赤福

51歳の社長を解任し、代わりに77歳の母親を社長にする。
2014年4月、伊勢名物「赤福餅」で知られる赤福の臨時株主総会と取締役会で、異例の人事が決まった。

解任された濱田典保は、業績を悪化させた社長ではない。食品偽装で信用を失った会社を立て直し、売上を回復させた創業家の長男だった。

赤福では2007年、売れ残った商品を冷凍保存し、解凍後に新しい製造日を表示して再出荷する行為などが発覚した。偽装は30年以上続いていたとされ、会社は営業停止に追い込まれた。

当時の会長で父の濱田益嗣は責任を取って辞任した。難題を引き受けたのが、2005年に社長を継いでいた典保だった。

典保は2008年の営業再開後、外部から人材を招き、創業家の判断に頼る家業的な経営を改めようとした。

改革は数字にも表れた。2008年に約64億円まで落ち込んだ売上高は、2013年には約92億円へ回復した。赤福は再び多くの客を迎え、立て直しは進んでいるように見えた。

だが、会社が回復するほど、父と息子の距離は広がっていった。

典保が目指したのは「家業から企業へ」の転換だった。一方、父の益嗣は創業家を中心とする経営を守ろうとした。2011年には会長へ復帰し、経営への影響力を取り戻した。

決定的だったのは株式の構造である。赤福株の約85%は、父が経営する関連会社「濱田総業」が保有していた。社長の椅子に息子が座っていても、会社を動かす力は父側にあった。

そして2014年、典保は社長を解任され、代表権のない会長へ移された。後任は実の母、勝子だった。

会社は「経営体制の刷新」と説明した。外部人材の登用や交際費などをめぐる説も報じられたが、何が決定打だったのかは明らかになっていない。

はっきりしているのは、会社を変えようとした息子を、会社の株を握る両親が退かせた事実だった。

典保は偽装で傷ついた赤福を立て直した。だが、会社を救うことと、創業家に従うことは、赤福では同じ意味ではなかった。