アメリカ世界の終わり

本場アメリカ??

二十一世紀の世界を見ていると、アメリカという国家が、自らを歴史の終着点であるかのように振る舞っていることに強い違和感を覚える。民主主義、人権、自由市場。その理念自体は否定しない。しかし問題は、その理念を掲げる国家が、いつしか自分たちだけが文明の中心であり、世界を裁定する資格を持つと錯覚し始めたことである。

少し時間軸を引いてみれば分かる。アメリカという国家は、歴史全体から見れば極めて新しい。たかだか数百年の存在にすぎない。だが、アメリカ人の一部には、自分たちが世界秩序そのものを発明したかのような傲慢さがある。

しかし、世界帝国というものは、アメリカ以前にも何度も存在した。

二千数百年前、古代オリエント世界にはアケメネス朝ペルシャという巨大帝国が存在した。ダレイオス一世の時代、その支配領域はインダス川流域からエジプト、小アジアにまで及んだ。人類史上初の本格的な超広域帝国と言ってよい。道路網を整備し、駅伝制を作り、税制を統一し、多民族を包摂した。単なる武力征服国家ではない。統治技術を持った文明国家だった。

「王の中の王」。キング・オブ・キングス。

この称号は伊達ではない。諸民族の上に立つ秩序の中心として、自らを位置づけていたのである。

そして現在のイランは、その歴史的系譜を強く意識している国家である。もちろん王朝は変わり、宗教も変わった。しかし、ペルシャ文明の中核地域としての連続性は消えていない。イラン人の深層には、自分たちは単なる中東の一国ではないという歴史意識がある。

そこに対して、アメリカが上から目線で説教を垂れる。

核開発は許さない。
民主主義が足りない。
国際秩序に従え。

だが、その「国際秩序」とは何なのか。結局はアメリカ中心秩序ではないのか。自分たちに従う国は同盟国、逆らう国は独裁国家。この二分法があまりにも露骨である。

さらに滑稽なのは、イスラエルとの関係である。

イスラエルは確かに高い技術力を持ち、軍事力も強い。しかし、アメリカの全面支援なしに現在のような強硬姿勢を維持できるのかと言えば疑問がある。中東全体の憎悪を買いながら、それでも成立してきた背景には、常にアメリカの後ろ盾があった。

だが、そのアメリカ自体が揺らいでいる。

製造業は空洞化し、国内は分断され、麻薬汚染と格差が拡大し、大学はイデオロギー闘争の場になり、国家としての統合力が落ちている。かつてのローマ帝国末期を思わせる空気すらある。

外では正義を語りながら、内側では崩れていく。

しかもアメリカは、自分たちの軍事力が永遠に通用すると信じすぎた。アフガニスタンでは二十年戦争して撤退した。イラク戦争は中東を安定化させるどころか混乱を拡大した。莫大な金を使い、膨大な命を失い、それでも決定的勝利を得られなかった。

帝国の疲労である。

歴史を見れば分かる。どんな超大国も永遠ではない。

ペルシャも倒れた。
ローマも崩れた。
モンゴル帝国も分裂した。
大英帝国も縮小した。

ならばアメリカだけが例外であるはずがない。

問題は、アメリカ自身が、自分たちの有限性を受け入れられないことだ。自分たちは歴史を超越した存在だと思い込んでいる。しかし歴史とは、そういう思い上がった国家を何度も飲み込んできた。

そして今、イラン、中国、ロシア、さらにはグローバルサウス諸国まで含め、アメリカ中心秩序に対する反発が静かに積み上がっている。ドル支配への不満も同じである。

世界は一極支配に疲れている。

アメリカは、自らを世界の教師だと思っている。しかし実際には、歴史の長さという点では新参者にすぎない。その新興国が、数千年単位の文明国家に向かって文明を説教している姿には、どこか滑稽さがある。

帝国は、自分が永遠だと思った瞬間から衰退が始まる。

今のアメリカには、その危うさが漂っているのである。

トランプを否定すれば済む話じゃないぜアメ公よ!

クソったれが!

ほんで、そこで見てる中国!!これそのまんま、お前のことだからなw

そろそろ学ぶこった!

以上