期雇用労働者という非正規社員であるために雇用継続についての主導権をY社によって握られている者であることからすれば、XはY社との関係において相当弱い立場にある状態で放棄の意思表示をしていることになる(③、①)。

 また、Xは160時間を標準の月間総労働時間として念頭に置きつつ、自分の勤務時間を適宜調整する柔軟性があると考えたことも、放棄の意思表示をした理由の一つである。月間総労働時間が180時間を超える月もあることや、Xが毎月時間外労働をしていたことからすれば、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働も相当あったといえる。そうすると、実際には自分の勤務時間を適宜調整することができたという勤務実態ではなかったといえる。仮にこのような実態があったとしても本件割増賃金請求権の放棄に見合うほどの利益とは評価できない(②)。

 しかも、月間総労働時間が月ごとに変動することに伴い、月ごとの本件割増賃金請求権の有無・額も月ごとに変動するのだから、Xが事前に放棄する対象である月ごとの本件割増賃金請求権について具体的に認識することは極めて困難である(④)。

 そうすると、Xの放棄の意思表示が自由意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえないから、Xの放棄の意思表示の効力は否定される。したがって、本件割増賃金請求権は消滅しないから、Xの請求が認められる。以上

労働法第2問


所要時間
99分(読む7分 構成20分 答案72分)

想定順位 30番以内

答案(手書き答案を文字起こししたもの)

  • 約3100文字、1行あたり平均41文字
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設問1

1.E組合は、A社がE組合からの団体交渉の申入れに応じなかったことには団体交渉拒否の不当労働行為(労組法7条2号)が成立するとして、労働委員会に対しては、①団交応諾命令の申立て(労組法27条以下)をすることが考えられる。

 E組合は、上記不当労働行為が成立するとして、裁判所に対しては、②団体交渉を求める地位にあることの確認請求、③具体的団体請求、及び③団体交渉権(憲法28条)侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、710条)を内容とする民事訴訟を提起することが考えられる。

2.以下では、上記不当労働行為が成立した場合に上記①ないし④が認められるかについて論じる。

(1) ①
 不当労働行為の救済命令の申立人適格が認められるには、当該労働組合が労働法2条及び5条2項の要件を満たす法適合組合であることを要する。したがって、E組合が法適合組合に当たるのであれば、①が認められる。

(2) ②
 労組法7条は憲法28条に由来し、労働者の労働基本権を保障することを趣旨とする規定であるから、労使間における私法上の効力も有すると解する。そこで、労働組合には、労組法7条を根拠として、使用者に対して団体交渉をもとめる法律上の地位を有すると解する。したがって、②も認められる。

(3) ③
 憲法28条も労組法7条も抽象的な規定であるから、そこから使用者の具体的な作為義務を導くことは困難である。また、法適合組合には団交応諾命令の申立てという行政救済が認められ、これにより具体的団体交渉請求権に近い効果を得ることができるから、具体的団体交渉請求権を否定しても救済上特段の不都合はない。そこで、具体的団体交渉請求権は認められないと解する。したがって、③は認められない。

(4) ④
 A社は不当労働行為に該当する違法な団体交渉拒否によって、「故意又は過失」によりE組合の団体交渉権という「権利を侵害」し、これによりE組合に無形的「損害」を被らせたのだから、不法行為が成立する。したがって、④も認められる。

設問2

1.まず、前記不当労働行為が成立するか。

(1) Cの減給処分を要求事項とする団体交渉との関係で、Cを雇用しているA社は「使用者」(労組法7条2号)に当たる。

(2) 「雇用する労働者の代表者」(同条2号)とは「労働組合」(同法2条)と同義である。E組合は、「労働者が主体となって…労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体」(同条2号本文)に当たる。問題は、営業第二課長であるCが加入しているE組合は同法2条但書1号に当たることで「自主的」な団体とはいえないのではないかという点である。

ア.「自主的に」(同法2条本文)は制度的独立性を意味すると解するから、同法2条但書1号又は2号に該当する団体は実質的独立性の有無にかかわらず「自主的」な団体に当たらないと解する。もっとも、同法2条但書1号又は2号に該当するかは、役職の名称といった形式面から判断するのではなく、実質的に判断するべきである。

イ.Cは「役員」に当たらない。Eは、営業第二課の課員の人事考課を行い、人事考課表を同社の人事課に提出したり(①)、営業第二課の課員それぞれから人事異動についての希望を聴取して 聴取した事項を取りまとめて同社の人事課に提出する(②)という権限を有しているため、「昇進又は異動」について一定の「権限」を有するといえる。しかし、最終的な決定が人事課の上級管理職の権限に委ねられていることから、Cが「昇進又は異動」に関して「直接の権限」を有するとまではいえない。したがって、Cは「雇入解雇昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位にある労働者」ではない。

 Cは、前記①・②ゆえに「使用者の労働関係についての計画とその方針」に関与している者であるが、「機密の事項」にまで関与が及んでいるとはいえないから、「職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接てい触する監督的地位にある労働者」に当たらない。

 Cは、営業第二課の営業方針と計画についての原案を作成し、営業統括部長に提出したり(③)、A社の経営方針の決定機関である経営会議と取締役会について営業第二課に関わる案件がある場合に出席し必要な説明をする権限(④)を有するため、A社の経営に関わっている。また、Cには月額12万円の役職手当が支給される一方で、時間外・休日労働に対する割増賃金が支給されないこと(⑤)や、出勤・退勤時間について拘束はなく、遅刻・早退による賃金カットもない(⑥)ことからすれば、A社ではCを管理監督者(労基法41条2号)として扱っていると考えられる。そうするとCが利益代表者に当たりそうである。しかし、Cは、営業第二課に関わる案件がある場合しか経営会議や取締役会に参加することができない上、議事に参加する権限も議決権もない(④)のだから、CによるA社の経営に対する関与はかなり限られたものである。しかも、Cは、課員と同様に出社時及び退社時にタイムカードの打刻をすることが義務付けられている(⑤)ため、出社・退社に関する拘束もある。したがって、Cは「使用者の利益を代表する者」にも当たらない。

 そのため、E組合は2条但書1号に当たらず、2号に当たる事情もないことから、「自主的」な団体であるといえ、2条の「労働組合」ひいては「雇用する労働者の代表者」にも当たる。

(3) 使用者が応じる義務を負う「団体交渉」(7条2号)は、義務的団交事項を要求事項とするものに限られる。義務的団交事項は、㋐団体交渉を申入れた労働組合の組合員の労働条件その他の待遇及び集団的労使関係の運営に関する事項のうち㋑使用者において解決可能なものをいう。Cの減給処分という要求事項はE組合の組合員であるCの労働条件に関するものであり、かつ、A社において解決可能なものだから、㋐㋑を満たし義務的団交事項に当たる。したがって、Eの団体交渉は「団体交渉」に当たる。

(4) A社はE組合からの「団体交渉」の申入れに応じないことでこれを「拒」んでいる。では「正当な理由」はあるか。

ア.使用者は、要求事項が団体交渉で申し入れた労働組合の組合員・労働条件その他の待遇であっても、それが自己が雇用する労働者に関するものでなければ、当該要求事項との関係では労働組合が「雇用する労働者の代表者」に当たらなくなるため、団体交渉に応じる必要がない。そこで、要求事項が自己が雇用する労働者に関するものであるかを確認するために必要な範囲内において組合に対して組合員名簿の提出を求めることができると解する。団体交渉申込書には「貴社が雇用する組合員」として「C」が記載されているため、Cの減給処分という要求事項がA社が雇用するCに関するものであることが明らかになっている。したがって、組合員名簿を提出するよう求めて団交を拒否することには「正当な理由」がない。

イ.上部団体と単位団体とが同一事項について二重交渉を行うことによる弊害を避ける必要があるから、交渉権限の統一がなければ、上部団体との団体交渉を拒絶できると解するべきである。Cの減給処分についてB組合は「解決済み」という対応であるため、B組合による団交は想定できないから、事実上これについての交渉権限がE組合に統一されているといえる。したがって、二重交渉のおそれを理由にして団交を拒否することは「正当な理由」がないから、前記不当労働行為が成立する。

2.E組合は2条の「労働組合」に当たるから、5条2項の要件を満たし法適合組合に当たる。この場合、前記①が認められる。また、②ないし④のうち、②・④も認められる。以上