スターウォーズ789は無かったことにしてくれ

なんで暗黒卿の孫娘がジェダイを継ぐんだよ
『スター・ウォーズ』続三部作、いわゆるエピソード7・8・9が多くの旧来ファンから強い拒絶反応を受けた理由は、単に「昔のキャラクターが冷遇されたから」でも、「新主人公が女性だったから」でもない。最大の問題は、作品世界が長年積み上げてきた神話的構造と価値体系を、極めて安易かつ政治的な配慮を優先した形で破壊してしまった点にある。そしてその象徴が、「ダース・シディアスの孫娘が最終的にスカイウォーカーを名乗り、ジェダイの正統継承者になる」という展開である。
そもそも『スター・ウォーズ』とは、単なる宇宙戦争映画ではない。ジョージ・ルーカスが神話学や宗教観を下敷きに構築した、“血統・継承・堕落・贖罪”の物語であった。アナキン・スカイウォーカーは恐怖と執着からダース・ベイダーへ堕ち、ルークはその父を信じ続け、最後にはベイダーが皇帝を倒すことで贖罪が完成する。エピソード1〜6は、この巨大な悲劇と救済の循環によって閉じていたのである。
ところがディズニー買収後の続三部作は、この完成された神話体系を、商業主義と現代的価値観の押し付けによって解体してしまった。特に象徴的なのがレイというキャラクターである。
レイは登場当初、「何者でもない存在」として描かれていた。辺境惑星ジャクーで孤独に生きる少女が、自らの意志と成長によって英雄になるのであれば、それはある意味でスター・ウォーズの新しい方向性になり得た。しかし作品は途中から方針転換し、最終的に彼女を“シディアスの孫”にしてしまった。
問題は、その設定自体ではない。問題なのは、その後の処理があまりにも浅薄だったことである。
銀河最大の暴君であり、無数の生命を虐殺し、共和国を崩壊させ、ジェダイを滅ぼしたシディアス。その血を引く人物が、最終的に「スカイウォーカー」を名乗り、銀河の希望として扱われる。この展開には、本来なら極めて重い倫理的葛藤と、長い精神的苦悩が必要である。しかし映画はそれを十分に描かないまま、「血筋を乗り越えたから問題ない」という安易な結論へ逃げ込んだ。
だが、それではスカイウォーカー家とは何だったのか。
アナキンは人生をかけて贖罪し、ルークは全てを賭けて父を救い、レイアも共和国再建に尽力した。その積み重ねの末にある“スカイウォーカー”という名を、最後に突如現れたシディアスの孫が継承する。これは継承ではなく簒奪に近い。しかも本来のスカイウォーカー家は事実上断絶している。ベン・ソロは死亡し、血統としてのスカイウォーカーは消滅する一方、その名だけが赤の他人に受け継がれる。この構図に強い違和感を抱くファンが多いのは当然である。
さらに悪いのは、続三部作全体が旧三部作の達成を無意味化している点だ。
ベイダーが命を懸けて倒したはずのシディアスは、説明不足のまま復活する。ルークが再建しようとしたジェダイは崩壊する。新共和国も一瞬で滅亡する。つまり、エピソード6『ジェダイの帰還』で描かれた勝利と希望が、続三部作の冒頭でほぼ全否定されているのである。
これは神話の継承ではなく、過去作の破壊である。
もちろん、新しい世代へ物語を移行すること自体は必要だった。しかし、本来それは「先人への敬意」の上で行われるべきだった。ところが続三部作では、旧キャラクターたちは無力化され、敗北し、孤独に死んでいく。ハン・ソロは家庭崩壊の末に息子に殺され、ルークは隠遁した失意の老人となり、レイアも共和国を守れなかった。その一方で、新主人公レイは短期間であらゆる能力を習得し、ほとんど決定的失敗を経験しない。
この構図が、「古い英雄を否定し、新しい価値観を持つキャラクターを無理に持ち上げている」と受け止められたのである。
そして、この“価値観優先”の姿勢こそ、多くのファンが「ポリコレ的だ」と反発した理由だった。
本来、物語における多様性とは、自然に世界観へ溶け込んで初めて意味を持つ。しかし続三部作では、キャラクターや展開が“思想的メッセージ”を優先して配置されているように見えた。その結果、物語の整合性や積み重ねより、「現代的価値観に沿っているか」が重視されているような印象を与えてしまったのである。
無論、女性主人公そのものが問題なのではない。実際、『ローグ・ワン』のジン・アーソや、『マンダロリアン』に登場するキャラクター群は高い評価を受けている。問題は、説得力ある成長や苦悩を描かず、既存作品を踏み台にして新主人公を“正しさの象徴”として扱った点にある。
ジョージ・ルーカス時代の『スター・ウォーズ』は、不完全な人間たちの失敗と葛藤を描いていた。だからこそ観客は感情移入できた。しかし続三部作は、“何を描きたいか”より“何を主張したいか”が前面に出てしまった。その結果、神話としての深みを失い、消費型コンテンツへと変質してしまったのである。
だからこそ、エピソード7・8・9は今なお激しい賛否を呼び続けている。ファンが怒ったのは、単に懐古主義だからではない。40年以上積み重ねられてきた神話が、軽薄な脚本と場当たり的な方針変更によって解体されたと感じたからである。ディズニー版『スター・ウォーズ』が批判される根本理由は、そこにある。
とにかく、789は無かったことにしてくれ。ポリコレ、ここに極まれり。最低だよ。
以上
