中道立民、公明の養分となる

永田町で幾度となく繰り返されてきた「理念なき数合わせ」と「惨敗後の空中分解」という茶番劇が、またしても最悪の形で幕を開けようとしています。

結党からわずか半年余りで分裂の危機に瀕する中道改革連合と、合流を拒絶した立憲民主党、そして離脱を画策する公明党出身議員たちの動きは、一見すると複雑な政局の駆け引きに見えるかもしれません。しかしその実態は、国家観も基本政策も共有しないまま「小選挙区で勝つための票」だけを目当てに野合し、思惑が外れた瞬間に互いを切り捨てる極めて浅ましい「選挙互助会」の自爆劇に過ぎません。

なぜこの構図が「托卵」と揶揄され、国民や現場の支持者をここまで愚弄するものなのか。その構造的病理を解き明かします。

寄生と計算の産物——生まれた瞬間に死んでいた「虚構の看板」

中道改革連合という政党が結党された根本の動機は、国家の進路を示すことでも、国民の生活を救うビジョンを提示することでもありませんでした。そこにあったのは極めて単純で下品な算術、「立憲の看板・リベラル票」と「公明の強固な組織票」を足し合わせれば小選挙区で勝てるという、机上の空論だけです。

公明党側から見れば、自公連立の枠組みが揺らぐ中で、衆院議員をまとめて送り込み、新たな「中道勢力」の主導権を握るための足がかりにする狙いがありました。他人の巣に卵を産み落とし、自らの勢力を温存・拡大させようとする「托卵」そのものの戦略です。

一方で立憲側も、喉から手が出るほど欲しかった公明党の創価学会票に目が眩み、長年敵対し政策的にも相容れないはずの相手を無批判に迎え入れました。

しかし、政策の一致なき合流が選挙で通用するほど、有権者は愚かではありませんでした。2月の衆院選惨敗は、「単に名前を変えてくっついただけの野合」に対する国民の当然の鉄槌でした。そして、選挙に勝つことだけが唯一の接着剤だった組織は、負けた瞬間に存在意義を失い、案の定、責任の押し付け合いと分裂へ直行したのです。

「魂を安売りした立憲」と「冷徹に切り捨てる公明」の同床異夢

今回の破綻劇において、双方の罪は極めて重いと言わざるを得ません。

まず公明系議員の振る舞いです。49議席中28議席という過半数を占めて党の主導権を握りながら、参院の合流が拒否され、思い通りの巨大勢力化が不可能と見るや、いとも簡単に「離脱・分党」を検討し始めました。選挙前には「中道改革の旗の下で結束する」と嘯いておきながら、利用価値がなくなれば看板を叩き壊して出ていく。この変わり身の早さは、政治的信義の欠如であり、有権者に対する重大な背信行為です。

しかし、それ以上に無様を晒したのは立憲民主党執行部です。かつて自民党と連立を組んでいた公明党の安全保障政策や憲法観、福祉政策のあり方を厳しく批判してきた過去をかなぐり捨て、「背に腹は代えられない」と組織票にすがりつきました。

その結果はどうだったでしょうか。選挙で惨敗した途端、地方組織や支持団体(連合・労組)からの猛反発に直面し、党首会談の土壇場で「やっぱり合流できません」と梯子を外す始末です。公明に利用されるだけ利用され、党内を大混乱に陥れ、最後は野党第1党の枠組みすら崩壊させる。まさに「タダ飯に釣られて魂を売り渡した挙句、皿まで奪われて放り出された」ような愚行です。

現場と支持者を踏み躙る「密室談合」の罪

この騒動で最も被害を被ったのは、汗を流して選挙を支えた地方組織の活動員と、政権交代や政治改革を信じて一票を投じた有権者です。

地方の現場では、長年にわたり公明党や自公政権と対峙してきた立憲の党員や支援者が無数に存在します。彼らに対し、十分な説明や政策的総括もないまま、国会内のトップダウンで「今日から仲間だから支援しろ」と命じ、選挙が終われば「やっぱり分裂する」と放り出す。地方の信頼をここまで軽視した政治が、持続するはずがありません。

政策のすり合わせという最も過酷で誠実さを要するプロセスをサボり、永田町の密室でバッジの数だけを勘定する。この「有権者不在の数合わせゲーム」こそが、日本の野党が長年国民から信頼されず、どれほど与党が失政を重ねても「受け皿」になれない根本原因です。ざまあみろ。

「看板の掛け替え」を許す時代は終わった

公明系議員が離脱すれば、中道改革連合は分裂し、野党第1党の座から転落します。野党勢力は再び小会派へと細分化され、国会での行政監視機能も政権追及能力も著しく低下するでしょう。結果として、最も得をするのは何もしなくても議席を守れる与党勢力です。

新進党、民主党、民進党、希望の党、そして今回の中道改革連合――。選挙が近づけば合流し、負ければ分裂し、名前を変えて責任をリセットする。この「看板の掛け替えループ」を何十年繰り返せば気が済むのでしょうか。

政治家が学ぶべき教訓は明白です。「理念なき結合は、必ず最悪の破滅を迎える」ということです。そして有権者もまた、この茶番劇を冷徹に見据えなければなりません。選挙のためだけに結託し、都合が悪くなれば平然と分裂するような政治勢力には、国家の未来を担う資格など微塵もありません。

政治の言葉をこれ以上軽くさせないために、そして有権者を愚弄する「選挙互助会」を完全に退場させるために、私たちは永田町の数合わせの欺瞞を徹底的に批判し、峻厳な審判を下し続ける必要があります。