起業って

起業してるという人の話を聞いた。久しぶりに、本気でやってる人の話だった。

事業は、うまくいってない。だが、家族に迷惑かけない程度の収入は夜の警備や解体のバイトで稼ぐ。

本業がうまくいかないことを、人のせいにしない。

そんな、大変熱のこもった話だった。

背筋が伸びた。

繰り返すが、成功した人の話ではない。

折しも世間はお盆休みの最中であり、朝っぱらからそんな自分の失敗談を話す人に会うのは面白い。

そして何より、昼間の本業のみならず、夜間の解体や警備の単価の高いアルバイトにも汗を流しながら、自身の力で愚直に事業を切り拓いていこうとしているのに感動する。

三回言ったが、事業は、上手くいっていない。

しかし、これは、プロの芸人として売れるため、ラーメン屋でバイトしている芸人崩れや、プロボクサーデビューのために鍛えながら釣具屋で運び人やってる少年と、なんも変わらない。その姿勢に、深い敬意と共感を抱くのは、決して、事業が成功しているわけではない。熱を持ち、何かに自ら挑んでいるからだ。

昼の仕事はもちろんのこと、夜のアルバイトもいとわず懸命に働くその姿が、真に尊く素晴らしいものだということだ。労働とは、そんなもんだろ。

だいたい、最近世間を見渡してみれば、「起業」といった華やかな言葉を軽々に口にする若造やいい歳した頭の悪い中年が湧いて増えている。しかし、その実態を見てみれば、毎日の自分自身のラーメン代すら満足にバイトで稼ごうともしない、甘えや根性の無さが目立つ。さらに、筆者の嫌いなNPO界隈などにおいても、自らの手足を動かして挑む前に「助けてくれ」や「補助金を寄こせ」と騒ぎ立て、他力本願で外部に依存する声があまりにも多く辟易する。筆者は、かかるクソったれな風潮に常々強い疑問を感じている。「泣き言を言っている暇があるなら、自分で仕事を探してアルバイトを三つくらい入れて掛け持ちして稼いでとっとと支払えアホが」というのが偽らざる想いだ。

このような甘えの風潮とは一線を画し、自身の力で厳しい現実に真っ向から立ち向かい、夜のバイトも含めて泥臭く挑んでいる、数少ない勝負師こそ、まことに素晴らしく、心から「こいつは偉い」と感ずるものである。

自らの汗で稼ぎ、自立した精神を持って挑む、他人や環境のせいにしない、これこそが信用に足る、良き人間の原点であることを、話者の姿勢を通じて改めて教えられた。

願わくば、私を含めてかかる挑戦する者たちの、事業や取り組みや試験の結果が、今後いっそう順調に進展し、大きな成果を収められんことを心より祈る。

わたしの経営指導のコンサル先には、このことを、いの一番にお伝えしています。ともに挑みましょう。

以上