古代天皇の在位期間が長い理由

古代天皇「異常長寿」の理由。

 古代史を深く学ぼうとした人ならだれでも、記紀に記された歴代天皇の在位年数や崩御時の年齢が異常なほど長く、高いことに驚かれたことがあるだろう。

 実際、これまで多くの歴史学者がこの謎に挑み、二倍年歴であるという仮説を立てたりして解明を試みているが、いまだはっきりとした理由はわかっていない。

 そのため、行跡のはっきりしない「欠史八代」の天皇は実在しない、という説も提唱されるようになっている。

 しかし、この答ははっきりと「ウエツフミ」に書かれているのだ。

 ウエツフミといえば、記紀には登場しない神武以前の72人に及ぶ「歴代天皇」の記載があることで有名だが、この記載があることで「偽書」の汚名を着せられている史書でもある。

 吾郷清彦著「ウエツフミ要録」(霞が関書房:昭和49年)に以下のような記述がある。

『38綴の6

 年若くして功労のあった者には、各自の年に五才又は七才を加える。

 41綴の6 

 国家社会に功労があった者には「年」を増して嘉賞する。』

 いかがだろうか?

 この記述からわかることは、古代における「年齢」とは、年に一回年を重ねることだけで増えるものではなく、社会貢献を行った人に対しては論功行賞として「付与」できるものだったのである。

 つまり、貢献度が高く、国を繁栄に導いた功績の多い人ほど、実年齢より早く年を取って行くのだ。

 引用した文章の前半部分には古代における一般人の職位の上がり方の目安が書かれているのだが、最高位の朝臣には九十才にならないと昇れないとされている。

 現代よりずっと寿命の短かった古代人が九十才に達することはごくまれなことだったが、実力があり、仕事ができて、社会貢献度が高い人であったなら、若くして「九十才」に達して朝臣になることができたのである。

 このことから察するに、記紀に書かれた歴代天皇の年齢には、多分にこの論功行賞年齢が加算されているとみて良い。

 ウエツフミに登場する歴代天皇の年齢も、二百才超、三百才超という崩御年齢の御方が多々おられるが、これもまた同じことで、崩御年齢の高い天皇ほど生前の業績も高かった、ということなのである。

 ウエツフミについてのもう少し詳細な解説は拙著「古代の渡来人」にてご確認ください。

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(掲載図の出典:https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/987/

天皇は、年号、すなわち暦を決定できる権力を持っている。すなわち、自身が時を統べる者として、その在位の期間も操った、というこのなのです。まるで、相対性理論そのもの。時空が伸びたり縮んだりする。

ジョジョのDIOのように。時を操る魔術師。

以上