令和6年予備論文刑事

令和6年予備論文刑事
[刑 事]

次の【事例】を読んで、後記〔設問〕に答えなさい。

【事例】
1 A(25歳)は、甲県乙市内に住む友人X及び乙市の西約30キロメートルにある離島の丙島に住む友人Yを訪ねようと考え、令和6年2月1日、X及びYに電話をかけ、Yに対しては同月3日、Xに対しては同月5日に遊びに行く旨伝えた。
Aは、同月3日午前10時頃、丙島への唯一の交通手段である旅客車両用フェリー(以下「本件フェリー」という。)で乙市を出発して丙島に渡り、同日午後1時頃、Tレンタカー丙営業所において、車種を指定して普通乗用自動車1台(登録番号:N300わ7777。以下「本件車両」という。)を「返却期限は同月4日午後5時、返却場所は同営業所」の契約で借り受けた。その際、Aは、同営業所従業員Vから、レンタカー料金3万円は前払いである旨告げられたが、後払いにしてほしい旨懇願し、Vは渋々それを受け入れ、契約書にその旨記載した。Aは、同月3日午後2時頃、本件車両を運転してY方に赴き、Yと丙島内を観光するなどした後、同月4日午後4時頃、Yを同人方に送り届け、Yと別れた。Aは、その後も本件車両を使用し、返却期限である同日午後5時を過ぎても本件車両を返却しなかった。
Vは、返却期限になってもAが本件車両を返却しに来ないので、同日午後6時頃、Aの携帯電話に電話をかけた。
Aは、その電話で「これから返しに行く。」などと言ったが、Vから現在地等を尋ねられても何も答えず、一方的に電話を切った。その後、VはAに何度も電話をかけたが、Aは電話に出なかった。
Aは、同日午後6時45分頃、本件車両とともに乙市行きの本件フェリーに乗り込み、同フェリーは同日午後7時に出港した。
2 Aは、同月5日午前10時頃、本件車両を運転して乙市内のX方を訪ね、一緒に観光しようと誘った。
XがAに「この車どうしたんだ。」と聞くと、AはXに「丙島のレンタカー屋で借りた。もう期限過ぎてるけどね。」と言った。
XはAに「返さないとだめだよ。そんな車で遊びになんか行けないよ。」と言ってAの誘いを断ったため、Aは、一人で乙市内を観光するなどしていた。
Vは、同日午後1時頃、Aに電話をかけ、応答したAに居場所を尋ねたところ、Aは「今、丙島にいる。もう少しで営業所に着く。」
などと言って一方的に電話を切り、乙市内の観光を続けた。
Vは、その後も繰り返しAに電話をかけたが、Aが一切電話に出なかったため、同月7日、本件車両をだまし取られたとして丙警察署に被害届を提出した。
丙警察署の司法警察員は、詐欺の被疑事実(その要旨は別紙のとおり)で丙簡易裁判所裁判官にAに対する 逮捕状を請求し、同月9日、同裁判官から同事実での逮捕状の発付を受けた。
Aは、同月10日午後5時頃、本件車両を運転中、乙市内の公道上でガードレールに衝突する事故を起こした。
その際、Aは、運転席側窓ガラスに頭をぶつけて負傷し、本件車両を放置してその場から逃げ去った。
当該事故の目撃者Wが警察に110番通報し、司法警察員Kらが臨場した。
Kらは、当該事故車両のナンバーから、詐欺の被害届が出されている本件車両であると把握し、①令状の発付を受けずに、本件車両が放置された現場の写真撮影及び本件車両内の証拠品の押収等を行った。
その結果、本件車両内から、同月3日午前10時乙市発丙島行き及び同月4日午後7時丙島発乙市行きの本件フェリーの乗客用チケットの各半券並びに同月4日午後7時丙島発乙市行きの本件フェリーの車両用チケットの半券を押収したほか、運転席側窓ガラスに付着した血痕を採取した。
同時に、Kらは、目撃者Wから聴取した運転者の逃走方向へ向かったところ、頭部から出血しているAを現場付近で発見した。
Kらは、人定事項を確認の上、同月10日、Aを詐欺罪により通常逮捕した。
Aの逮捕時の所持金は5万円であった。
Aは、逮捕後のKによる弁解録取手続において「レンタカーをだまし取っていない。同月4日にVから電話を受けた時、1週間延長してくれと言って承諾してもらった。」などと供述した。
Kは、本件車両内から採取した血痕のDNA型がAのものであるか否かを判別するため、Aに対し口腔内細胞の提出を求めたが、Aがそれを拒んだことから、②令状の発付を受けた上、医師がAの腕に注射針を挿入して血液を採取した。
3 同月12日、Aは、詐欺の送致事実(その要旨は別紙に同じ)により甲地方検察庁検察官Pに送致された。
Aは、Pによる弁解録取手続においてもKによる弁解録取手続時と同様の供述をし、所要の手続を経て、同日中に勾留された。
③検察官Pは、司法警察員Kに対し、本件車両内で発見された本件フェリーのチケットの各半券について、購入日時・場所を解明するよう補充捜査の指示をした。
捜査の結果、同月3日午前10時乙市発丙島行き及び同月4日午後7時丙島発乙市行きの乗客用チケットは同月2日午後3時頃Aがインターネットで予約購入し、その後窓口で発券されていたのに対し、同月4日午後7時丙島発乙市行きの車両用チケットについては、同月4日午後6時30分頃、Aが丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入し発券されていたことが判明した。
また、検察官Pは、同月14日にXの事情聴取を行った。
Xは、同月1日にAから遊びに行くという電話があったことや同月5日にAがX方に来た際に前記2記載のやり取りがあったことを供述した。
Xは、そのほか、同月1日のAとの電話で、同月5日に乙駅構内で待ち合わせて遊びに行くと約束したこと、同月5日にX方を訪れた際にAは「昔から欲しかった車種だった。ナンバーも覚えやすいだろ。」
などと言っていたこと、その車のナンバーがN300わ7777という同じ数字が並んだものだったのでよく覚えていることなどを供述したため、Pは、その旨の同月14日付け検察官面前調書を作成し、Xはこれに署名押印した。
検察官Pは、その他所要の捜査を遂げ、詐欺の被疑事実で送致されたAについて、同月21日、④単純横領の罪で公判請求した。Pは、単純横領罪の成立時期について、⑤㋐同月4日午後5時頃、㋑同月4日午後6時頃、㋒同月4日午後6時45分頃をそれぞれ検討したが、検討の結果、㋒同月4日午後6時45分頃とすることにした。
4 Aは、同年3月18日の第1回公判期日の冒頭手続において、同年2月4日にVから電話を受けた際、本件車両の返却期限の延長を了承してもらったので、横領していないと主張し、Aの弁護人Bも、Aの無罪を主張した。
また、検察官Pが同月5日にX方を訪れた際のAの言動等を立証するために証拠請求したXの検察官面前調書をBが不同意としたため、Pは、Xの証人尋問を請求し、裁判官JはXを証人として採用した。
Xは、同年4月15日の第2回公判期日において「令和6年2月1日にAから電話があったかどうか、同月5日にAが私の家に来たかどうか、いずれももう何か月も前のことなので覚えていない。Aは、地元の中学校の同級生で、いつも怖い先輩たちとつるんでいた。今日傍聴席にいる人たちも、Aが昔からつるんでいた先輩たちだと思う。」などと証言し、現に法廷の傍聴席には、Aと同年代の男性が約10名おり、Aと目配せをしたり、Xの証言中に咳払いをしたりしていた。
Pは、Xの記憶喚起を試みたが、Xの証言内容は変わらなかったため、Xの同年2月14日付け検察官面前調書の証拠採用を求め、⑥Jは同調書を証拠として採用した。

〔設問1〕
⑴下線部①につき、司法警察員Kらが、本件車両が放置された現場の写真撮影、本件車両内の本件フェリーのチケットの各半券の押収を、令状の発付を受けずに行うことができる理由を答えなさい。

⑵下線部②につき、司法警察員Kが発付を受けた令状の種類及びその令状が必要であると考えた理由を答えなさい。

〔設問2〕
⑴検察官Pが下線部③の指示をした理由を答えなさい。

⑵下線部④につき、検察官Pが送致事実である詐欺ではなく単純横領の罪でAを公判請求した理由について、詐欺罪の成立に積極的に働く事実、消極的に働く事実の双方を挙げつつ答えなさい。

⑶下線部⑤につき、検察官Pが単純横領の成立時期について㋐、㋑及び㋒を検討した理由並びに㋐、㋑ではなく㋒と結論付けた理由を答えなさい。

〔設問3〕
下線部⑥につき、裁判官JがXの検察官面前調書の採否を決定するに当たって考慮した具体的事実を、条文上の根拠と併せて答えなさい。

〔設問4〕
弁護人Bが、公判請求後にAと接見した際
⑴ 「起訴された事実は間違いないが、無罪主張をしてほしい。」とAから言われ、無罪を主張すること
⑵ 「Yに『AがVとの電話で、返却期限の延長を了承してもらっているのをレンタカーの助手席で聞いていた。』

といううその証言をさせてほしい。」とAから言われ、Yを証人請求
すること
について、それぞれ弁護士倫理上問題はあるか、司法試験予備試験用法文中の弁護士職務基本規程を適宜参照し、根拠条文と併せて答えなさい。

【別紙】
※具体的な犯行場所や被害品時価等は省略

被疑事実の要旨

被疑者は、車両借受け名目で車両をだまし取ろうと考え、令和6年2月3日午後1時頃、Tレンタカー丙営業所において、同営業所従業員Vに対し、真実は、レンタカーとして借り受けた車両を返却する意思がないのに、これがあるように装って車両の借受けを申し込み、同人をして借受期間経過後直ちに同車両が返却されるものと誤信させ、よって、その頃、同所において、同人から同人管理に係る普通乗用自動車1台(N300わ7777)の交付を受け、もって人を欺いて財物を交付させたものである。

(出題の趣旨)
 本問は、詐欺罪及び単純横領罪の成否が問題となる事件を題材に、証拠物の押収手続及び必要な令状等(設問1)、詐欺罪及び横領罪の成否を判断する際の考慮要素等(設問2)、刑事訴訟法第321条第1項第2号書面の採否を判断する際の考慮要素等(設問3)、弁護士倫理上の問題点 (設問4)について、【事例】に現れた証拠や事実、手続の経過を適切に把握した上で、法曹三者それぞれの立場から、その問題点及び結論に至る思考過程について解答することを求めており、刑事事実認定の基本構造、刑事実体法及び刑事手続法についての基本的理解並びに基礎的実務能力を確認するものである。

答案(2,420字)です。

第1 設問1
1 小問(1)(令状なき写真撮影・押収)
本件車両は、Aが公道上で事故を起こした後、放置して逃走したものである。公道上に放置された事故車両及びその周辺状況の写真撮影については、強制処分に当たらない任意処分として、令状なく実施することができる。公道上の外観であり、何人のプライバシーや権利利益を侵害するものではないからである。
本件フェリーのチケット半券の押収については、本件車両はAが遺留した物であるから、刑訴法221条に基づく遺留物の領置として、令状によらずに行うことができる。Aは事故後に本件車両を放置して逃走しており、本件車両及びその内容物はAの占有を離れた遺留物に当たる。遺留物の領置は、占有取得に強制を伴わないため、令状を要しないものである。
2 小問(2)(血液採取の令状)
Kが発付を受けた令状は、鑑定処分許可状(刑訴法225条1項)及び身体検査令状(同法218条1項)である。身体への注射針の挿入による血液採取は、身体への侵襲を伴う処分であり、捜索差押許可状のみでは対応できない。血液採取はDNA型鑑定のために必要な処分として鑑定処分許可状が必要であるとともに、被処分者の意思に反して身体に侵襲を加えるものであるから、身体の安全を保護するため身体検査令状も併せて必要と解される。
第2 設問2
1 小問(1)(補充捜査指示の理由)
Pが車両用チケットの購入日時・場所の解明を指示した理由は、Aが本件車両を丙島から乙市に持ち出す意図をいつ形成したかを明らかにするためである。車両用チケットが車両借受時以前に予約購入されていれば、借受時から返還意思がなかったことを推認させ、詐欺罪における欺罔行為の存在を基礎づける重要な間接事実となる。逆に、返却期限後に購入されていれば、借受時の欺罔行為の認定が困難となり、詐欺罪ではなく横領罪の成否を検討すべきことになる。
2 小問(2)(詐欺ではなく横領で起訴した理由)
詐欺罪の成立に積極的に働く事実としては、Aがレンタカー料金を後払いにするよう懇願して支払を免れたこと、返却期限後にVの電話に対し誠実に対応せず虚偽の返答をしたこと、Xに対し「昔から欲しかった車種だった」「ナンバーも覚えやすいだろ」等と述べ本件車両への強い執着を示していたこと、本件車両とともに丙島を離れ乙市で使用を継続したことが挙げられる。
消極的に働く事実としては、車両用チケットが返却期限経過後の2月4日午後6時30分頃に丙島フェリー乗り場の窓口で直接購入されており、借受時に本件車両を丙島から持ち出す計画を予め立てていたとは認められないこと、乗客用チケットは事前にインターネットで予約購入されているのに車両用チケットのみ予約されていないこと、逮捕時の所持金が5万円でありレンタカー料金3万円の支払能力があったこと等が挙げられる。
これらの事情を総合すると、借受時に返還意思がなかったとの立証は困難であり、Pは借受後に不法領得の意思を生じたとして横領罪で起訴した。
3 小問(3)(横領の成立時期)
㋐2月4日午後5時頃は返却期限の経過時点である。返還義務の不履行が開始する時点ではあるが、返却期限の単なる経過のみをもって直ちに不法領得の意思の発現があったとはいえない。㋑同日午後6時頃はVからの電話にAが「これから返しに行く」と述べた時点であるが、一応返還する旨述べており、この時点で不法領得の意思の客観的発現があったとは認め難い。㋒同日午後6時45分頃はAが本件車両とともにフェリーに乗り込んだ時点であり、丙島にある営業所への返却を事実上不可能にする行為に出ている。これは委託の趣旨に反して本件車両を自己の物として処分する行為であり、不法領得の意思が客観的に明確に発現した横領行為と評価できる。よってPは㋒とした。
第3 設問3(321条1項2号書面の採否)
Xの検察官面前調書は、321条1項2号後段により、公判供述と相反するか実質的に異なる供述を含み、かつ前の供述を信用すべき特別の情況があるときに証拠能力が認められる。
まず、Xは公判で「覚えていない」と証言したが、検察官面前調書ではAからの電話やAがX方を訪れた際のやり取り等について具体的事実を詳細に供述しており、公判供述と相反する供述に当たる。
次に、特信情況について、裁判官Jは以下の事実を考慮した。公判廷においては、Aの知人とされる男性約10名が傍聴席に在席し、Aと目配せをしたり、Xの証言中に咳払いをするなどしていた。X自身も「傍聴席にいる人たちはAが昔からつるんでいた先輩たちだと思う」と述べており、Xが傍聴人から威圧を受けて真実の供述ができない外部的状況にあったと認められる。他方、検察官面前調書作成時にはそのような威圧的状況は存在せず、Xは任意に詳細な供述をし署名押印している。以上から、公判供述よりも検察官面前調書における供述を信用すべき特別の情況が認められ、Jは同調書を証拠として採用した。
第4 設問4
1 小問(1)(無罪主張)
弁護士職務基本規程82条1項は、被告人の意思に反する有罪の陳述をしてはならないと規定し、同規程46条は被告人の意思の尊重を定める。他方、同規程5条は真実義務を定める。弁護人が検察官の立証の不十分さを指摘する消極的防御にとどまる限り問題はないが、積極的に虚偽の事実を主張することは真実義務に反し問題がある。
2 小問(2)(虚偽証言のための証人請求)
弁護士職務基本規程5条の真実義務及び同規程75条2項は、弁護人は被疑者・被告人が虚偽と知りながら行う陳述に加担してはならないと規定する趣旨に照らし、虚偽の証言をすることが明らかな者を証人請求することは許されない。偽証教唆(刑法169条、61条1項)にも該当しうる行為であり、弁護士倫理上重大な問題がある。以上
(2,420字)