正直に生きる

マック赤坂

「おれのことを変人という人が大勢いるのはもちろん知ってる。だけどおれは、変人だからって変なことを言っているわけじゃない。普通の人が言えないことを言っているだけだ」

「普通の人の常識やお行儀なんてクソ食らえだよ。きれいなスーツを着ていても、人を平気で傷つけたり、切り捨てたりする人はたくさんいる。おれもそういう人を山ほど知っているし、あんたらの周りにもいるだろう?上っ面に振り回されちゃいけない。自分の足で立たなきゃ、長いもの、黒いものに巻かれるしかないんだよ」

「自分が正しいと思ったことをやる。やりたいことをやる。そうすればそこに責任が生まれるし、逃げ道もなくなる。だからこそ真剣になる。おれは100年しかない人生を欲張って生きたい。人生の可能性は常に100パーセント。できると思えばできる。常に道は開けているんだ! そしていつか宇宙にも進出したい」

吉田松陰は「立志は特異を尚ぶ」と言った。立志尚特異、扇に書いて弟子に渡した。死ぬ前の一年前。志を立てるとは、人と同じ道をなぞることではない。むしろ、人と違う道を選び取る覚悟を持つことである。世の中の多くの人は、周囲と同じであることに安心する。前例を探し、多数派の判断に身を委ね、目立たない位置に身を置こうとする。しかし、それでは時代は動かない。歴史を前に進めてきたのは、常に「特異」であった人間である。むしろ虐げられ、除け者にされた連中だ。

松陰自身がそうだった。幕末という閉塞した時代に、彼は既存の秩序を疑い、日本の未来を真剣に考えた。黒船を見れば勝手に乗り込んで海を越えて世界を知ろうとし、牢に入れられても自ら問答して思想を磨き、松下村塾では若者に志を叩き込んだ。弟子の弱芯に怒って全員破門の暴挙を下した。諸君、狂いたまえと宣い、弟子には山縣狂介と名付けた。その姿は、周囲から見れば過激であり、異端であり、危険ですらあった。ガチの危険思想のテロ集団?しかし、その特異性こそが、高杉晋作や久坂玄瑞などの若者を奮い立たせ、明治維新の原動力となった。

志とは、安全な場所にいる者には生まれない。心の奥底で「このままではいけない」と燃えるものがある者だけが志を持つ。そして志を持つ者は、必然的に周囲と違う存在になる。考え方も、行動も、選ぶ道も、常識から外れていく。だから孤独になることもある。批判されることもある。しかし、それを恐れて志を曲げるなら、最初から志など立てない方がよい。

特異であることを恐れるな。むしろ誇れ。人と違う志を持つことは、未来を変える可能性を持つということだ。多数の追随者ではなく、最初の一人になれ。世の中がまだ気づいていないふりをしている理想を信じ、先に歩け。松陰の言葉は、凡庸に安住する心を打ち砕く。志を立てるとは、人生を賭けて「普通」を超える決断なのである。

立志は特異を尚ぶ。立志尚特異。りっしはとくいをたっとぶ。志を立てるには、人と違うことを恐れてはならない。

以上