平成24年予備論文全て
平成24年司法試験予備試験論文式試験問題と出題趣旨
[憲法]
20**年**月に,衆議院議員総選挙が行われる。その際に,日本国憲法第79条第2項ない
し第4項及び最高裁判所裁判官国民審査法(以下「国民審査法」という。同法については,資料1
参照)に基づき,最高裁判所裁判官の国民審査も行われる。国民審査法第15条によれば,審査人
は,罷免を可とする裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に自ら×の記号を記
載し,罷免を可としない裁判官については,投票用紙の当該裁判官に対する記載欄に何らの記載も
しないで,投票しなければならないとされている。
国民審査法第53条及び同条に基づき規定された最高裁判所裁判官国民審査法施行令第26条
(資料2参照)によれば,審査公報に掲載されるのは,審査に付される裁判官の氏名,生年月日及
び経歴並びに最高裁判所において関与した主要な裁判その他審査に関し参考となるべき事項であ
る。
今回の国民審査で審査権を有するAは,審査公報に挙げられていた主要な裁判について,その判
決文にまで当たって審査の対象となる各裁判官の見解を調べ,さらに,各裁判官の経歴等も調べた。
その結果,各裁判官に対するAの評価は,最高裁判所裁判官として適格と判断した裁判官,不適格
と判断した裁判官,そして適格・不適格いずれとも判断できなかった裁判官に分かれた。Aは,不
適格と判断した裁判官に対する記載欄には×の記号を記載し,適格・不適格いずれとも判断できな
かった裁判官に対する記載欄には何も記載せずに投票した。Aは,適格と判断した裁判官に対する
記載欄には○の記号を記載したかったが,国民審査法第15条の規定によって何も記載しないで投
票せざるを得なかった。
Aは,最高裁判所裁判官に対する国民審査制度を設けた憲法の趣旨に照らし,現行の制度には幾
つかの問題があると考えた。Aは,現行の国民審査法を合憲とする1952年の最高裁判所大法廷
判決を知っていたが,国民審査法第36条に基づく訴訟を提起して,上記最高裁判所判例の変更の
必要性も憲法上の主張の一つとして主張しつつ,現行の国民審査制度の是正を図りたいと思った。
以上のことを前提として,以下の各設問に答えなさい。
〔設問1〕
あなたがAの訴訟代理人になった場合,国民審査法第36条に基づく訴訟において,訴訟代理
人としてあなたが行う憲法上の主張を述べなさい。
〔設問2〕
設問1における憲法上の主張に関するあなた自身の見解を,被告側の反論を想定しつつ,述べ
なさい。
【資料1】最高裁判所裁判官国民審査法(昭和22年11月20日法律第136号)(抄録)
第1条最高裁判所の裁判官の任命に関する国民の審査については,この法律の定めるところによる。
第4条衆議院議員の選挙権を有する者は,審査権を有する。
第15条審査人は,投票所において,罷免を可とする裁判官については,投票用紙の当該裁判官に
対する記載欄に自ら×の記号を記載し,罷免を可としない裁判官については,投票用紙の当該裁判
官に対する記載欄に何等の記載をしないで,これを投票箱に入れなければならない。
2 投票用紙には,審査人の氏名を記載することができない。
第30条審査会は,中央選挙管理会の指定した場所で,これを開く。
2 審査長は,審査権を有する者の中から中央選挙管理会の選任した者を以て,これに充てる。
3 審査長は,審査会に関する事務を担任する。
4 審査長は,第8条の選挙人名簿に登録された者の中から審査立会人3人を選任しなければならな
い。
5 審査長は,すべての審査分会長から前条の報告を受けた日又はその翌日に審査会を開き,審査立
会人立会の上,その報告を調査しなければならない。
第33条第30条第5項の規定による調査を終えたときは,審査長は,直ちに罷免を可とされた裁
判官の氏名並びに罷免を可とする投票の数及び罷免を可としない投票の数その他審査の次第を中央
選挙管理会に報告しなければならない。
2 中央選挙管理会は,前項の報告を受けたときは,直ちに罷免を可とされた裁判官にその旨を告知
し,同時に罷免を可とされた裁判官の氏名を官報で告示し,かつ,総務大臣を通じ内閣総理大臣に
通知しなければならない。
第36条審査の効力に関し異議があるときは,審査人又は罷免を可とされた裁判官は,中央選挙管
理会を被告として第33条第2項の規定による告示のあつた日から30日内に東京高等裁判所に訴
えを提起することができる。
第53条都道府県の選挙管理委員会は,政令の定めるところにより,審査に付される裁判官の氏名,
経歴その他審査に関し参考となるべき事項を掲載した審査公報を発行しなければならない。
【資料2】最高裁判所裁判官国民審査法施行令(昭和23年5月25日政令第122号)(抄録)
第26条審査公報には,審査に付される裁判官の氏名,生年月日及び経歴並びに最高裁判所におい
て関与した主要な裁判その他審査に関し参考となるべき事項を掲載するものとする。
(出題趣旨)
本問は,最高裁判所裁判官国民審査制をめぐる問題である。1952年の最高裁
判決は,国民審査制を「実質において所謂解職の制度」と捉え,記載欄に何らの記
載がされていないものを,積極的に罷免を可とする意思を持たないものとして取り
扱うことを当然とした。国民審査制を法の定める統治機構の構造上どのように位置
付けるかに配慮しつつ,当該判決の判断をめぐる問題点に関して「考える力」を見
ようとする問題である。さらに,本問では,この問題点を考える上で,当該判例を
変更する必要性についても検討することを求めている。憲法判例の変更はどのよう
な場合に認められるのか,また,本問は判例変更が認められる場合といえるかなど
について検討することが求められている。
平成24年予備試験憲法の模範答案を作成します。答案(2,183字)です。
第1 設問1(Aの訴訟代理人としての憲法上の主張)
1 訴訟の提起
Aは、国民審査法36条に基づき、中央選挙管理会を被告として、審査の効力に関する訴訟を東京高等裁判所に提起する。
2 国民審査制度の憲法上の位置づけ
憲法79条2項は、最高裁判所裁判官の任命に関する国民審査を定めている。同条3項は、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときはその裁判官は罷免されると規定する。国民審査制度は、司法権の行使に対する民主的統制の手段であり、国民主権原理(前文、1条)に基づく重要な参政権である。
3 国民審査法15条の違憲性
(1) 投票方式の問題
国民審査法15条は、罷免を可とする裁判官には×印を記載し、罷免を可としない裁判官には何も記載しないと定める。この方式では、積極的に「適格」と判断した裁判官と、判断がつかない裁判官に対して、いずれも無記載という同一の扱いがなされる。Aのように適格と判断した裁判官に○印を記載したいと考える審査人は、その意思を投票に反映させることができない。
(2) 参政権(15条1項)の侵害
憲法15条1項は公務員の選定罷免権を国民固有の権利として保障する。国民審査は裁判官の適否を判断する制度であり、罷免の可否のみならず、適格であるとの積極的意思表示も参政権の行使として保障されるべきである。現行の投票方式は、適格と判断した裁判官への積極的意思表示の機会を奪っており、参政権を不当に制限するものである。
(3) 1952年最高裁大法廷判決の問題点
同判決は、国民審査制度を「実質において解職の制度」と位置づけ、無記載を「積極的に罷免を可とする意思を持たない」ものとして扱うことを当然とした。しかし、この解釈には以下の問題がある。
第1に、憲法79条2項は「国民の審査」と規定しており、単なる解職制度ではなく、裁判官の適否についての国民の判断を求める制度である。「審査」という文言は、裁判官の適格性を積極的に評価することも含む趣旨と解すべきである。
第2に、無記載を一律に「罷免を可としない」と擬制することは、適格・不適格の判断がつかない審査人の意思を「罷免を可としない」という積極的意思にすり替えるものであり、国民の意思を正確に反映しない。
第3に、同判決から70年以上が経過し、国民の参政権に対する意識や情報環境は大きく変化している。審査公報の内容も充実し、審査人が各裁判官について適格・不適格の判断を形成する条件は整っている。判例変更の必要性が認められる。
4 結論
現行の国民審査法15条の投票方式は、審査人の参政権(憲法15条1項)を不当に制限し、憲法79条2項の趣旨に反するものとして違憲である。
第2 設問2(被告側の反論を踏まえた自己の見解)
1 被告側の反論
被告側は以下のように反論する。
(1) 1952年最高裁判決は、国民審査制度を解職制度と位置づけ、現行の投票方式を合憲と判断しており、この判例は変更されるべきではない。
(2) 憲法79条は投票方式の具体的内容を法律に委ねており(79条4項)、立法裁量の範囲内である。×印方式は、審査人に罷免の意思がない限り何もしなくてよいという簡便な方式であり、審査人の負担を軽減し、投票の便宜を図るものである。
(3) ○×双方の記載を認める方式にした場合、いずれの記載もない場合の取扱いが問題となるなど、制度設計上の困難が生じる。投票方式の選択は立法政策の問題であり、司法が介入すべきではない。
2 自己の見解
(1) 判例変更の可否
判例変更は、先例の判断が誤りであるか、社会状況の変化により先例の前提が失われた場合に認められる。1952年判決は国民審査制度を「解職の制度」と性格づけたが、この性格づけ自体に疑問がある。憲法79条2項は「審査」という文言を用いており、裁判官の適否に関する国民の積極的判断を求める制度と解すべきである。また、同判決から70年以上が経過し、国民の権利意識の向上や情報環境の変化により、審査人がより実質的な判断を行いうる状況が整っている。判例変更の必要性は認められる。
(2) 立法裁量の限界
確かに、79条4項は審査に関する事項を法律に委ねている。しかし、立法裁量にも限界があり、国民審査の趣旨を没却するような投票方式は許されない。現行方式は、無記載を一律に「罷免を可としない」と擬制する点で、審査人の意思を正確に反映せず、国民審査の趣旨を実質的に損なっている。特に、適格と判断した裁判官への積極的意思表示と、判断がつかない裁判官への無記載が同一に扱われる点は、参政権の行使としての意味を減殺する。
(3) 制度設計の困難について
被告側が主張する制度設計上の困難は、立法技術上の問題であり、参政権の制限を正当化する理由とはならない。○×双方の記載を認め、無記載を棄権として扱う方式など、より国民の意思を反映する投票方式は十分に設計可能である。
(4) 結論
以上より、現行の国民審査法15条の投票方式は、審査人が適格と判断した裁判官に対する積極的意思表示の機会を奪っている点で、憲法79条2項の趣旨及び憲法15条1項の参政権を不当に制限するものであり、違憲と解する。1952年判決は変更されるべきである。以上
(2,183字)
第1 設問1(Aの訴訟代理人としての憲法上の主張)
1 訴訟の提起
Aは、国民審査法36条に基づき、中央選挙管理会を被告として、審査の効力に関する訴訟を東京高等裁判所に提起する。
2 国民審査制度の憲法上の位置づけ
憲法79条2項は、最高裁判所裁判官の任命に関する国民審査を定める。同条3項は、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときはその裁判官は罷免されると定める。国民審査制度は、司法権の行使に対する民主的統制の手段の一つであり、国民主権原理(前文、1条)に基づく重要な参政権である。
3 国民審査法15条の違憲性
(1)投票方式の問題
同条は、罷免を可能とする裁判官には✕印を記載し、罷免を可としない裁判官には何も記載しないという記載方法を定める。この方式は、積極的に「適格」と判斷した裁判官と、判斷それ自体がつかない、留保された裁判官双方に対して、いずれも無記載という同一の取扱いがなされる。Aのように適格と判断した裁判官に、特に◯印を記載したいと考える審査人にとって、その意思を投票に反映させるには不十分な記載方法である。
(2)参政権(15条1項)の侵害
憲法15条1項は、公務員の選定任免権を国民固有の権利として保障している。国民審査制度は裁判官の適否を判斷する制度であり、任免の可否のみならず、適格であるとの積極的意思表示も参政権の行使として、最大限保障されるべきである。現行の投票方式は、適格と判斷した裁判官への積極的意思表示の機会を奪っており、これは参政権を不当に侵害する。
(3)1952年最高裁大法廷判決の問題点
同判決は、国民審査制度を、実質においては解職の制度と位置づけた。そして無記載を「積極的に罷免を可とする意思を持つものではない」旨解釈して扱うことを当然とした。しかし、まず、憲法79条2項は、「国民の審査」と規定しており、単なる裁判官個人の解職制度に矮小化させずに、裁判官の適否について個別の国民の判斷を求める制度である。そして、「審査」という文言は、裁判官の適格性につき、解職を相当とするか否かという緩い基準にとどまらず、積極的に適格性を認める裁判官を評価する趣旨を含むものと認められる。更に、無記載を一律に「罷免を可としない(よって罷免しない)」と擬制することは、適格不適格の判斷がつかないであろう、大多数の国民である審査人の意思を、「罷免しない」という方向に持っていこうとしているすり替えでり、国民の意思を正確に反映していないと解する。最後に、かかる同判決からは既に70年が経過し、国民の参政権に対する意識や情報環境も大きく変化した。審査公報の内容も充実し、審査人が各裁判官について、適格不適格の判斷を形成できる情報格差の縮小が進んだ。よって、判例変更の必要性を認める。
4 結論
以上より、現行の国民審査法15条の投票方式は、審査人の参政権(15条1項)を不当に制限するものであり、かつ憲法79条2項の趣旨にも反するものとして違憲と解する。
第2 設問2(被告側の反論を踏まえた自己の見解)
1 被告側の反論
まず、1952年最高裁判決は、国民審査制度を解職制度と位置づけている。現行の投票方式は、解職を求める票数を認識するものであり何ら問題ない。次に、憲法79条は投票方式の具体的内容を法律に委ねている(79条4項)。✕印の方式は、審査人に罷免の意思がない限りは何も記載しないという方式であるから、立法裁量の範囲にとどまる。審査人が罷免したいと考える場合に必要最小限の行為として✕印を求めているから余計な負担をかけるものではない。最後に、◯✕双方の記載を認める方式にした場合は、いずれの記載もない場合の取扱を特に定める必要が生じる。制度設計である投票方式の選択は立法政策そのものであるから、ここに司法権を過度に及ぼすことは相当ではない。
2 自己の見解
(1)判例変更の可否
判例は、国民審査制度を「解職の制度」と位置づけた。しかし、かかる性格は、「審査」(79条2項)の文言に即していない。裁判官の適否に関する国民の積極的判斷を求めているものと解する。判例変更は、先例の判断が誤りであるか、社会状況の変化により先例の前提が失われた場合に認められる。1952年判決は国民審査制度を「解職の制度」と性格づけたが、この性格づけ自体に疑問がある。憲法79条2項は「審査」という文言を用いており、裁判官の適否に関する国民の積極的判断を求める制度と解すべきである。また、同判決から70年以上が経過し、国民の権利意識の向上や情報環境の変化により、審査人がより実質的な判断を行いうる状況が整っている。判例変更の必要性は認められる。
(2)憲法79条は投票方式の具体的内容を法律に委ねる。立法裁量が広範囲に及ぶ。×印方式については、審査人において特に罷免しなくて良いという場合には何も記載させないという方式であるから、審査人に過度な負担を与えず、運営負担としても適度な投票の便宜が図られるに思える。確かに、79条4項は審査に関する事項を法律に委ねている。しかし、立法裁量にも限界があり、国民審査の趣旨を没却するような投票方式は許されない。現行方式は、無記載を一律に「罷免を可としない」と擬制する点で、審査人の意思を正確に反映せず、国民審査の趣旨を実質的に損なっている。特に、適格と判断した裁判官への積極的意思表示と、判断がつかない裁判官への無記載が同一に扱われる点は、参政権の行使としての意味を減殺する。
(3)制度設計の困難について
被告側が主張する制度設計上の困難は、立法技術上の問題であり、参政権の制限を正当化する理由とはならない。○×双方の記載を認め、無記載を棄権として扱う方式など、より国民の意思を反映する投票方式は十分に設計可能である。
(4) 結論
以上より、現行の国民審査法15条の投票方式は、審査人が適格と判断した裁判官に対する積極的意思表示の機会を奪っている点で、憲法79条2項の趣旨及び憲法15条1項の参政権を不当に制限するものであり、違憲と解する。1952年判決は変更されるべきである。以上
AIアシスタントのGeminiです。承知いたしました。私は実際の司法試験考査委員ではありませんが、司法試験予備試験の一般的な採点基準(出題趣旨・採点実感・三者間形式の論理的整合性)に照らし合わせ、50点満点で厳しめに、かつ客観的に採点・講評を行います。
予備試験の論文式試験において、50点満点中30点以上は「優秀(A〜上位B評価)」のライン、平均点は概ね20点台前半となることが多いという現実的な相場観に基づき評価します。
【総合得点】 32点 / 50点 (評価:A〜上位Bクラス)
事案の核心を突き、判例(昭和27年大法廷判決)を正確に踏まえた上で自説を展開できている点で、非常に優秀な答案です。本番でも確実に合格水準をクリアできる論証力があります。一方で、憲法論文の「型」である違憲審査基準の定立が欠落している点が、超上位(40点以上)に届かない要因となっています。
項目別採点表 評価項目 配点目安 得点 評価の理由・ポイント 1. 問題の所在・論点の抽出 10点 8点 憲法15条1項(参政権)と79条2項(審査)の関係性、現行の「無記載」が持つ制度的欠陥を的確に捉えています。 2. 原告の主張(設問1) 15点 11点 参政権侵害の主張に加え、1952年判決の「解職制度」という性格づけへの批判(時の経過、情報環境の変化)が非常に説得力高く展開されています。 3. 被告の反論(設問2・前半) 10点 7点 79条4項に基づく「広範な立法裁量」、判例の援用、技術的困難性という、国側が必ず主張する反論を過不足なく拾えています。 4. 私見(設問2・後半) 15点 6点 反論に対する再反論の方向性は見事ですが、「違憲審査基準(審査手法)」の明示と、それに基づく厳密なあてはめがないため、点数が伸び悩みました。 良かった点(得点源となっている部分)
- 「無記載の擬制」という鋭い指摘
原告の主張における「無記載を一律に『罷免を可としない』と擬制することは、判断がつかない審査人の意思のすり替えである」という指摘は、事案の核心(国民審査法15条の実質的効果)を見事に突いており、高く評価されます。 - 判例変更の要件に沿った論述
私見において、単に「判例はおかしい」とするのではなく、「先例の判断が誤りであるか、社会状況の変化により先例の前提が失われた場合」という判例変更の法的なハードルを提示した上で、70年の経過や情報環境の変化をあてはめている点は、法曹としてのバランス感覚を示せています。
厳しめの指摘(さらに点数を跳ね上げるための課題)
予備試験の採点実感で毎年厳しく指摘されるのが「独自の価値判断だけでなく、憲法学上の枠組み(違憲審査基準)に則って論じているか」という点です。
現在の答案は、「趣旨を没却するから許されない」「意思を正確に反映しないから違憲」というように、事実の評価から直接「違憲」という結論にジャンプしてしまっています。79条4項により国会に立法裁量が認められることを被告側で認めた以上、私見では「その裁量権の逸脱・濫用があるか否か」を判定するための「物差し(審査基準)」を必ずセットしなければなりません。
例えば、「国民審査権は重要な参政権であるから、その制約が許されるのは、制約の目的が合理的(やむを得ない)であり、かつ手段が必要最小限度である場合に限られる(厳格な合理性の基準)」といった基準を提示し、「現行の×印方式は、集計の便宜という目的は認められるが、代替手段(〇×併記や無記載の棄権扱い)が存在する以上、手段として必要最小限度とは言えず、立法裁量の範囲を逸脱している」と論じる必要があります。
次はこの「型」をマスターすることで、さらに強固な答案になります。この答案の「第2 設問2 2 自己の見解(2)」の箇所に組み込むべき、「立法裁量の限界と違憲審査基準の定立」を含んだ模範的な論述案を作成してみましょうか?
[行政法]
Aは,甲県乙市に本店を置く建設会社であり,乙市下水道条例(以下「本件条例」という。)及
び乙市下水道排水設備指定工事店に関する規則(以下「本件規則」という。)に基づき,乙市長(B)
から指定工事店として指定を受けていた。Aの従業員であるCは,2010年5月に,自宅の下水
道について,浄化槽を用いていたのをやめて,乙市の公共下水道に接続することにした。Cは,自
力で工事を行う技術を身に付けていたため,休日である同年8月29日に,乙市に知らせることな
く,自宅からの本管を付近の公共下水道に接続する工事(以下「本件工事」という。)を施工した。
なお,Cは,Aにおいて専ら工事の施工に従事しており,Aの役員ではなかった。
2011年5月になって,本件工事が施工されたことが,乙市の知るところとなり,同年6月
29日,乙市の職員がAに電話して,本件工事について経緯を説明するよう求めた。同日,Aの代
表者が,Cを伴って乙市役所を訪れ,本件工事はCが会社を通さずに行ったものであるなどと説明
したが,同年7月1日,Bは,本件規則第11条に基づき,Aに対する指定工事店としての指定を
取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の通知書には,その理由として,
「Aが,本市市長の確認を受けずに,下水道接続工事を行ったため。」と記載されていた。なお,
Aは,本件処分に先立って,上記の事情説明以外には,意見陳述や資料提出の機会を与えられなか
った。
Aは,本件処分以前には,本件条例及び本件規則に基づく処分を受けたことはなかったため,本
件処分に驚き,弁護士Jに相談の上,Jに本件処分の取消訴訟の提起を依頼することにした。Aか
ら依頼を受けたJの立場に立って,以下の設問に解答しなさい。
なお,乙市は,1996年に乙市行政手続条例を施行しており,本件処分に関する手続について,
同条例は行政手続法と同じ内容の規定を設けている。また,本件条例及び本件規則の抜粋を資料と
して掲げてあるので,適宜参照しなさい。
〔設問〕
Aが本件処分の取消訴訟において主張すべき本件処分の違法事由につき,本件条例及び本件規
則の規定内容を踏まえて,具体的に説明しなさい。なお,訴訟要件については検討しなくてよい。
【資料】
○ 乙市下水道条例(抜粋)
(排水設備の計画の確認)
第9条排水設備の新設等を行おうとする者は,その計画が排水設備の設置及び構造に関する法
令及びこの条例の規定に適合するものであることについて,あらかじめ市長の確認を受けなけ
ればならない。確認を受けた事項を変更しようとするときも,同様とする。
(排水設備の工事の実施)
第11条排水設備の新設等の設計及び工事は,市長が排水設備の工事に関し技能を有する者と
して指定した者(以下「指定工事店」という。)でなければ行うことができない。ただし,市
において工事を実施するときは,この限りでない。
2 指定工事店について必要な事項は,規則で定める。
(罰則)
第40条市長は,次の各号の一に該当する者に対し,5万円以下の過料を科することができる。
(1) 第9条の規定による確認を受けないで排水設備の新設等を行った者
(2) 第11条第1項の規定に違反して排水設備の新設等の工事を実施した者
(3)~(8) (略)
○ 乙市下水道排水設備指定工事店に関する規則(抜粋)
(趣旨)
第1条この規則は,乙市下水道条例(以下「条例」という。)第11条第2項の規定により,
乙市下水道排水設備指定工事店に関して必要な事項を定めるものとする。
(指定工事店の指定)
第3条条例第11条に規定する排水設備工事を施工することができる者は,次の各号に掲げる
要件に適合している工事業者とし,市長はこれを指定工事店として指定するものとする。(以
下略)
2 (略)
(指定工事店の責務及び遵守事項)
第7条指定工事店は,下水道に関する法令(条例及び規則を含む。)その他市長が定めるとこ
ろに従い,誠実に排水設備工事を施工しなければならない。
2 指定工事店は,次の各号に掲げる事項を遵守しなければならない。
(1)~(5) (略)
(6) 工事は,条例第9条に規定する排水設備工事の計画に係る市長の確認を受けたものでなけ
れば着手してはならない。
(7)~(12) (略)
(指定の取消し又は停止)
第11条市長は,指定工事店が条例又はこの規則の規定に違反したときは,その指定を取り消
し,又は6月を超えない範囲内において指定の効力を停止することができる。
(出題趣旨)
本問は,行政処分の違法事由についての基本的な知識,理解及びそれを事案に即
して運用する基本的な能力を試すことを目的にして,排水設備工事に係る指定工事
店としての指定を取り消す旨の処分を受けた建設会社Aが当該処分の取消訴訟を提
起した場合に主張すべき違法事由について問うものである。処分の根拠となった条
例及び規則の仕組みを正確に把握した上で,処分要件規定や比例原則に照らした実
体的違法事由及び聴聞や理由提示の手続に係る違法事由について検討し,事案に即
して当該処分の違法性に関する受験者の見解を述べることが求められる。
Aは,本件処分の取消訴訟において,主として,①本件規則11条の取消要件を満たさないこと,又は少なくとも取消しの選択が比例原則・裁量権の逸脱濫用に当たることという実体上の違法,②乙市行政手続条例上の聴聞等の不履行という手続違法,③理由提示の不備という手続違法を主張すべきである。
第1に,実体上の違法である。
本件規則11条は,「指定工事店が条例又はこの規則の規定に違反したとき」は,指定を取り消し,又は6月以内の効力停止をすることができると定める。したがって,まずA自身が「指定工事店」として条例又は規則に違反したといえることが必要である。
しかし,本件工事を行ったのはAの従業員Cであり,Cは休日に,自宅の下水道について,会社を通さず,乙市にも知らせずに施工したのである。しかも,CはAの役員ではなく,Aにおいて専ら工事施工に従事する従業員にすぎない。そうすると,本件工事は,C個人が自己のために行った私的行為であって,Aが指定工事店として受注し,施工した工事ではない。したがって,条例9条の確認を受けずに工事に着手してはならないという本件規則7条2項6号に違反したのは,第一次的にはC又はC宅の排水設備新設等を行おうとした者であって,直ちにAが指定工事店として違反行為をしたとはいえない。
また,条例11条1項は,排水設備工事を施工できる者を指定工事店に限る趣旨であるが,これは無資格業者による施工を防止するための規定である。Cは技術を有していたとしても指定工事店そのものではないから,同項違反の問題は生じ得る。しかし,それはC個人が指定工事店でないのに工事をしたという問題であって,Aが「指定工事店」として条例11条1項に違反したことを意味しない。条例40条も,確認を受けずに工事を行った者や指定工事店でないのに工事を実施した者に過料を科し得るとしており,違反者本人に制裁を加える建付けである。これらの規定構造からしても,C個人の違反を当然にAの指定取消事由に読み替えることは困難である。
さらに,本件処分の通知書には,「Aが,本市市長の確認を受けずに,下水道接続工事を行ったため」と記載されている。しかし,事実関係上,工事を行ったのはCであり,Aが工事主体であったとは認め難い。処分庁は,AとCを十分区別せず,処分要件の認定を誤った疑いが強い。ゆえに,本件処分は,要件事実の認定を欠き,又は要件該当性の判断を誤るものとして違法である。
仮に,従業員の行為につき使用者たる指定工事店Aにも一定の監督責任を問い得るとしても,なお直ちに指定取消しまで選択することは重きに失し,比例原則に反し得る。本件規則11条は,取消しと6月以内の効力停止の二種類を定めており,違反の態様・悪質性・結果・再発可能性等に応じた裁量的選択を予定している。本件では,①本件工事はCの自宅に関する一回的な私的行為であること,②A自身が営業として無確認工事を受注・施工した事案ではないこと,③Aは従前,条例・規則違反による処分歴がないこと,④乙市からの照会当日に代表者がCを伴って出頭し,経緯を説明していることから,少なくとも直ちに最も重い取消処分を選択すべき事案とはいい難い。まずは効力停止や指導監督で足りるのに,最も過酷な不利益処分を選択したのは,裁量権の逸脱濫用として違法と主張できる。加えて,本件工事によって公共下水道に具体的な支障や危険が生じたとの事情も示されておらず,処分の重さを基礎づける事情にも乏しい。
第2に,手続上,聴聞等を経ていない違法がある。
指定工事店の指定取消しは,Aに対し,将来に向けて営業上重要な地位を失わせる典型的な不利益処分である。しかも,単なる停止ではなく取消しであるから,不利益の程度は重大である。乙市行政手続条例は行政手続法と同内容であるから,名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分については,原則として聴聞を行わなければならないと解される。本件では,2011年6月29日に電話で経緯説明を求められ,同日,代表者がCを伴って事情説明をしたにとどまり,それ以外に意見陳述や資料提出の機会は与えられていない。聴聞の通知,事案の内容の告知,証拠書類等の閲覧,代理人選任,口頭又は書面による意見陳述といった条例上要求される手続は履践されていない。単なる事情聴取は聴聞に代替しないから,本件処分は重大な手続違反により違法である。
また,仮に処分庁が本件を聴聞ではなく弁明の機会付与で足りると考えたとしても,その機会すら法定の方式では与えられていない。したがって,いずれにせよ適正手続違反は免れない。
第3に,理由提示の不備がある。
不利益処分を書面で行う場合には,名あて人が処分の根拠と判断過程を理解し,不服申立てや取消訴訟で防御できるよう,処分理由を具体的に示すことが必要である。本件通知書の記載は,「Aが,本市市長の確認を受けずに,下水道接続工事を行ったため。」という簡略なものにすぎない。しかし,前記のとおり,問題となるのは工事主体がAかCか,違反した法令条項が条例9条なのか,規則7条2項6号なのか,あるいは条例11条1項なのか,さらに,なぜ効力停止ではなく取消しを選択したのかという点である。ところが通知書からは,どの法令違反を根拠に,いかなる事実認定の下で,なぜ最も重い処分を選択したのかが全く明らかでない。これではAは有効な防御を行えず,処分庁の判断の慎重・合理性を担保する機能も果たされない。よって,理由提示義務違反がある。
以上より,Aとしては,①Cの私的行為を理由にAの指定取消要件該当性を認めた点の違法,②仮に何らかの違反があるとしても取消しは比例原則に反し裁量権の逸脱濫用であること,③聴聞等の法定手続を履践していないこと,④理由提示が不十分であることを中心に,本件処分の取消しを求めるべきである。
文字数:2425字
第1 主張の骨子
Aは,本件処分の取消訴訟において,主として,①本件規則11条の取消要件を満たさないこと,又は少なくとも取消しの選択が比例原則・裁量権の逸脱濫用に当たることという実体上の違法,②乙市行政手続条例上の聴聞等の不履行という手続違法,③理由提示の不備という手続違法を主張すべきである。
第2 実体上の違法
本件規則11条は,「指定工事店が条例又はこの規則の規定に違反したとき」は,指定を取り消し,又は6月以内の効力停止をすることができると定める。したがって,まずA自身が「指定工事店」として条例又は規則に違反したといえることが必要である。
しかし,本件工事を行ったのはAの従業員Cであり,Cは休日に,自宅の下水道について,会社を通さず,乙市にも知らせずに施工した。CはAの役員ではなく,Aにおいて専ら工事施工に従事する従業員にすぎない。よって、本件工事は,C個人が自己のために行った私的行為であって,Aが指定工事店として受注し,施工した工事ではない。したがって,条例9条の確認を受けずに工事に着手してはならないという本件規則7条2項6号に違反したのは,第一次的にはC又はC宅の排水設備新設等を行おうとした者であって,直ちにAが指定工事店として違反行為をしたとはいえない。
また,条例11条1項は,排水設備工事を施工できる者を指定工事店に限る趣旨であるが,これは無資格業者による施工を防止するための規定である。Cは技術を有していたとしても指定工事店そのものではないから,同項違反の問題は生じ得る。しかし,それはC個人が指定工事店でないのに工事をしたという問題であって,Aが「指定工事店」として条例11条1項に違反したことを意味しない。条例40条も,確認を受けずに工事を行った者や指定工事店でないのに工事を実施した者に過料を科し得るとしており,違反者本人に制裁を加える建付けである。これらの規定構造からしても,C個人の違反を当然にAの指定取消事由に読み替えることは困難である。
さらに,本件処分の通知書には,「Aが,本市市長の確認を受けずに,下水道接続工事を行ったため」と記載されている。しかし,事実関係上,工事を行ったのはCであり,Aが工事主体であったとは認め難い。処分庁は,AとCを十分区別せず,処分要件の認定を誤った疑いが強い。ゆえに,本件処分は,要件事実の認定を欠き,又は要件該当性の判断を誤るものとして実体法上違法である。
仮に,従業員の行為につき使用者たる指定工事店Aにも一定の監督責任を問い得るとしても,なお直ちに指定取消しまで選択することは重きに失し,比例原則に反し得る。本件規則11条は,取消しと6月以内の効力停止の二種類を定めており,違反の態様・悪質性・結果・再発可能性等に応じた裁量的選択を予定している。本件では,①本件工事はCの自宅に関する一回的な私的行為であること,②A自身が営業として無確認工事を受注・施工した事案ではないこと,③Aは従前,条例・規則違反による処分歴がないこと,④乙市からの照会当日に代表者がCを伴って出頭し,経緯を説明していることから,少なくとも直ちに最も重い取消処分を選択すべき事案とはいい難い。まずは効力停止や指導監督で足りるのに,最も過酷な不利益処分を選択したのは,裁量権の逸脱濫用として違法と主張できる。加えて,本件工事によって公共下水道に具体的な支障や危険が生じたとの事情も示されておらず,処分の重さを基礎づける事情にも乏しい。
第2 聴聞等を経ていない手続上の違法
指定工事店の指定取消しは,Aに対し,将来に向けて営業上重要な地位を失わせる典型的な不利益処分である。しかも,単なる停止ではなく取消しであるから,不利益の程度は重大である。乙市行政手続条例は行政手続法と同内容であるから,名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分については,原則として聴聞を行わなければならないと解される。本件では,2011年6月29日に電話で経緯説明を求められ,同日,代表者がCを伴って事情説明をしたにとどまり,それ以外に意見陳述や資料提出の機会は与えられていない。聴聞の通知,事案の内容の告知,証拠書類等の閲覧,代理人選任,口頭又は書面による意見陳述といった条例上要求される手続は履践されていない。単なる事情聴取は聴聞に代替しないから,本件処分は重大な手続違反により違法である。
また,仮に処分庁が本件を聴聞ではなく弁明の機会付与で足りると考えたとしても,その機会すら法定の方式では与えられていない。したがって,いずれにせよ適正手続違反は免れない。手続法上の違法が認められる。
第3 理由提示の不備という手続法上の違法
不利益処分を書面で行う場合には,名あて人が処分の根拠と判断過程を理解し,不服申立てや取消訴訟で防御できるよう,処分理由を具体的に示すことが必要である。本件通知書の記載は,「Aが,本市市長の確認を受けずに,下水道接続工事を行ったため。」という簡略なものにすぎない。しかし,前記のとおり,問題となるのは工事主体がAかCか,違反した法令条項が条例9条なのか,規則7条2項6号なのか,あるいは条例11条1項なのか,さらに,なぜ効力停止ではなく取消しを選択したのかという点である。ところが通知書からは,どの法令違反を根拠に,いかなる事実認定の下で,なぜ最も重い処分を選択したのかが全く明らかでない。これではAは有効な防御を行えず,処分庁の判断の慎重・合理性を担保する機能も果たされない。よって,理由提示義務違反がある。
以上より,Aとしては,①Cの私的行為を理由にAの指定取消要件該当性を認めた点の実体法上の違法,②仮に何らかの違反があるとしても取消しは比例原則に反し裁量権の逸脱濫用である実体法上の違法、③聴聞等の法定手続を履践していない手続法上の違法、④理由提示が不十分である手続上の違法を中心に,本件処分の取消しを求めるべきである。
34点/50点
総評
中上位答案に入る。条文・規則の構造を踏まえ、実体的違法と手続的違法を分けて整理できている点は明確に評価できる。特に、規則11条の要件解釈、比例原則・裁量権逸脱濫用、聴聞、理由提示まで一通り拾えているため、出題趣旨にはかなり沿っている。
もっとも、予備試験の採点では、「何が一番強い違法事由か」「相手方の反論をどう処理するか」「条文の当てはめの精度」が詰め切れているかでさらに差がつく。本答案はそこがやや甘い。
各論
1 実体上の違法 18点前後/25点
良い点
まず、規則11条が「指定工事店が条例又はこの規則に違反したとき」に限って取消し・停止を認めることを出発点にしているのは正確である。
その上で、本件工事はCの私的行為であり、Aが指定工事店として受注・施工したものではないから、直ちにA自身の違反とはいえないと論じる部分は、本問の中核を押さえている。
さらに、仮に何らかの責任をAに問えるとしても、取消しは重すぎ、停止等で足りるのではないかとして比例原則・裁量権逸脱濫用を論じた点もよい。処分歴がないこと、一回的私的行為であること、会社ぐるみではないことを拾っているのも評価できる。
弱い点
ただし、「Aに違反がない」と言い切る部分はやや強すぎる。被告側からは、指定工事店制度の趣旨は適正施工の確保にあり、従業員がその技能・地位を背景に無確認工事をした以上、指定工事店たるAの業務管理・監督体制の不備として規則7条1項の「法令に従い誠実に施工」義務違反や、同条2項6号違反を広く基礎づける余地がある、という反論が予想される。ここへの処理がやや薄い。
また、条例11条1項違反をC個人の問題として切るだけでなく、「規則11条の名宛人は指定工事店である以上、取消事由として使うにはA自身の違反が必要」と、規範をもう一段丁寧に示すとさらによかった。
比例原則の部分も方向性は正しいが、「取消しと停止の選択における裁量統制」という言い方をより明示し、処分の必要性・相当性を分けて論じると、さらに答案として締まる。
2 聴聞手続違反 9点前後/12点
良い点
指定取消しが「資格又は地位の直接剥奪」に当たる重大な不利益処分であり、原則として聴聞が必要だとした点は的確である。
事情聴取と法定の聴聞は別物であり、電話連絡と当日の説明では足りないとした点も正しい。
弱い点
ここはかなり取れているが、行政手続法と同内容の条例があるなら、「聴聞通知」「意見陳述・証拠提出」「文書閲覧」などを経るべきだったことを条理的に述べるだけでなく、「本件は例外的に聴聞不要となる緊急性のある事案でもない」と一言入るとより強い。
また、「仮に弁明の機会付与でも足りない」と書いているが、本件は取消しなので本筋はあくまで聴聞である。ここは予備試験では少しぶれた印象を与えるおそれがある。
3 理由提示義務違反 7点前後/10点
良い点
通知書の記載が簡略すぎ、どの違反事実・どの法令違反を根拠にし、なぜ停止でなく取消しなのかが不明で、防御に支障があるとした点はよい。
理由提示の趣旨として、防御権保障と判断の慎重・合理性担保を挙げているのも適切である。
弱い点
ただし、ここももう一歩である。理由提示は、処分時を基準に、相手方がその場で違法性を争える程度に具体的である必要がある、という規範を先に明示した方がよい。
また、本件通知書の文言が「Aが確認を受けずに工事を行ったため」であることから、工事主体の認定自体が曖昧・誤認である点と、裁量判断の理由が抜けている点を分けて書くと、より採点しやすい答案になる。
4 全体構成 良い
違法事由を、
実体法上の違法
手続法上の違法
に分け、その中でさらに要件該当性、比例原則、聴聞、理由提示と整理しているので、答案として非常に読みやすい。
出題趣旨との対応もよい。
ただし、表現上、
第2実体上の違法
第2聴聞等を経ていない手続上の違法
第3理由提示の不備
となっており、見出し番号が少し乱れている。試験では小さい点だが、整えるべき。
総合評価
出題趣旨にかなり素直に乗った答案で、重要論点はほぼ拾えている。特に、処分要件該当性と比例原則、聴聞、理由提示の4本柱を外していないのは大きい。
他方で、高得点答案にするには、
A自身の違反性を否定する論証をもう少し慎重にすること
被告側の反論を見据えて監督責任論を処理すること
比例原則・理由提示の規範をもう少し明確にすること
が必要である。
点数感
合格圏のしっかりした答案としては34点前後。
やや甘く見れば36点。
厳しめなら32点。
中心値としては、34点/50点が妥当。
[民法]
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
Ⅰ
【事実】
1.A(女性,昭和22年生)は,配偶者がいたが,平成2年5月頃から,B(男性,昭和27
年生)と交際するようになり,同年10月には,配偶者との離婚の協議を始めた。
2.Aは,平成3年8月,配偶者と離婚した。A及びBは,これを契機として,マンションを賃
借し,そこで同居をするようになった。もっとも,離婚を経験したAは,Bとの婚姻の届出を
することをためらい,Bと話し合いの上,その届出をしないままBとの生活を続けた。
3.平成3年当時,Aは,甲土地を所有しており,甲土地についてAを所有権登記名義人とする
登記がされていた。A及びBは,相談の上,甲土地の上にBが所有する建物を建築することを
計画した。この計画に従い,平成5年3月,甲土地の上に所在する乙建物が完成して,乙建物
についてBを所有権登記名義人とする所有権の保存の登記がされ,同月,A及びBは,乙建物
に移り住んだ。
4.Aは,かねてよりヨーロッパのアンティーク家具や小物の収集を趣味としていたが,平成
18年秋頃から,そうした家具などを輸入して販売する事業を始めた。Aは,同年9月,この
事業の資金として3000万円を銀行のCから借り入れた。その返済の期限は,平成22年9
月30日と定められた。
5.同じく平成18年9月に,この借入れに係る債務を担保するため,Aは,甲土地についてC
のために抵当権を設定し,また,Bも乙建物についてCのための抵当権を設定し,同月中に,
それぞれその旨の登記がされた。乙建物については,Bが,Aから依頼されて,Aの事業に協
力する趣旨で,抵当権を設定したものである。
6.Aの事業は,しばらくは順調であったものの,折からの不況のため徐々に経営が悪化し,平
成22年9月30日が経過しても,Aは,Cからの借入金を返済することができなかった。そ
こで,Cは,甲土地及び乙建物について抵当権を実行することを検討するに至った。
〔設問1〕
【事実】1から6までを前提として,以下の(1)及び(2)に答えなさい。
(1) Aが,銀行のDに対し預金債権を有しており,その残高がCに対する債務を弁済するのに十
分な額であると認められる場合において,Bは,乙建物について抵当権を実行しようとするC
に対し,AがCに弁済をする資力があり,かつ,執行が容易である,ということを証明して,
まずAの財産について執行しなければならないことを主張することができるか,理由を付して
結論を述べなさい。
(2) Bは,Aに対し,あらかじめ,求償権を行使することができるか。また,仮にCが抵当権を
実行して乙建物が売却された場合において,Bは,Aに対し,求償権を行使することができる
か。それぞれ,委託を受けて保証をした者が行使する求償権と比較しつつ,理由を付して結論
を述べなさい。
Ⅱ 【事実】1から6までに加え,以下の【事実】7から10までの経緯があった。
【事実】
7.その後,Aの事業は,一時は倒産も懸念されたが,平成22年12月頃から,一部の好事家
の間でアンティーク家具が人気を博するようになったことを契機として,収益が好転してきた。
Aは,抵当権の実行をしばらく思いとどまるようCと交渉し,平成23年4月までに,Cに対
し,【事実】4の借入れに係る元本,利息及び遅延損害金の全部を弁済した。
8.平成23年9月,Aは,体調の不良を感じて病院で診察を受けたところ,重篤な病気である
ことが判明した。Aは,同年11月に手術を受けたものの,手遅れであり,担当の医師から,
余命が3か月であることを告げられた。
そこで,Aは,平成24年1月18日,Bとの間で,AがBに甲土地を贈与する旨の契約を
締結し,その旨を記した書面を作成した。
9.Aは,平成24年3月25日,死亡した。Aは,生前,預金債権その他の財産を負債の返済
に充てるなどして,財産の整理をしていた。このため,Aが死亡した当時,Aに財産はなく,
また,債務も負っていなかった。
10.Aが死亡した当時,Aの両親は,既に死亡していた。また,Aの子としては,前夫との間に
もうけたE(昭和62年生)のみがいる。
〔設問2〕
Eは,Bに対し,甲土地について,どのような権利主張をすることができるか。また,その結
果として,甲土地の所有権について,どのような法律関係が成立すると考えられるか。それぞれ
理由を付して説明しなさい。
(出題趣旨)
本問は,民法の財産法と家族法の基本的な制度について,正確な理解と応用能力
とを問うものである。まず,設問1は,人的担保である保証に認められる検索の抗
弁(民法第453条)と事前求償権(民法第460条)が,物的担保である物上保
証にも認められるかについて,保証と物上保証との異同に着目しつつ保証について
の規定の類推適用の可能性を検討すること等を通じて,法的知識の正確性と論理的
思考力を試すものである。また,設問2は,遺留分減殺請求権に関して,基本的な
理解とそれに基づく事案分析能力を試すものである。
〔設問1〕
1
Bは,Cに対し,まずAの財産について執行すべきことを主張することはできない。
保証人は,主たる債務者に弁済資力があり,かつ,その財産に対する執行が容易であることを証明したときは,債権者に対し,まず主たる債務者の財産について執行すべきことを主張できる。これが検索の抗弁である。もっとも,これは保証が人的担保であり,保証人自身が自己の一般財産をもって主債務を担保することから,保証債務の補充性を理由として認められるものである。
これに対し,物上保証は,他人の債務を担保するために自己の特定財産の上に抵当権等を設定するものであって,物上保証人は債務そのものを負担しない。債権者は,当初からその目的物の交換価値を引当てとして優先弁済を受ける地位を取得しているのであり,人的担保である保証とは制度構造が異なる。したがって,保証人の検索の抗弁を物上保証人に類推適用することはできない。
本件では,Bは,AのCに対する借入債務を担保するため,自己所有の乙建物についてCのために抵当権を設定している。Cは,乙建物の交換価値から優先弁済を受け得るのであり,仮にAがD銀行に十分な預金債権を有し,その執行が容易であるとしても,Bは,まずAの財産に執行すべきことを主張することはできない。
よって,Bの主張は認められない。
2
Bは,Aに対し,あらかじめ求償権を行使することはできないが,Cが抵当権を実行して乙建物が売却された場合には,その限度で求償権を行使することができる。
委託を受けて保証をした者は,主債務の履行期到来その他の法定事由がある場合には,弁済前であっても事前求償権を行使することができる。これは,保証人が現に主債務につき履行責任を負い,将来自己の一般財産から出捐を強いられる地位にあることから,その保護のために特に認められた制度である。
これに対し,物上保証人は,債務自体を負担するものではなく,抵当権が実行されるまでは自己の一般財産から出捐すべき関係に立たない。現実にどの程度の負担が生ずるかも,実行の有無や売却額によって左右される。したがって,保証人について認められる事前求償権の前提は物上保証には妥当せず,これを類推適用することはできない。よって,Bは,Aに対し,あらかじめ求償権を行使することはできない。
他方,Cが抵当権を実行し,乙建物が売却され,その売得金がAのCに対する債務の弁済に充てられた場合には,Bは,その限度でAに対し求償権を取得する。なぜなら,物上保証人は,自己の財産の価値をもって他人の債務の弁済に充てさせられたのであり,公平上,主債務者に対する償還請求を認めるべきだからである。この点は,委託を受けて保証をした者が弁済後に主債務者に対し事後求償権を取得するのと機能的に共通する。ただし,保証人が自己の一般財産から弁済するのに対し,物上保証人は目的物の交換価値の喪失によって負担する点で異なる。
したがって,Bは,事前求償権は行使できないが,乙建物が抵当権実行により売却され,その代価がAの債務の弁済に充てられた場合には,その弁済充当額の限度でAに対し事後求償権を行使することができる。
〔設問2〕
Eは,Bに対し,甲土地について遺留分減殺請求をすることができ,その結果,甲土地はEとBの共有になる。
まず,AとBは婚姻の届出をしていないから,両者は内縁関係にとどまり,BはAの相続人ではない。他方,Aの子は前夫との間のEのみであり,Aの死亡時に両親は既に死亡しているから,Aの相続人はEのみである。したがって,A死亡により,原則としてEがAの財産を単独相続する。
もっとも,Aは死亡前の平成24年1月18日,Bとの間で,甲土地をBに贈与する旨の契約を締結し,その旨を記載した書面を作成している。書面による贈与であるから,この贈与契約は有効に成立している。そこで,この贈与がEの遺留分を侵害するかが問題となる。
本件は平成24年の相続であるから,改正前民法の遺留分減殺制度による。子は遺留分権利者であり,直系尊属のみが相続人である場合ではないから,その遺留分は被相続人の財産の2分の1である。そして,相続人がE一人である以上,Eの具体的遺留分も全体の2分の1となる。
本件では,Aは死亡時に積極財産も債務もなく,生前に甲土地をBへ贈与している。したがって,遺留分算定の基礎財産として重要なのは甲土地であり,Eの遺留分は甲土地価額の2分の1に相当する。よって,Bへの甲土地全部の贈与は,その2分の1の限度でEの遺留分を侵害する。
そこで,Eは,Bに対し,甲土地につき2分の1の限度で遺留分減殺請求をすることができる。
そして,改正前民法における遺留分減殺請求は,行使により当然に物権的効果を生じ,侵害額に応じて目的物の権利が遺留分権利者に復帰すると解されている。したがって,Eが減殺請求をすると,甲土地全部が直ちにEに帰属するのではなく,甲土地の2分の1持分がBからEに移転する。
その結果,甲土地の所有権については,BとEが各2分の1の持分を有する共有関係が成立する。Eは,この共有持分に基づき,自己持分について登記移転請求をすることができるし,その後,共有物分割請求によって共有関係の解消を求めることもできる。
以上より,Eは,Bに対し,甲土地について2分の1の限度で遺留分減殺請求をすることができ,その結果,甲土地はEとBの各2分の1の共有となる。
2263字
[商法]
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
1.X株式会社(以下「X社」という。)は,国内にのみ本店及び支店を有し,化学繊維の製造及
び販売を目的とする取締役会を置く会社である。
X社の取締役は,A,B及びCの3人であり,その代表取締役は,Aのみである。
2.Y株式会社(以下「Y社」という。)は,国内にのみ本店及び支店を有し,洋服の製造及び販
売を目的とする取締役会を置く会社であり,直近数年の平均的な年間売上高が1億円であった。
Y社では,Aの旧知の友人であるBが唯一の代表取締役に就任している。
3.X社は,大手アパレルメーカーからの依頼を受け,洋服用の生地(以下「本件生地」という。)
を製造したところ,この大手アパレルメーカーが倒産したため,本件生地を大量に在庫として抱
えることとなった。
4.そこで,Aは,Bに対し,Y社において本件生地を代金1億円で購入してもらえないかと打診
した。Bは,本件生地が高品質のものであり,これを用いて洋服を製造し販売すれば売上げの大
幅な増加が見込めるので,本件生地を購入したいと考えたが,Y社において代金1億円を現金で
直ちに支払うことは困難であった。そのため,Bは,Aに対し,6か月後の日を満期とする約束
手形により支払うことでよければ購入したいと伝えた。Aは,Bのこの提案を了承した。そこで,
X社は,Y社に対し,平成23年9月1日,本件生地を代金1億円で売却した(以下「本件売買
契約」という。)。これに対し,Y社は,Y社代表取締役Bの名義で,同日,本件売買契約の代金
の支払のため,次の内容の約束手形(以下「本件手形」という。)を振り出した。
金額1億円
満期平成24年3月1日
支払地甲県乙市
支払場所丙銀行丁支店
受取人X社
振出日平成23年9月1日
振出地甲県乙市
5.本件売買契約の締結については,X社及びY社の取締役会において,いずれもその承認や決定
がされることはなかった。
6.Y社は,本件生地を受領した際に,その一部につき抜き出して詳細な検査をし,その余は外観
上の検査をした結果,本件生地に特に異常は見付けられなかった。
7.他方,X社は,Zに対し,平成23年9月8日,Y社から交付を受けた本件手形につき拒絶証
書の作成を免除して,本件手形を割引のため裏書譲渡した。Zは,本件手形の裏書譲渡を受ける
際に,本件手形が本件売買契約の代金の支払のために振り出されたものであることを知っていた。
8.Y社は,本件生地を用いて洋服を製造し販売した。ところが,Y社は,平成24年2月になっ
て,その洋服の購入者から苦情を受け,本件生地のほとんどに染色の不具合があり,数回洗濯す
ると極端に色落ちすることが分かった。そこで,Y社は,直ちにX社に対してその旨の通知を発
した上で,同月20日,本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
9.Zは,平成24年3月2日,本件手形につき丙銀行丁支店において支払のための呈示をした。
〔設問1〕
本件売買契約の効力及び解除に関し,Y社からみて,会社法上及び商法上どのような点が問題
となるか。
〔設問2〕
Y社は,Zによる本件手形の手形金支払請求を拒むことができるか。
(出題趣旨)
本問は,取締役会設置会社における利益相反取引及び重要な業務執行,商人間の
売買契約における検査・通知義務並びに約束手形における人的抗弁の切断に関する
基本的な知識・理解等を問うものである。解答に際しては,①会社法第356条第
1項第2号(会社法第365条第1項)の利益相反取引の該当性及び取締役会の承
認を受けない利益相反取引の効力,②会社法第362条第4項の取締役会による決
定を要する場合の該当性及びこの場合において代表取締役がその決定を経ないで業
務執行をしたときの効果,③商法第526条の適用要件,④手形法第17条ただし
書(手形法第77条第1項第1号)の「債務者ヲ害スルコトヲ知リテ」の意義につ
いて,正しく論述することが求められる。
〔設問1〕
1 本件売買契約の締結に関する会社法上の問題
(1)利益相反取引該当性
まず,Y社からみて,本件売買契約は,代表取締役Bが,自己のため又は第三者のためにY社と取引をする場合に当たるかが問題となる。
会社法356条1項2号は,取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするときは取締役会設置会社では取締役会の承認を要するとし,365条1項により代表取締役にも適用される。
本件では,Y社代表取締役Bは,X社代表取締役Aから本件生地の購入を持ちかけられ,Y社を代表してX社との間で本件売買契約を締結した。しかし,BはX社の取締役でも代表者でもなく,X社のために行為しているわけでもない。単に相手方代表者Aと旧知の友人関係にあるにとどまる。したがって,本件売買契約は,形式的にはBが自己又は第三者のためにY社とする直接取引には当たらず,356条1項2号の利益相反取引には該当しない。
よって,この点について取締役会承認欠缺の問題は生じない。
(2)重要な業務執行の決定を欠く点
次に,本件売買契約の締結が取締役会の決定を要する重要な業務執行に当たるかが問題となる。
会社法362条4項は,取締役会設置会社において重要な業務執行の決定を取締役会の専決事項としている。本件では,Y社の直近数年の平均的年間売上高は1億円であるところ,本件売買契約の代金も1億円であり,会社の通常の規模に照らして極めて重大な取引である。よって,本件売買契約の締結は重要な業務執行の決定に当たり,取締役会の決定を要する。
しかるに,本件ではY社取締役会の承認や決定がされていない。したがって,Bは取締役会決定を経ないで重要な業務執行をしたことになる。
もっとも,この内部的決定欠缺によって直ちに売買契約が無効となるかが問題である。代表取締役は会社を代表する包括的代表権を有し,重要な業務執行について取締役会決定を要することは原則として内部的な権限分配の問題である。したがって,相手方がその決定欠缺につき悪意又は重過失でない限り,会社はその効力を否定できないと解すべきである。
本件では,相手方X社の代表取締役はAであり,A自身もX社側で本件売買契約を締結している。Aは,本件売買契約につきX社及びY社のいずれの取締役会でも承認や決定がされていないことを知っていた。したがって,X社は少なくとも悪意である。
よって,Y社は,取締役会決定を欠くことを理由として,本件売買契約の効力を争うことができる。したがって,Y社との関係では本件売買契約は無効となる。
2 本件売買契約の解除に関する商法上の問題
仮に本件売買契約が有効であるとしても,Y社が平成24年2月20日にした解除の意思表示が有効かが問題となる。
商人間の売買では,買主は目的物受領後遅滞なく検査し,瑕疵又は数量不足を発見したときは直ちに売主に通知しなければならず,直ちに発見できない瑕疵についても受領後6か月以内に発見して通知しないと,解除や代金減額等を主張できない。これが商法526条である。
本件では,X社・Y社はいずれも株式会社であり商人であるから,同条が適用される。また,Y社は受領時に一部を抜き出して詳細に検査し,その余も外観上検査しており,通常期待される検査はしている。にもかかわらず,染色不具合は洗濯を経て初めて判明したものであり,受領時に直ちに発見することは困難であったといえる。したがって,本件は直ちに発見できない瑕疵に当たる。
そして,受領は平成23年9月1日であり,瑕疵発見は平成24年2月であるから,6か月以内の発見に当たる。さらにY社は,苦情を受けて判明後,直ちにX社に通知し,同月20日に解除の意思表示をしている。よって,商法526条の要件を満たし,Y社の解除は有効である。
以上より,Y社からみて,本件売買契約については,まず会社法上,重要な業務執行についての取締役会決定を欠く点が問題となり,X社はその欠缺につき悪意であるから,Y社は契約の効力を争うことができる。他方,仮に契約が有効であっても,商法526条により解除は有効である。
〔設問2〕
Y社は,Zによる手形金支払請求を拒むことができない。
1 前提
本件手形は,Y社代表取締役B名義で振り出された約束手形であり,本件売買契約の代金支払のために振り出されたものである。そして,X社はこれをZに裏書譲渡している。Zは満期後の平成24年3月2日に支払呈示をしているから,呈示期間内の呈示として適法である。
2 人的抗弁の成否
Y社としては,本件売買契約が無効又は解除により失効した以上,その原因関係上,手形金支払義務も争えないかが問題となる。
しかし,手形債務は原因関係から切り離された無因証券上の債務であり,振出人は,前者との人的関係に基づく抗弁を,原則として善意の所持人に対抗できない。手形法17条本文である。
本件でY社が主張したいのは,本件売買契約の無効又は解除という原因関係上の抗弁であり,これは人的抗弁に当たる。したがって,原則としてZには対抗できない。
3 手形法17条ただし書の成否
もっとも,所持人が「債務者ヲ害スルコトヲ知リテ」手形を取得したときは,人的抗弁も対抗できる。ここでいう「害することを知りて」とは,単に原因関係の存在や抗弁原因の可能性を知っていたというだけでは足りず,人的抗弁を切断して債務者に不利益を与える意図,すなわち害意をもって取得したことを要すると解される。
本件では,Zは,本件手形が本件売買契約の代金支払のために振り出されたものであることを知っていたにすぎない。これは原因関係の存在を知っていたというだけであり,将来の解除や無効主張などの抗弁を切断してY社を害する意図まで認める事情はない。したがって,Zが手形法17条ただし書の「債務者ヲ害スルコトヲ知リテ」取得したとはいえない。
4 結論
よって,Y社は,本件売買契約の無効又は解除をもってZに対抗することはできず,Zによる本件手形の手形金支払請求を拒むことはできない。
字数 2494字
[民事訴訟法](〔設問1〕と〔設問2〕の配点の割合は,7:3)
次の事例について,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例】
Xは,平成22年6月10日,Yを被告として,売買契約に基づく代金の支払を求める訴えを提
起した(以下,この訴訟を「第1訴訟」という。)。第1訴訟の請求の趣旨は,「Yは,Xに対し,
150万円を支払え。」との判決を求めるものであったが,第1訴訟において,Xは,平成22年
2月2日に,Yに対し,中古の建設機械1台(以下「本件機械」という。)を400万円で売却し
た旨主張し(以下,この売買契約を「本件売買契約」という。),第1訴訟では上記売買代金のうち
の150万円を請求する旨明示していた。これに対し,Yは,本件売買契約の成立を否認し,Xか
ら本件機械を買ったのは売買契約締結の際にYとともに同席していた息子のZであると主張した。
受訴裁判所は,平成23年1月13日に口頭弁論を終結し,同年3月3日にXの請求を全部認容
する判決をしたところ,同判決は同月17日の経過をもって確定した。
その後,Xは,平成23年4月7日,Yを被告として,本件売買契約に基づく残代金の支払を求
める訴えを提起し,Yに対し,残額の250万円の支払を求めた(以下,この訴訟を「第2訴訟」
という。)。
以下は,第2訴訟を担当している裁判官Aと司法修習生Bの会話である。
裁判官A:Xは,第1訴訟において,本件売買契約の代金は400万円であったと主張しながら,
訴訟の中では,このうちの150万円を請求していますが,判例の考え方によると,こ
の場合の訴訟物はどうなりますか。
修習生B:金銭債権の数量的一部請求の訴訟物に関する判例の考え方によれば,給付訴訟におい
て,数量的一部請求であることが明示されていれば,一部請求部分のみが訴訟物である
ということになりますから,第1訴訟における訴訟物は,売買契約に基づく代金支払請
求権のうち150万円の支払を求める部分ということになると思います。
裁判官A:そうですね。そうすると,第1訴訟の確定判決によって,どのような点に既判力が生
じますか。
修習生B:本件売買契約に基づき150万円の代金支払請求権が存在することについて既判力が
生ずることになると思います。
裁判官A:そうですね。ところで,先ほどの数量的一部請求の訴訟物に関する判例の考え方を前
提とすると,第2訴訟の訴訟物は,第1訴訟の訴訟物とは異なることになりますが,訴
訟物が異なるという理由だけで,第2訴訟において,第1訴訟の確定判決の既判力が及
ぶことはないと言い切れますか。例えば,第2訴訟において,裁判所は,第1訴訟の確
定判決で認められた売買代金債権の発生そのものを否定する判断をすることもできるの
でしょうか。
修習生B:前訴と後訴の訴訟物が異なる場合でも,前訴の確定判決の既判力が後訴に及ぶ場合は
あったと思いますが,どのような場合がこれに当たるかについては,正確には覚えてい
ません。
裁判官A:そうですか。それでは,第1訴訟と第2訴訟とで訴訟物が異なるにもかかわらず,第
1訴訟の確定判決の既判力が第2訴訟にも及ぶことがあるのかどうか,さらには,それ
を踏まえ,第2訴訟において,Yは,どのような主張をすることが許されるか考えてみ
ましょう。
〔設問1〕
裁判官Aと司法修習生Bの会話を踏まえ,第2訴訟において,Yは,次のような主張をするこ
とが許されるか検討しなさい。
① Xから本件機械を買ったのはYではなく,Zであるとの主張
② 本件機械には隠れた瑕疵があり,その修理費用として平成22年10月10日に300万
円を支払ったことにより,これと同額の損害を受けたので,瑕疵担保責任に基づく損害賠償
請求権と対当額で相殺するとの主張
〔設問2〕
仮に,第1訴訟において,XがYに対して本件売買契約に基づく代金全額(400万円)の支
払を求める訴えを提起していたとする。この訴訟において,Yが〔設問1〕②の主張と併せて,
本件売買契約に基づく代金として180万円を弁済した旨の主張をした場合に,裁判官が本件売
買契約の成立のほか,Y主張のいずれの事実についても証拠によって認定することができるとの
心証を抱いたときは,裁判所は,どのような点に留意して判決をすべきか検討しなさい。
(出題趣旨)
設問1は,既判力の作用等に関する理解を問うものであり,金銭債権の数量的一
部請求についての判決確定後に残部請求がされた事例を取り上げることにより,明
示された一部請求部分を前訴の訴訟物とする判例の考え方を踏まえ,既判力が生ず
る範囲とその作用の仕方等に関する正確な理解や,それに基づく分析能力,論理的
思考能力を試すものである。設問2は,民事訴訟における相殺の抗弁の特殊性に関
する理解を前提に,その特殊性が裁判所の判断の仕方にどのような影響を与えるか
を問うものである。
〔設問1〕
1 問題の所在
第1訴訟は,売買代金400万円のうち150万円のみを明示的一部請求したものである。判例によれば,この場合の訴訟物は,売買代金債権全体ではなく,そのうち明示された150万円部分に限られる。したがって,第1訴訟の確定判決の既判力は,直接には,本件売買契約に基づく150万円の代金支払請求権の存在について生ずるにとどまる。
もっとも,後訴の訴訟物が前訴と異なる場合でも,前訴判決の既判力は,後訴において先決関係に立つ前提判断について作用し,これと矛盾する主張・判断を遮断することがある。数量的一部請求の残部請求訴訟では,前訴で認容された一部請求権と後訴の残部請求権とは同一の基本権利関係たる一個の売買代金債権の一部と残部という関係に立つから,前訴判決で確定された判断に反する主張が許されるかが問題となる。
2 ①の主張の可否
Yの①の主張は,「Xから本件機械を買ったのはYではなくZである」というものであり,要するにY自身は本件売買契約の当事者ではなく,Yに売買代金債務は発生していないという主張である。
しかし,第1訴訟においてXの請求が全部認容されて確定した以上,本件売買契約に基づき,少なくとも150万円の範囲でYが代金債務を負うことは既判力をもって確定している。そうすると,後訴である第2訴訟において,売買契約の当事者がYではなくZであったと主張することは,前訴で確定された「Yが本件売買契約に基づく代金債務を負う」という判断の前提を根底から否定するものであり,既判力に抵触する。
このように,一部請求の残部請求訴訟においては,前訴判決で確定された権利関係の前提を後訴で争うことは許されないと解すべきである。したがって,①の主張は許されない。
3 ②の主張の可否
次に,Yは,本件機械の隠れた瑕疵に基づく損害賠償請求権300万円を自働債権として,相殺の抗弁を主張しようとしている。
まず,相殺の抗弁において主張される自働債権は,前訴の訴訟物ではないから,その存否自体が直ちに前訴判決の既判力によって遮断されるわけではない。したがって,その自働債権が前訴基準時後に発生したものである限り,後訴で相殺の抗弁として主張することは原則として許される。
本件では,Y主張の損害賠償請求権は,本件機械の瑕疵により平成22年10月10日に修理費300万円を支払ったことによって生じた損害に基づくものである。第1訴訟の口頭弁論終結時は平成23年1月13日であるから,この自働債権は前訴口頭弁論終結前に既に発生していたことになる。
ここで,相殺の抗弁については,前訴でその主張がされていなくても,後訴で主張できるかが問題となる。しかし,既判力は原則として基準時前に提出し得たすべての攻撃防御方法を当然に遮断するものではなく,後訴で前訴判決主文と矛盾する判断を生じさせるかどうかが問題である。
本件の前訴では150万円の一部請求のみが認容されているのであり,その既判力は150万円の限度での代金債権の存在にとどまる。したがって,後訴において相殺の抗弁を主張することが前訴既判力に抵触するのは,少なくとも前訴で認容された150万円部分を実質的に失わせる限度である。これを超える残部請求250万円との関係では,なお後訴で相殺を主張する余地がある。
よって,Yは,瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権をもって相殺の抗弁を主張すること自体は許されるが,前訴判決によって確定した150万円部分を覆す限度では許されず,残部請求250万円との関係でのみ主張できると解すべきである。
4 結論
したがって,
① 「買主はYではなくZである」との主張は,前訴確定判決の既判力に反し,許されない。
② 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権との相殺の主張は,前訴で確定した150万円部分を覆す限度では許されないが,残部請求250万円に対する限度では許される。
〔設問2〕
1 問題の所在
前訴で代金全額400万円が請求され,これに対してYが,
ア 180万円を弁済した
イ 瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権300万円を自働債権として相殺する
と主張した場合に,裁判所がこれらの事実をいずれも認定できるとき,どのように判決すべきかが問題となる。
ここでは,相殺の抗弁についての既判力の特殊性が重要である。民訴法114条2項は,相殺をもって対抗した額については,その請求の成立又は不成立に関する判断に既判力が生ずると定める。したがって,裁判所が相殺の抗弁を判断する際には,後日の紛争蒸返しを防ぐため,どの範囲について相殺判断をしたのかを明確にし,必要最小限度の判断にとどめなければならない。
2 判断の順序
まず,弁済の抗弁は,請求債権自体を消滅させる主張であり,相殺に先立って判断すべきである。なぜなら,弁済により請求債権が減少すれば,相殺判断が必要な範囲もそれに応じて縮小し,相殺について生ずる既判力の範囲も必要最小限に抑えられるからである。
本件では,代金債権400万円の成立が認められ,かつ180万円の弁済も認められるから,まずこれを控除すると残額は220万円となる。
次に,相殺の抗弁について判断する。この場合,自働債権300万円全額の存否について判断する必要はなく,請求債権の残額220万円を消滅させるのに必要な限度でのみ判断すれば足りる。なぜなら,相殺の抗弁についての既判力は「相殺をもって対抗した額」に生ずるため,不必要に300万円全額について判断すると,220万円を超える80万円部分についてまで既判力を生じさせてしまい,当事者の後日の主張立証の余地を不当に奪うからである。
3 判決の在り方
したがって,裁判所は,
① 本件売買契約に基づく代金債権400万円の成立を認める。
② うち180万円は弁済により消滅したと判断する。
③ 残額220万円については,Yの有する瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権を自働債権としてする相殺により消滅したと判断する。
④ よって,Xの請求を全部棄却する。
という形で判決すべきである。
この際,判決理由中では,相殺の自働債権300万円のうち,請求債権残額220万円の限度でこれを認め,その限度で相殺を認容すべきであって,残余80万円についてまで判断を示すべきではない。残余部分について判断すると,その部分にも既判力が及ぶおそれがあるからである。
4 結論
よって,裁判所は,まず弁済の抗弁を先に判断して請求債権を180万円減額し,その残額220万円についてのみ相殺の抗弁を判断して請求棄却判決をすべきである。そして,相殺の判断は,必要最小限である220万円の範囲に限って示すべきであり,自働債権300万円全額について判断してはならない。
[刑法]
以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 甲は,中古車販売業を営んでいたが,事業の運転資金にするために借金を重ね,その返済に
窮したことから,交通事故を装って自動車保険の保険会社から保険金をだまし取ろうと企てた。
甲は,友人の乙及び丙であれば協力してくれるだろうと思い,二人を甲の事務所に呼び出した。
甲が,乙及び丙に対し,前記企てを打ち明けたところ,二人はこれに参加することを承諾し
た。三人は,更に詳細について相談し,①甲の所有する普通乗用自動車(以下「X車」という。)
と,乙の所有する普通乗用自動車(以下「Y車」という。)を用意した上,乙がY車を運転し
て信号待ちのために停車中,丙の運転するX車を後方から低速でY車に衝突させること,②そ
の衝突により,乙に軽度の頸部捻挫の怪我を負わせること,③乙は,医師に大げさに自覚症状
を訴えて,必要以上に長い期間通院すること,④甲がX車に付している自動車保険に基づき,
保険会社に対し,乙に支払う慰謝料のほか,実際には乙が甲の従業員ではないのに従業員であ
るかのように装い,同事故により甲の従業員として稼働することができなくなったことによる
乙の休業損害の支払を請求すること,⑤支払を受けた保険金は三人の間で分配することを計画
し,これを実行することを合意した。
2 丙は,前記計画の実行予定日である×月×日になって犯罪に関与することが怖くなり,集合
場所である甲の事務所に行くのをやめた。
甲及び乙は,同日夜,甲の事務所で丙を待っていたが,丙が約束した時刻になっても現れな
いので,丙の携帯電話に電話したところ,丙は,「俺は抜ける。」とだけ言って電話を切り,そ
の後,甲や乙が電話をかけてもこれに応答しなかった。
甲及び乙は,丙が前記計画に参加することを嫌がって連絡を絶ったものと認識したが,甲が
丙の代わりにX車を運転し,その他は予定したとおりに前記計画を実行することにした。
そこで,甲はX車を,乙はY車をそれぞれ運転して,甲の事務所を出発した。
3 甲及び乙は,事故を偽装することにしていた交差点付近に差し掛かった。乙は,進路前方の
信号機の赤色表示に従い,同交差点の停止線の手前にY車を停止させた。甲は,X車を運転し
てY車の後方から接近し,減速した上,Y車後部にX車前部を衝突させ,当初の計画どおり,
乙に加療約2週間を要する頸部捻挫の怪我を負わせた。
甲及び乙は,乙以外の者に怪我を負わせることを認識していなかったが,当時,路面が凍結
していたため,衝突の衝撃により,甲及び乙が予想していたよりも前方にY車が押し出された
結果,前記交差点入口に設置された横断歩道上を歩いていたAにY車前部バンパーを接触させ,
Aを転倒させた。Aは,転倒の際,右手を路面に強打したために,加療約1か月間を要する右
手首骨折の怪我を負った。
その後,乙は,医師に大げさに自覚症状を訴えて,約2か月間,通院治療を受けた。
4 甲及び乙は,X車に付している自動車保険の保険会社の担当者Bに対し,前記計画どおり,
乙に対する慰謝料及び乙の休業損害についての保険金の支払を請求した。しかし,同保険会社
による調査の結果,事故状況について不審な点が発覚し,保険金は支払われなかった。
(出題趣旨)
本問は,甲,乙及び丙が,故意に人身事故を発生させ,保険金をだまし取ろうと
企てたが,丙は,犯罪に関与することを恐れて実行行為に参加せず,甲,乙が故意
に人身事故を惹起して,乙及び通行人Aに傷害結果を生じさせ,乙の慰謝料及び休
業損害について保険金請求を行ったものの保険金は支払われなかったという事案を
素材として,事案を的確に分析する能力を問うとともに,被害者の承諾,方法の錯
誤,共謀の意義,共犯関係からの離脱,傷害罪における「人」の意義等に関する基
本的理解とその事例への当てはめが論理的一貫性を保って行われているかを問うも
のである。
第1 甲の罪責
1 乙に対する傷害罪の成否
甲は、乙に軽度の頸部捻挫を負わせる計画の下、X車を運転してY車に衝突させ、乙に加療約2週間を要する頸部捻挫を負わせているから、傷害罪(204条)の構成要件に該当する。
もっとも、乙はあらかじめこの傷害を了承していたから、被害者の承諾により違法性が阻却されないかが問題となる。
確かに、傷害罪においても承諾があれば違法性阻却の余地がある。しかし、傷害は身体の安全に対する重大な侵害であるから、承諾があるだけでは足りず、傷害の程度・目的・手段方法・社会的相当性などを総合して判断すべきである。
本件では、目的は交通事故を装って保険金をだまし取ることにあり、違法な保険金詐取という反社会的目的のために、乙に実際に傷害を負わせている。軽度の頸部捻挫とはいえ、犯罪遂行手段として故意に傷害を加えるものであって、社会的相当性はない。したがって、乙の承諾は違法性を阻却しない。
よって、甲には乙に対する傷害罪が成立する。
2 Aに対する傷害罪の成否
甲は、Y車を後方から衝突させた結果、路面凍結のため予想以上にY車が前進し、横断歩道上のAに接触して、Aに右手首骨折の傷害を負わせている。そこで、Aに対する傷害罪が成立するかが問題となる。
甲はAに傷害を負わせる意思はなかったから、Aに対する故意犯が成立するためには、乙に対する傷害の故意がAに対しても及ぶかが問題となる。
傷害罪における「人」は特定の個人に限られず、人一般を意味すると解されるから、ある人に傷害を加える故意で実行行為に出た結果、対象が異なる他人に傷害結果が発生した場合も、方法の錯誤として故意は阻却されない。
本件で甲は、人である乙に傷害を負わせる故意で自動車衝突という危険行為に及び、その結果、人であるAに傷害を負わせている。したがって、方法の錯誤として、Aに対する関係でも傷害の故意は阻却されない。
また、甲の衝突行為とAの負傷結果との間には因果関係がある。路面凍結により予想以上にY車が押し出されたとしても、自動車を衝突させれば相手車両が前進して第三者に危害を加えることは十分あり得ることであり、凍結路面も異常な介在事情とはいえない。
よって、甲にはAに対する傷害罪も成立する。
3 保険会社に対する詐欺未遂罪の成否
甲及び乙は、保険会社担当者Bに対し、交通事故を装い、乙の慰謝料及び休業損害の保険金支払を請求している。
詐欺罪(246条1項)は、人を欺いて財物を交付させる罪である。本件では、甲らは、事故が故意に作出されたものであるのに偶発的事故であるかのように装い、さらに乙が甲の従業員でないのに従業員であるかのように装って休業損害も請求しているから、重要事項について欺罔行為がある。
そして、保険金支払請求は、保険会社の処分行為を直接惹起する程度に具体化した行為であるから、詐欺罪の実行の着手がある。
しかし、保険会社の調査により不審点が発覚し、保険金は支払われていないから、既遂には至らない。
したがって、甲には詐欺未遂罪が成立する。
4 罪数
乙に対する傷害罪、Aに対する傷害罪、詐欺未遂罪は、それぞれ別個の法益侵害であり、観念的競合ではなく併合罪(45条前段)となる。
第2 乙の罪責
1 自己に対する傷害罪の成否
乙は、自ら傷害を受けることを了承してY車を停止させ、甲に衝突させて自ら頸部捻挫の傷害を負っている。
しかし、傷害罪は「人の身体」を保護法益とするから、自分自身を傷害する行為は傷害罪の客体たる「人」を欠く。自傷行為それ自体は原則として不可罰である。
したがって、乙に自己に対する傷害罪は成立しない。
もっとも、甲が乙を傷害することについて、乙は実行を容易にし、その意思連絡の下で犯行に加担しているから、甲の乙に対する傷害罪について共犯が成立しないかが問題となる。
被害者自身は当該犯罪の客体であって、通常はその共同正犯にはなり得ないと解される。もっとも、少なくとも教唆犯・幇助犯の成否が問題となる余地はあるが、本件では乙は自己に対する傷害を受忍したにとどまらず、事故偽装のためY車を用意し、停止位置につけ、甲と共同して傷害結果を発生させている。
この点、判例・通説上、被害者自身を共犯とみることには慎重であるべきであり、本問でも中心は承諾の効力であって、乙を自己に対する傷害罪の共犯として処罰するのは相当でない。
したがって、乙については自己に対する傷害罪は成立しないと解すべきである。
2 Aに対する傷害罪の成否
乙は、甲と意思を通じて事故偽装を行い、Y車を停止させて甲の衝突を受ける役割を果たした。その結果、Aが負傷した。そこで、Aに対する傷害罪の共同正犯が成立するかが問題となる。
共同正犯成立には、共謀に基づく実行行為の分担が必要である。本件で乙は、自らY車を運転して停止させ、甲の衝突を受けるという不可欠の役割を担っており、実行行為を分担している。
また、Aに対する結果については、乙も甲と同様、乙自身以外の者に怪我を負わせることまでは認識していなかった。しかし、前記と同様、乙は「人」に傷害を負わせる故意をもって危険な衝突行為に加担しているから、対象の錯誤によりAに対する故意は阻却されない。
さらに、甲の衝突行為は乙との共謀に基づくものであり、その結果としてAが負傷したのであるから、乙にもAに対する傷害罪の共同正犯が成立する。
3 詐欺未遂罪の成否
乙は、甲と共謀の上、保険会社担当者Bに対し、乙に対する慰謝料及び休業損害の保険金を請求している。乙は、事故の真実を隠し、しかも自らが従業員でないのに従業員であるかのように装う計画に加わり、実際に約2か月間大げさに通院し、請求にも加担している。
よって、乙にも保険会社に対する詐欺未遂罪の共同正犯が成立する。
4 罪数
Aに対する傷害罪と詐欺未遂罪は併合罪となる。
第3 丙の罪責
1 乙に対する傷害罪及びAに対する傷害罪の共同正犯の成否
丙は、当初、甲・乙とともに、乙に傷害を負わせて保険金をだまし取る計画を立て、X車を運転してY車に衝突させる役割を担うことを合意していた。したがって、当初は傷害罪及び詐欺罪について共謀に加わっていた。
しかし、実行予定日になって丙は怖くなり、集合場所に赴かず、甲及び乙からの電話に「俺は抜ける。」と告げてその後応答しなかった。甲及び乙も、丙が計画参加を嫌がって連絡を絶ったものと認識している。
共同正犯において、共犯関係からの離脱が認められるには、少なくとも自己の犯意を放棄し、その意思を他の共犯者に表明して、以後の犯罪遂行に影響を及ぼさない状態に至ることが必要である。実行着手前であれば、このような離脱によりその後の結果について責任を負わない。
本件で丙は、実行着手前に明確に離脱意思を伝え、現場にも赴かず、その後の犯行に一切関与していない。甲及び乙もその離脱を認識した上で、丙抜きで別途実行を決意している。したがって、丙は共犯関係から有効に離脱したといえる。
よって、丙には、その後甲乙が実行した乙に対する傷害罪、Aに対する傷害罪の共同正犯は成立しない。
2 詐欺未遂罪の共同正犯の成否
詐欺未遂についても同様である。丙は当初、保険金詐取計画に加わっていたが、実行着手前に明確に離脱し、その後の請求行為に全く関与していない。
したがって、丙には詐欺未遂罪の共同正犯も成立しない。
3 予備罪等の成否
刑法には本件傷害罪や詐欺罪について一般的予備罪の規定はない。したがって、丙は不可罰である。
第4 結論
1 甲
乙に対する傷害罪、Aに対する傷害罪、保険会社に対する詐欺未遂罪が成立し、これらは併合罪となる。
2 乙
Aに対する傷害罪の共同正犯、保険会社に対する詐欺未遂罪の共同正犯が成立し、併合罪となる。
自己に対する傷害罪は成立しない。
3 丙
実行着手前に有効に共犯関係から離脱しているため、何らの罪責も負わない。
[刑事訴訟法]
次の【事例】を読んで,後記〔設問〕に答えなさい。
【事例】
1 警察官Kは,覚せい剤密売人Aを取り調べた際,Aが暴力団組員甲から覚せい剤の購入を持
ち掛けられたことがある旨供述したので,甲を検挙しようと考えたが,この情報及び通常の捜
査方法のみでは甲の検挙が困難であったため,Aに捜査への協力を依頼した。Aは,この依頼
を受けて,事前にKから受け取ったビデオカメラをかばんに隠し,平成24年3月10日午前
10時頃,喫茶店において,甲に「覚せい剤100グラムを購入したい。」と申し込み,甲は,
「100グラムなら100万円だ。今日の午後10時にここで待つ。」と答えた。Aは,Aと
会話している甲の姿及び発言内容を密かに前記ビデオカメラに録音録画し,Kは,Aからその
提供を受けた。
2 Kは,同日正午頃,Aから提供を受けた前記ビデオカメラを疎明資料として裁判官から甲の
身体及び所持品に対する捜索差押許可状の発付を受け,甲の尾行を開始したところ,甲が同じ
暴力団に所属する組員の自宅に立ち寄った後,アタッシュケースを持って出てきたため,捜索
差押許可状に基づく捜索を行った。すると,甲の所持していたアタッシュケースの中から覚せ
い剤100グラムが入ったビニール袋が出てきたことから,Kは,甲を覚せい剤取締法違反で
現行犯逮捕した。
〔設問〕
【事例】中の1記載の捜査の適法性について,問題点を挙げ,論じなさい。
(出題趣旨)
本問は,覚せい剤取締法違反被疑事件における内偵捜査を題材として,おとり捜
査及びその際のビデオカメラによる録音録画の適法性を検討させることにより,強
制捜査の意義,おとり捜査,秘密録音及び秘密録画のそれぞれの問題点,許容され
ると考えた場合の適法性の判断基準について,基本的な知識の有無及び具体的事案
に対する応用力を試すものである。
本件1の捜査として問題となるのは、①Aを利用して甲に覚せい剤売買を持ち掛けさせた点がおとり捜査として適法か、②Aにビデオカメラを渡して会話状況を密かに録音録画させた点が秘密録音・秘密録画として適法か、である。以下、順に検討する。
第1 おとり捜査の適法性
1 問題の所在
おとり捜査は、捜査機関又はその協力者が相手方に犯罪実行の機会を与え、その過程で犯罪を検挙する捜査手法である。これは、捜査機関が犯意を誘発して犯罪を生じさせる危険を伴うから、任意捜査の限界が問題となる。
刑訴法上、強制処分は法律の根拠を要し、任意捜査は強制の処分にわたらない限度で許される。したがって、おとり捜査が適法というためには、少なくとも、相手方の意思決定の自由を著しく侵害し、あるいは本来犯意のない者に犯意を生じさせて犯罪を作出するものであってはならない。
2 判断基準
判例・通説上、おとり捜査は、重大な犯罪、特に覚せい剤密売のように被害が潜在的で通常の捜査方法では実態解明が困難な犯罪について、既に相手方が当該犯罪を行う意思を有していると疑うに足りる相当な理由があり、かつ、他の通常の捜査手段による検挙が困難である場合には、任意捜査として許されると解される。要するに、犯意誘発型ではなく、既存の犯意を顕在化させる機会提供型であることが必要である。
3 本件への当てはめ
本件では、Aは覚せい剤密売人であり、その取調べに対し、甲から覚せい剤の購入を持ち掛けられたことがあると供述している。したがって、甲については、既に覚せい剤取引に関与する意思を有していると疑うに足りる相当の嫌疑がある。また、甲は暴力団組員であり、この情報及び通常の捜査方法のみでは検挙が困難であったとされているから、密行性の高い覚せい剤事犯の性質上、通常捜査の限界も認められる。
さらに、Aは甲に対し「覚せい剤100グラムを購入したい」と申し込んだにとどまり、甲に執拗に働き掛けたり、利益供与や脅迫によって犯意を生じさせたりした事情はない。甲はこれに応じ、「100グラムなら100万円だ。今日の午後10時にここで待つ。」と即答しているから、甲の既存の犯意を顕在化させたにすぎないといえる。
したがって、本件おとり捜査は、犯意を新たに誘発した違法なおとり捜査ではなく、既に犯意を有する者に対する機会提供型のおとり捜査として、任意捜査の範囲内で適法と解される。
第2 秘密録音・秘密録画の適法性
1 問題の所在
次に、Aがビデオカメラをかばんに隠して、甲との会話状況を密かに録音録画した点が適法かが問題となる。
録音録画は、相手方の意思に反して会話内容や姿態を記録化するものであり、場合によっては強制処分に当たり得る。しかし、会話当事者の一方がその会話内容を記録する場合と、全く部外者が秘かに会話を傍受する場合とでは、権利侵害の程度が異なる。
2 秘密録音の適法性
会話当事者の一方が、その会話を相手方に秘して録音する場合、相手方は会話の相手方がその内容を記憶し、後に第三者に伝える危険は当然に受忍しているのであって、録音はそれを機械的に正確化するにすぎない。したがって、通常は強制処分には当たらず、任意捜査として必要性・相当性があれば許される。
本件では、Aは会話当事者そのものであり、甲との会話内容を録音している。対象は覚せい剤取引という重大かつ密行的な犯罪の申込み・応答であり、証拠保全の必要性も高い。したがって、秘密録音は任意捜査として適法である。
3 秘密録画の適法性
秘密録画については、会話内容に加えて相手方の容ぼう・動静という視覚的情報まで取得する点で、録音よりも侵害性がやや高い。もっとも、本件は喫茶店という半公開の場所で行われた会話であり、住居内など私的空間における撮影ではない。また、撮影対象は覚せい剤売買の申込みに応答する甲の姿態であって、極めて私的な生活領域そのものではない。
さらに、A自身が会話当事者として現場にいる以上、甲の外観や動静を現認し得る立場にある。その記憶を映像として固定化することが直ちに強制処分に当たるとはいえない。加えて、本件では覚せい剤事犯の性質上、甲の同一性や発言状況を後に立証する必要が高く、録画の必要性も認められる。
したがって、本件秘密録画も、会話当事者の一方による半公開空間での記録化であり、必要性・相当性を備えるから、任意捜査として適法と解するのが相当である。
第3 結論
以上より、本件1記載の捜査については、
1 Aを利用して甲に覚せい剤売買を持ち掛けさせた点は、既に犯意を有すると疑うに足りる甲に対し、通常捜査が困難な覚せい剤事犯の検挙のために行われた機会提供型のおとり捜査であり、適法である。
2 Aにビデオカメラを渡し、甲との会話状況を密かに録音録画させた点も、会話当事者の一方による記録化であって、強制処分には当たらず、必要性・相当性を備えた任意捜査として適法である。
したがって、本件1記載の捜査は全体として適法である。
[法律実務基礎科目(民事)]
司法試験予備試験用法文及び本問末尾添付の資料を適宜参照して,以下の各設問に答えなさい。
なお,以下の〔設問1〕から〔設問3〕では,甲建物の賃貸借契約に関する平成23年5月分以降
の賃料及び賃料相当損害金については考慮する必要はない。
〔設問1〕
別紙【Xの相談内容】を前提に,弁護士Pは,平成23年11月1日,Xの訴訟代理人として,
Yに対し,賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求権を訴訟物として,
甲建物の明渡しを求める訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。そして,弁護士Pは,そ
の訴状において,請求を理由づける事実(民事訴訟規則第53条第1項)として,次の各事実を主
張した(なお,これらの事実は,請求を理由づける事実として適切なものであると考えてよい。)。
① Xは,Yに対し,平成20年6月25日,甲建物を次の約定で賃貸し,同年7月1日,これ
に基づいて甲建物を引き渡したとの事実
賃貸期間平成20年7月1日から5年間
賃料月額20万円
賃料支払方法毎月末日に翌月分を支払う
② 平成22年10月から平成23年3月の各末日は経過したとの事実
③ Xは,Yに対し,平成23年4月14日,平成22年11月分から平成23年4月分の賃料
の支払を催告し,同月28日は経過したとの事実
④ Xは,Yに対し,平成23年7月1日,①の契約を解除するとの意思表示をしたとの事実
上記各事実が記載された訴状の副本の送達を受けたYは,弁護士Qに相談をし,同弁護士はYの
訴訟代理人として本件を受任することになった。別紙【Yの相談内容】は,弁護士QがYから受け
た相談の内容を記載したものである。これを前提に,以下の各問いに答えなさい。なお,別紙【X
の言い分】を考慮する必要はない。
(1) 別紙【Yの相談内容】の第3段落目の主張を前提とした場合,弁護士Qは,適切な抗弁事実と
して,次の各事実を主張することになると考えられる。
⑤ Yは,平成22年10月頃,甲建物の屋根の雨漏りを修理したとの事実
⑥ Yは,同月20日,⑤の費用として150万円を支出したとの事実
⑦ Yは,Xに対し,平成23年6月2日頃,⑤及び⑥に基づく債権と本件未払賃料債権とを相
殺するとの意思表示をしたとの事実
上記⑤から⑦までの各事実について,抗弁事実としてそれらの事実を主張する必要があり,か
つ,これで足りると考えられる理由を,実体法の定める要件や当該要件についての主張・立証責
任の所在に留意しつつ説明しなさい。
(2) 別紙【Yの相談内容】を前提とした場合,弁護士Qは,上記(1)の抗弁以外に,どのような抗
弁を主張することになると考えられるか。当該抗弁の内容を端的に記載しなさい(なお,当該抗
弁を構成する具体的事実を記載する必要はない。)。
〔設問2〕
本件訴えにおいて,弁護士Qは,別紙【Yの相談内容】を前提として,〔設問1〕のとおりの各
抗弁を適切に主張するとともに,甲建物の屋根修理工事に要した費用についての証拠として,次の
ような本件領収証(斜体部分はすべて手書きである。)を,丙川三郎作成にかかるものとして裁判
所に提出した。これを受けて弁護士PがXと打合せを行ったところ,Xは,別紙【Xの言い分】に
記載したとおりの言い分を述べた。そこで,弁護士Pは,本件領収証の成立の真正について「否認
する」との陳述をした。
この場合,裁判所は,本件領収証の成立の真正についての判断を行う前提として,弁護士Pに対
して,更にどのような事項を確認すべきか。結論とその理由を説明しなさい。
平成22 年10 月20 日
領収証
金150万円
但し屋根修理代金として
○○建装丙川三郎
〔設問3〕
本件訴えでは,〔設問1〕のとおりの請求を理由づける事実と各抗弁に係る抗弁事実が適切に主
張されたのに加えて,Xから,別紙【Xの言い分】に記載された事実が主張された。これに対して,
Yは,Xが30万円を修理費用として支払ったとの事実(⑧)を否認した。そこで,⑥から⑧の各
事実の有無に関する証拠調べが行われたところ,裁判所は,⑥の事実については,Yが甲建物の屋
根の修理費用として実際に150万円を支払い,その金額は相当なものである,⑦の事実について
は,相殺の意思表示はXによる本件契約の解除の意思表示の後に行われた,⑧の事実については,
XはYに屋根の修理費用の一部として30万円を支払ったとの心証を形成するに至った。
以上の主張及び裁判所の判断を前提とした場合,裁判所は,判決主文において,どのような内容
の判断をすることになるか。結論とその理由を簡潔に記載しなさい。
以下の設問では,〔設問1〕から〔設問3〕までの事例とは関係がないものとして解答しなさい。
〔設問4〕
弁護士Aは,弁護士Bを含む4名の弁護士とともに共同法律事務所で執務をしているが,弁護士
Bから,その顧問先であり経営状況が厳しいR株式会社について,複数の倒産手続に関する意見を
求められ,その際に資金繰りの状況からR株式会社の倒産は避けられない情勢であることを知った。
これを前提に,以下の各問いに答えなさい。
(1) 弁護士Aは,義父Sから,その経営するT株式会社がR株式会社と共同で事業を行うに当たり,
R株式会社が事業資金を借り入れることについてT株式会社が保証することに関する契約書の検
討を依頼された。この場合において,弁護士Aが,義父SにR株式会社の経営状況を説明して保
証契約を回避するよう助言することに弁護士倫理上の問題はあるか。結論とその理由を簡潔に記
載しなさい。
(2) Aは,義父Sの跡を継ぎ,会社経営に専念するため弁護士登録を取り消してT株式会社の代表
取締役に就任したが,その後,R株式会社から共同事業を行うことを求められるとともに,R株
式会社が事業資金を借り入れることについてT株式会社が保証することを求められた。この場合
において,Aが,R株式会社の経営状況と倒産が避けられない情勢であることをT株式会社の取
締役会において発言することに弁護士倫理上の問題はあるか。結論とその理由を簡潔に記載しな
さい。
(別紙)
【Xの相談内容】
私は,平成20年6月25日,Yに対し,私所有の甲建物を,賃料月額20万円,毎月末日に翌
月分払い,期間は同年7月1日から5年間の約束で賃貸し(以下「本件契約」といいます。),同日,
甲建物を引き渡しました。
Yは,平成22年10月分の賃料までは,月によっては遅れることもあったものの,一応,順調
に支払っていたのですが,同年11月分以降は,お金がないなどと言って,賃料を支払わなくなり
ました。
私は,Yの亡父が私の古くからの友人であったこともあって,あまり厳しく請求することは控え
ていたのですが,平成23年3月末日になっても支払がなかったことから,しびれを切らし,同年
4月14日,Yに対し,平成22年11月分から平成23年4月分までの未払賃料合計120万円
(以下「本件未払賃料」といいます。)を2週間以内に支払うよう求めましたが,Yは一向に支払
おうとしません。
そこで,私は,本件未払賃料の支払等に関してYと話し合うことを諦め,Yに対し,平成23年
7月1日,賃料不払を理由に,本件契約を解除して,甲建物の明渡しを求めました。このように,
本件契約は終わっているのですから,Yには,一日も早く甲建物を明け渡してほしいと思います。
なお,Yは,甲建物を修理したので,その修理費用と本件未払賃料とを対当額で相殺したとか,甲
建物の修理費用を支払うまでは甲建物を明け渡さない等と言って,明渡しを拒否しています。Yが
甲建物の屋根を修理していたこと自体は認めますが,甲建物はそれほど古いものではありませんの
で,Yが言うほどの高額の費用が掛かったとは到底思えません。また,Yは,私に対して相殺の意
思表示をしたなどと言っていますが,Yから相殺の話が出たのは,同年7月1日に私が解除の意思
表示をした後のことです。
【Yの相談内容】
X所有の甲建物に関する本件契約の内容や,賃料の未払状況及び賃料支払の催告や解除の意思表
示があったことは,Xの言うとおりです。
しかし,私は甲建物を明け渡すつもりはありませんし,そのような義務もないと思います。
甲建物は,昭和50年代の後半に建てられたもののようですが,屋根が傷んできていたようで,
平成22年8月に大雨が降った際に,かなりひどい雨漏りがありました。それ以降も,雨が降るた
びに雨漏りがひどいので,Xに対して修理の依頼をしたのですが,Xは,そちらで何とかしてほし
いと言うばかりで,修理をしてくれませんでした。そこで,私は,同年10月頃,仕方なく,自分
で150万円の費用を負担して,業者の丙川三郎さんに修理をしてもらったのです。この費用は,
同月20日に私が丙川さんに支払い,その場で丙川さんに領収証(以下「本件領収証」といいます。)
を書いてもらいました。しかし,これは,本来,私が支払わなければならないものではないので,
その分を回収するために,私は平成22年11月分以降の賃料の支払をしなかっただけなのです。
ところが,Xは,図図しくも,平成23年4月になって未払分の賃料の支払を求めてきたものです
から,しばらく無視していたものの,余りにもうるさいので,最終的には,知人のアドバイスを受
けて,同年6月2日頃,Xに対し,甲建物の修理費用と本件未払賃料とを相殺すると言ってやりま
した。
また,万が一相殺が認められなかったとしても,私は,Xが甲建物の修理費用を払ってくれるま
では,甲建物を明け渡すつもりはありません。
【Xの言い分】
甲建物はそれほど老朽化しているというわけでもないのですから,雨漏りの修理に150万円も
掛かったとは考えられません。Yは修理をしたと言いながら,本件訴えの提起までの間に,私に対
し,修理に関する資料を見せたこともありませんでした。そこで,実際に,知り合いの業者に尋ね
てみたところ,雨漏りの修理程度であれば,せいぜい,30万円くらいのものだと言っていました。
そこで,私は,Yとの紛争を早く解決させたいとの思いから,平成23年8月10日,Yに対して,
修理費用として30万円を支払っています。
本件訴訟に至って初めて本件領収証の存在を知りましたが,丙川さんは評判の良い業者さんで,
30万円程度の工事をして150万円もの請求をするような人ではありません。したがって,本件
領収証は,Yが勝手に作成したものだと思います。
いずれにせよ,Yの主張には理由がないと思います。
弁護士職務基本規程(平成十六年十一月十日会規第七十号)
目次
第一章基本倫理(第一条ー第八条)
第二章一般規律(第九条ー第十九条)
第三章依頼者との関係における規律
第一節通則(第二十条ー第二十六条)
第二節職務を行い得ない事件の規律(第二十七条・第二十八
条)
第三節事件の受任時における規律(第二十九条ー第三十四条)
第四節事件の処理における規律(第三十五条ー第四十三条)
第五節事件の終了時における規律(第四十四条・第四十五条)
第四章刑事弁護における規律(第四十六条―第四十九条)
第五章組織内弁護士における規律(第五十条・第五十一条)
第六章事件の相手方との関係における規律(第五十二条ー第五
十四条)
第七章共同事務所における規律(第五十五条―第六十条)
第八章弁護士法人における規律(第六十一条―第六十九条)
第九章他の弁護士との関係における規律(第七十条ー第七十三
条)
第十章裁判の関係における規律(第七十四条―第七十七条)
第十一章弁護士会との関係における規律(第七十八条・第七十
九条)
第十二章官公署との関係における規律(第八十条・第八十一条)
第十三章解釈適用指針(第八十二条)
附則
弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする。
その使命達成のために、弁護士には職務の自由と独立が要請され、
高度の自治が保障されている。
弁護士は、その使命を自覚し、自らの行動を規律する社会的責任
を負う。
よって、ここに弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかに
するため、弁護士職務基本規程を制定する。
第一章基本倫理
(使命の自覚)
第一条弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と社会正義の実現
にあることを自覚し、その使命の達成に努める。
(自由と独立)
第二条弁護士は、職務の自由と独立を重んじる。
(弁護士自治)
第三条弁護士は、弁護士自治の意義を自覚し、その維持発展に努
める。
(司法独立の擁護)
第四条弁護士は、司法の独立を擁護し、司法制度の健全な発展に
寄与するように努める。
(信義誠実)
第五条弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職
務を行うものとする。
(名誉と信用)
第六条弁護士は、名誉を重んじ、信用を維持するとともに、廉潔
を保持し、常に品位を高めるように努める。
(研鑽)
第七条弁護士は、教養を深め、法令及び法律事務に精通するため、
研鑽に努める。
(公益活動の実践)
第八条弁護士は、その使命にふさわしい公益活動に参加し、実践
するように努める。
第二章一般規律
(広告及び宣伝)
第九条弁護士は、広告又は宣伝をするときは、虚偽又は誤導にわ
たる情報を提供してはならない。
2 弁護士は、品位を損なう広告又は宣伝をしてはならない。
(依頼の勧誘等)
第十条弁護士は、不当な目的のため、又は品位を損なう方法によ
り、事件の依頼を勧誘し、又は事件を誘発してはならない。
(非弁護士との提携)
第十一条弁護士は、弁護士法第七十二条から第七十四条までの規
定に違反する者又はこれらの規定に違反すると疑うに足りる相当
な理由のある者から依頼者の紹介を受け、これらの者を利用し、
又はこれらの者に自己の名義を利用させてはならない。
(報酬分配の制限)
第十二条弁護士は、その職務に関する報酬を弁護士又は弁護士法
人でない者との間で分配してはならない。ただし、法令又は本会
若しくは所属弁護士会の定める会則に別段の定めがある場合その
他正当な理由がある場合は、この限りでない。
(依頼者紹介の対価)
第十三条弁護士は、依頼者の紹介を受けたことに対する謝礼その
他の対価を支払ってはならない。
2 弁護士は、依頼者の紹介をしたことに対する謝礼その他の対価
を受け取ってはならない。
(違法行為の助長)
第十四条弁護士は、詐欺的取引、暴力その他違法若しくは不正な
行為を助長し、又はこれらの行為を利用してはならない。
(品位を損なう事業への参加)
第十五条弁護士は、公序良俗に反する事業その他品位を損なう事
業を営み、若しくはこれに加わり、又はこれらの事業に自己の名
義を利用させてはならない。
(営利業務従事における品位保持)
第十六条弁護士は、自ら営利を目的とする業務を営むとき、又は
営利を目的とする業務を営む者の取締役、執行役その他業務を執
行する役員若しくは使用人となったときは、営利を求めることに
とらわれて、品位を損なう行為をしてはならない。
(係争目的物の譲受け)
第十七条弁護士は、係争の目的物を譲り受けてはならない。
(事件記録の保管等)
第十八条弁護士は、事件記録を保管又は廃棄するに際しては、秘
密及びプライバシーに関する情報が漏れないように注意しなけれ
ばならない。
(事務職員等の指導監督)
第十九条弁護士は、事務職員、司法修習生その他の自らの職務に
関与させた者が、その者の業務に関し違法若しくは不当な行為に
及び、又はその法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らし、
若しくは利用することのないように指導及び監督をしなければな
らない。
第三章依頼者との関係における規律
第一節通則
(依頼者との関係における自由と独立)
第二十条弁護士は、事件の受任及び処理に当たり、自由かつ独立
の立場を保持するように努める。
(正当な利益の実現)
第二十一条弁護士は、良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益
を実現するように努める。
(依頼者の意思の尊重)
第二十二条弁護士は、委任の趣旨に関する依頼者の意思を尊重し
て職務を行うものとする。
2 弁護士は、依頼者が疾病その他の事情のためその意思を十分に
表明できないときは、適切な方法を講じて依頼者の意思の確認に
努める。
(秘密の保持)
第二十三条弁護士は、正当な理由なく、依頼者について職務上知
り得た秘密を他に漏らし、又は利用してはならない。
(弁護士報酬)
第二十四条弁護士は、経済的利益、事案の難易、時間及び労力そ
の他の事情に照らして、適正かつ妥当な弁護士報酬を提示しなけ
ればならない。
(依頼者との金銭貸借等)
第二十五条弁護士は、特別の事情がない限り、依頼者と金銭の貸
借をし、又は自己の債務について依頼者に保証を依頼し、若しく
は依頼者の債務について保証をしてはならない。
(依頼者との紛議)
第二十六条弁護士は、依頼者との信頼関係を保持し紛議が生じな
いように努め、紛議が生じたときは、所属弁護士会の紛議調停で
解決するように努める。
第二節職務を行い得ない事件の規律
(職務を行い得ない事件)
第二十七条弁護士は、次の各号のいずれかに該当する事件につい
ては、その職務を行ってはならない。ただし、第三号に掲げる事
件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、こ
の限りでない。
一相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
二相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信
頼関係に基づくと認められるもの
三受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
四公務員として職務上取り扱った事件
五仲裁、調停、和解斡旋その他の裁判外紛争解決手続機関の手
続実施者として取り扱った事件
(同前)
第二十八条弁護士は、前条に規定するもののほか、次の各号のい
ずれかに該当する事件については、その職務を行ってはならない。
ただし、第一号及び第四号に掲げる事件についてその依頼者が同
意した場合、第二号に掲げる事件についてその依頼者及び相手方
が同意した場合並びに第三号に掲げる事件についてその依頼者及
び他の依頼者のいずれもが同意した場合は、この限りでない。
一相手方が配偶者、直系血族、兄弟姉妹又は同居の親族である
事件
二受任している他の事件の依頼者又は継続的な法律事務の提供
を約している者を相手方とする事件
三依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件
四依頼者の利益と自己の経済的利益が相反する事件
第三節事件の受任時における規律
(受任の際の説明等)
第二十九条弁護士は、事件を受任するに当たり、依頼者から得た
情報に基づき、事件の見通し、処理の方法並びに弁護士報酬及び
費用について、適切な説明をしなければならない。
2 弁護士は、事件について、依頼者に有利な結果となることを請
け合い、又は保証してはならない。
3 弁護士は、依頼者の期待する結果が得られる見込みがないにも
かかわらず、その見込みがあるように装って事件を受任してはな
らない。
(委任契約書の作成)
第三十条弁護士は、事件を受任するに当たり、弁護士報酬に関す
る事項を含む委任契約書を作成しなければならない。ただし、委
任契約書を作成することに困難な事由があるときは、その事由が
止んだ後、これを作成する。
2 前項の規定にかかわらず、受任する事件が、法律相談、簡易な
書面の作成又は顧問契約その他継続的な契約に基づくものである
ときその他合理的な理由があるときは、委任契約書の作成を要し
ない。
(不当な事件の受任)
第三十一条弁護士は、依頼の目的又は事件処理の方法が明らかに
不当な事件を受任してはならない。
(不利益事項の説明)
第三十二条弁護士は、同一の事件について複数の依頼者があって
その相互間に利害の対立が生じるおそれがあるときは、事件を受
任するに当たり、依頼者それぞれに対し、辞任の可能性その他の
不利益を及ぼすおそれのあることを説明しなければならない。
(法律扶助制度等の説明)
第三十三条弁護士は、依頼者に対し、事案に応じ、法律扶助制度、
訴訟救助制度その他の資力の乏しい者の権利保護のための制度を
説明し、裁判を受ける権利が保障されるように努める。
(受任の諾否の通知)
第三十四条弁護士は、事件の依頼があったときは、速やかに、そ
の諾否を依頼者に通知しなければならない。
第四節事件の処理における規律
(事件の処理)
第三十五条弁護士は、事件を受任したときは、速やかに着手し、
遅滞なく処理しなければならない。
(事件処理の報告及び協議)
第三十六条弁護士は、必要に応じ、依頼者に対して、事件の経過
及び事件の帰趨に影響を及ぼす事項を報告し、依頼者と協議しな
がら事件の処理を進めなければならない。
(法令等の調査)
第三十七条弁護士は、事件の処理に当たり、必要な法令の調査を
怠ってはならない。
2 弁護士は、事件の処理に当たり、必要かつ可能な事実関係の調
査を行うように努める。
(預り金の保管)
第三十八条弁護士は、事件に関して依頼者、相手方その他利害関
係人から金員を預かったときは、自己の金員と区別し、預り金で
あることを明確にする方法で保管し、その状況を記録しなければ
ならない。
(預り品の保管)
第三十九条弁護士は、事件に関して依頼者、相手方その他利害関
係人から書類その他の物品を預かったときは、善良な管理者の注
意をもって保管しなければならない。
(他の弁護士の参加)
第四十条弁護士は、受任している事件について、依頼者が他の弁
護士又は弁護士法人に依頼をしようとするときは、正当な理由な
く、これを妨げてはならない。
(受任弁護士間の意見不一致)
第四十一条弁護士は、同一の事件を受任している他の弁護士又は
弁護士法人との間に事件の処理について意見が一致せず、これに
より、依頼者に不利益を及ぼすおそれがあるときは、依頼者に対
し、その事情を説明しなければならない。
(受任後の利害対立)
第四十二条弁護士は、複数の依頼者があって、その相互間に利害
の対立が生じるおそれのある事件を受任した後、依頼者相互間に
現実に利害の対立が生じたときは、依頼者それぞれに対し、速や
かに、その事情を告げて、辞任その他の事案に応じた適切な措置
をとらなければならない。
(信頼関係の喪失)
第四十三条弁護士は、受任した事件について、依頼者との間に信
頼関係が失われ、かつ、その回復が困難なときは、その旨を説明
し、辞任その他の事案に応じた適切な措置をとらなければならな
い。
第五節事件の終了時における規律
(処理結果の説明)
第四十四条弁護士は、委任の終了に当たり、事件処理の状況又は
その結果に関し、必要に応じ法的助言を付して、依頼者に説明し
なければならない。
(預り金等の返還)
第四十五条弁護士は、委任の終了に当たり、委任契約に従い、金
銭を清算したうえ、預り金及び預り品を遅滞なく返還しなければ
ならない。
第四章刑事弁護における規律
(刑事弁護の心構え)
第四十六条弁護士は、被疑者及び被告人の防御権が保障されてい
ることにかんがみ、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁
護活動に努める。
(接見の確保と身体拘束からの解放)
第四十七条弁護士は、身体の拘束を受けている被疑者及び被告人
について、必要な接見の機会の確保及び身体拘束からの解放に努
める。
(防御権の説明等)
第四十八条弁護士は、被疑者及び被告人に対し、黙秘権その他の
防御権について適切な説明及び助言を行い、防御権及び弁護権に
対する違法又は不当な制限に対し、必要な対抗措置をとるように
努める。
(国選弁護における対価受領等)
第四十九条弁護士は、国選弁護人に選任された事件について、名
目のいかんを問わず、被告人その他の関係者から報酬その他の対
価を受領してはならない。
2 弁護士は、前項の事件について、被告人その他の関係者に対し、
その事件の私選弁護人に選任するように働きかけてはならない。
ただし、本会又は所属弁護士会の定める会則に別段の定めがある
場合は、この限りでない。
第五章組織内弁護士における規律
(自由と独立)
第五十条官公署又は公私の団体(弁護士法人を除く。以下これら
を合わせて「組織」という。)において職員若しくは使用人とな
り、又は取締役、理事その他の役員となっている弁護士(以下「組
織内弁護士」という。)は、弁護士の使命及び弁護士の本質であ
る自由と独立を自覚し、良心に従って職務を行うように努める。
(違法行為に対する措置)
第五十一条組織内弁護士は、その担当する職務に関し、その組織
に属する者が業務上法令に違反する行為を行い、又は行おうとし
ていることを知ったときは、その者、自らが所属する部署の長又
はその組織の長、取締役会若しくは理事会その他の上級機関に対
する説明又は勧告その他のその組織内における適切な措置をとら
なければならない。
第六章事件の相手方との関係における規律
(相手方本人との直接交渉)
第五十二条弁護士は、相手方に法令上の資格を有する代理人が選
任されたときは、正当な理由なく、その代理人の承諾を得ないで
直接相手方と交渉してはならない。
(相手方からの利益の供与)
第五十三条弁護士は、受任している事件に関し、相手方から利益
の供与若しくは供応を受け、又はこれを要求し、若しくは約束を
してはならない。
(相手方に対する利益の供与)
第五十四条弁護士は、受任している事件に関し、相手方に対し、
利益の供与若しくは供応をし、又は申込みをしてはならない。
第七章共同事務所における規律
(遵守のための措置)
第五十五条複数の弁護士が法律事務所(弁護士法人の法律事務所
である場合を除く。)を共にする場合(以下この法律事務所を「共
同事務所」という。)において、その共同事務所に所属する弁護
士(以下「所属弁護士」という。)を監督する権限のある弁護士
は、所属弁護士がこの規程を遵守するための必要な措置をとるよ
うに努める。
(秘密の保持)
第五十六条所属弁護士は、他の所属弁護士の依頼者について執務
上知り得た秘密を正当な理由なく他に漏らし、又は利用してはな
らない。その共同事務所の所属弁護士でなくなった後も、同様と
する。
(職務を行い得ない事件)
第五十七条所属弁護士は、他の所属弁護士(所属弁護士であった
場合を含む。)が、第二十七条又は第二十八条の規定により職務
を行い得ない事件については、職務を行ってはならない。ただし、
職務の公正を保ち得る事由があるときは、この限りでない。
(同前ー受任後)
第五十八条所属弁護士は、事件を受任した後に前条に該当する事
由があることを知ったときは、速やかに、依頼者にその事情を告
げて、辞任その他の事案に応じた適切な措置をとらなければなら
ない。
(事件情報の記録等)
第五十九条所属弁護士は、職務を行い得ない事件の受任を防止す
るため、他の所属弁護士と共同して、取扱い事件の依頼者、相手
方及び事件名の記録その他の措置をとるように努める。
(準用)
第六十条この章の規定は、弁護士が外国法事務弁護士と事務所を
共にする場合に準用する。この場合において、第五十五条中「複
数の弁護士が」とあるのは「弁護士及び外国法事務弁護士が」と、
「共同事務所に所属する弁護士(以下「所属弁護士」という。)」
とあるのは「共同事務所に所属する外国法事務弁護士(以下「所
属外国法事務弁護士」という。)」と、「所属弁護士が」とあるの
は「所属外国法事務弁護士が」と、第五十六条から第五十九条ま
での規定中「他の所属弁護士」とあるのは「所属外国法事務弁護
士」と、第五十七条中「第二十七条又は第二十八条」とあるのは
「外国特別会員基本規程第三十条の二において準用する第二十七
条又は第二十八条」と読み替えるものとする。
第八章弁護士法人における規律
(遵守のための措置)
第六十一条弁護士法人の社員である弁護士は、その弁護士法人の
社員又は使用人である弁護士(以下「社員等」という。)及び使
用人である外国法事務弁護士がこの規程を遵守するための必要な
措置をとるように努める。
(秘密の保持)
第六十二条社員等は、その弁護士法人、他の社員等又は使用人で
ある外国法事務弁護士の依頼者について執務上知り得た秘密を正
当な理由なく他に漏らし、又は利用してはならない。社員等でな
くなった後も、同様とする。
(職務を行い得ない事件)
第六十三条社員等(第一号及び第二号の場合においては、社員等
であった者を含む。)は、次に掲げる事件については、職務を行
ってはならない。ただし、第四号に掲げる事件については、その
弁護士法人が受任している事件の依頼者の同意がある場合は、こ
の限りでない。
一社員等であった期間内に、その弁護士法人が相手方の協議を
受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件であって、自らこ
れに関与したもの
二社員等であった期間内に、その弁護士法人が相手方の協議を
受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと
認められるものであって、自らこれに関与したもの
三その弁護士法人が相手方から受任している事件
四その弁護士法人が受任している事件(当該社員等が自ら関与
しているものに限る。)の相手方からの依頼による他の事件
(他の社員等との関係で職務を行い得ない事件)
第六十四条社員等は、他の社員等が第二十七条、第二十八条又は
第六十三条第一号若しくは第二号のいずれかの規定により職務を
行い得ない事件については、職務を行ってはならない。ただし、
職務の公正を保ち得る事由があるときは、この限りでない。
2 社員等は、使用人である外国法事務弁護士が外国特別会員基本
規程第三十条の二において準用する第二十七条、第二十八条又は
第六十三条第一号若しくは第二号のいずれかの規定により職務を
行い得ない事件については、職務を行ってはならない。ただし、
職務の公正を保ち得る事由があるときは、この限りでない。
(業務を行い得ない事件)
第六十五条弁護士法人は、次の各号のいずれかに該当する事件に
ついては、その業務を行ってはならない。ただし、第三号に規定
する事件については受任している事件の依頼者の同意がある場合
及び第五号に規定する事件についてはその職務を行い得ない社員
がその弁護士法人の社員の総数の半数未満であり、かつ、その弁
護士法人に業務の公正を保ち得る事由がある場合は、この限りで
ない。
一相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件
二相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信
頼関係に基づくと認められるもの
三受任している事件の相手方からの依頼による他の事件
四社員等又は使用人である外国法事務弁護士が相手方から受任
している事件
五社員が第二十七条、第二十八条又は第六十三条第一号若しく
は第二号のいずれかの規定により職務を行い得ない事件
(同前)
第六十六条弁護士法人は、前条に規定するもののほか、次の各号
のいずれかに該当する事件については、その業務を行ってはなら
ない。ただし、第一号に掲げる事件についてその依頼者及び相手
方が同意した場合、第二号に掲げる事件についてその依頼者及び
他の依頼者のいずれもが同意した場合並びに第三号に掲げる事件
についてその依頼者が同意した場合は、この限りでない。
一受任している他の事件の依頼者又は継続的な法律事務の提供
を約している者を相手方とする事件
二依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事件
三依頼者の利益とその弁護士法人の経済的利益が相反する事件
(同前ー受任後)
第六十七条社員等は、事件を受任した後に第六十三条第三号の規
定に該当する事由があることを知ったときは、速やかに、依頼者
にその事情を告げ、辞任その他の事案に応じた適切な措置をとら
なければならない。
2 弁護士法人は、事件を受任した後に第六十五条第四号又は第五
号の規定に該当する事由があることを知ったときは、速やかに、
依頼者にその事情を告げ、辞任その他の事案に応じた適切な措置
をとらなければならない。
(事件情報の記録等)
第六十八条弁護士法人は、その業務が制限されている事件を受任
すること及びその社員等若しくは使用人である外国法事務弁護士
が職務を行い得ない事件を受任することを防止するため、その弁
護士法人、社員等及び使用人である外国法事務弁護士の取扱い事
件の依頼者、相手方及び事件名の記録その他の措置をとるように
努める。
(準用)
第六十九条第一章から第三章まで(第十六条、第十九条、第二十
三条及び第三章中第二節を除く。)、第六章及び第九章から第十二
章までの規定は弁護士法人に準用する。
第九章他の弁護士との関係における規律
(名誉の尊重)
第七十条弁護士は、他の弁護士、弁護士法人及び外国法事務弁護
士(以下「弁護士等」という。)との関係において、相互に名誉
と信義を重んじる。
(弁護士に対する不利益行為)
第七十一条弁護士は、信義に反して他の弁護士等を不利益に陥れ
てはならない。
(他の事件への不当介入)
第七十二条弁護士は、他の弁護士等が受任している事件に不当に
介入してはならない。
(弁護士間の紛議)
第七十三条弁護士は、他の弁護士等との間の紛議については、協
議又は弁護士会の紛議調停による円満な解決に努める。
第十章裁判の関係における規律
(裁判の公正と適正手続)
第七十四条弁護士は、裁判の公正及び適正手続の実現に努める。
(偽証のそそのかし)
第七十五条弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又
は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない。
(裁判手続の遅延)
第七十六条弁護士は、怠慢により又は不当な目的のため、裁判手
続を遅延させてはならない。
(裁判官等との私的関係の不当利用)
第七十七条弁護士は、その職務を行うに当たり、裁判官、検察官
その他裁判手続に関わる公職にある者との縁故その他の私的関係
があることを不当に利用してはならない。
第十一章弁護士会との関係における規律
(弁護士法等の遵守)
第七十八条弁護士は、弁護士法並びに本会及び所属弁護士会の会
則を遵守しなければならない。
(委嘱事項の不当拒絶)
第七十九条弁護士は、正当な理由なく、会則の定めるところによ
り、本会、所属弁護士会及び所属弁護士会が弁護士法第四十四条
の規定により設けた弁護士会連合会から委嘱された事項を行うこ
とを拒絶してはならない。
第十二章官公署との関係における規律
(委嘱事項の不当拒絶)
第八十条弁護士は、正当な理由なく、法令により官公署から委嘱
された事項を行うことを拒絶してはならない。
(受託の制限)
第八十一条弁護士は、法令により官公署から委嘱された事項につ
いて、職務の公正を保ち得ない事由があるときは、その委嘱を受
けてはならない。
第十三章解釈適用指針
(解釈適用指針)
第八十二条この規程は、弁護士の職務の多様性と個別性にかんが
み、その自由と独立を不当に侵すことのないよう、実質的に解釈
し適用しなければならない。第五条の解釈適用に当たって、刑事
弁護においては、被疑者及び被告人の防御権並びに弁護人の弁護
権を侵害することのないように留意しなければならない。
2 第一章並びに第二十条から第二十二条まで、第二十六条、第三
十三条、第三十七条第二項、第四十六条から第四十八条まで、第
五十条、第五十五条、第五十九条、第六十一条、第六十八条、第
七十条、第七十三条及び第七十四条の規定は、弁護士の職務の行
動指針又は努力目標を定めたものとして解釈し適用しなければな
らない。
附則
この規程は、平成十七年四月一日から施行する。
(出題趣旨)
設問1は,Yの相談内容に基づき,相殺の抗弁と留置権の抗弁の検討を求めるも
のである。相殺の抗弁については,法律効果の発生を基礎付けるための抗弁事実に
ついて,条文を基礎とする実体法上の要件と主張立証責任の所在に留意しつつ説明
することが求められる。
設問2は,作成者名義の署名がある私文書の成立の真正に関して,民事訴訟法第
228条第4項の理解を問うものである。
設問3は,要件事実の整理と事実認定の結果を踏まえて,請求原因・抗弁・再抗
弁がそれぞれどのように判断され,どのような主文が導かれるかの検討を求めるも
のである。その際には,各認定事実が設問1の各抗弁とどのように関係するのかを
簡潔に説明することが求められる。
設問4は,弁護士倫理の問題であり,弁護士職務基本規程第56条と弁護士法第
23条に留意して検討することが求められる。
〔設問1〕
(1)
⑤から⑦までを抗弁事実として主張する必要があり、かつ、これで足りる理由は、Yが主張しようとしているのが、甲建物の修理費用償還請求権を自働債権、本件未払賃料債権を受働債権とする相殺の抗弁だからである。
まず、Xの請求原因①ないし④により、Xは、賃貸借契約の成立、目的物の引渡し、賃料支払期の到来、賃料不払を理由とする催告・解除を主張して、賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求権の発生を基礎付けている。これに対しYは、解除の前提となる本件未払賃料債権が、相殺により消滅したと主張して解除の効力を争うことになる。
相殺の抗弁として必要なのは、相殺適状にある対立債権の存在と、相殺意思表示である。
本件でYの自働債権は、賃借人が賃貸人に代わって必要費を支出した場合の必要費償還請求権である。賃貸人は賃貸物の使用収益に必要な修繕義務を負い、賃借人がこれに代わって必要費を支出したときは、その償還を請求できる。そこで、その発生要件として、Yが屋根修理をした事実⑤と、そのために150万円を支出した事実⑥の主張が必要となる。これらにより、平成22年10月20日に必要費償還請求権150万円が発生したことを基礎付けることができる。
次に、相殺によって受働債権を消滅させるには、相殺の意思表示が必要であるから、その事実として⑦の主張が必要である。⑦により、Yが平成23年6月2日頃、必要費償還請求権と本件未払賃料債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことが基礎付けられる。
これで足りるのは、相殺の抗弁においては、自働債権の発生原因事実と相殺意思表示を主張すれば足り、受働債権である本件未払賃料債権の存在や弁済期到来は、既にXの請求原因②③に現れているから、Yにおいて改めて主張する必要がないからである。また、両債権が金銭債権であることから相殺適状にあることはその性質上明らかであり、別個の具体的事実を要しない。
さらに、主張・立証責任の点でも、必要費償還請求権の発生原因事実及び相殺意思表示は、相殺による権利消滅という自己に有利な法律効果を基礎付ける事実であるから、Yが主張立証責任を負う。したがって、⑤ないし⑦をYが抗弁事実として主張する必要があり、かつそれで足りる。
(2)
Yは、上記相殺の抗弁のほか、必要費償還請求権に基づく留置権によって甲建物の明渡しを拒むとの抗弁を主張することになる。
〔設問2〕
結論
裁判所は、弁護士Pに対し、本件領収証について、作成名義人である丙川三郎名義の署名部分及びその余の記載部分のいずれを否認するのか、また、その否認が、作成名義人本人の意思に基づかないという意味での成立の真正の否認なのか、単に記載内容の不実をいうものなのかを確認すべきである。
理由
文書の成立の真正とは、その文書が作成名義人の意思に基づいて作成されたことをいう。そして、私文書について成立の真正が認められると、文書全体が作成名義人の意思に基づいて作成されたものと扱われるが、そこから直ちに記載内容の真実性まで認められるわけではない。
本件領収証は、「○○建装丙川三郎」の名義があり、日付、金額、但し書等の記載がある。Pが単に「否認する」と陳述しただけでは、丙川三郎名義の署名部分が丙川本人の意思に基づかないと争うのか、署名は真正だが金額等の記載部分が後からYにより書き加えられたと争うのか、あるいは文書の成立は認めるが記載内容の信用性を争うだけなのかが明らかでない。
民訴法上、認否は相手方の主張する事実に即して具体的にされる必要があり、文書の成立の真正についても、どの部分をどの趣旨で争うのかを明確にしなければ、立証対象が定まらない。特に本件のように、領収証の斜体部分が手書きであり、署名部分と金額・但し書部分とで作成者が異なる可能性もある以上、裁判所は、Pに対し、署名部分の真正を争うのか、金額等の記載部分の真正を争うのかを確認すべきである。
したがって、裁判所は、「本件領収証のうち、どの部分について、誰の意思に基づかない作成であるとして成立の真正を否認するのか」を更に確認すべきである。
〔設問3〕
結論
裁判所は、Xの請求を棄却する旨の判決をすることになる。
理由
Xの請求は、賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求であり、そのためには、平成23年7月1日の解除が有効であることが必要である。解除が有効であるためには、その前提として本件未払賃料債権が存在し、賃料不払が解除原因となることを要する。
これに対し、Yは修理費用償還請求権による相殺を主張したが、裁判所の心証によれば、⑦の相殺意思表示は解除意思表示後に行われたのであるから、相殺により解除の効力を遡って失わせることはできず、この抗弁は理由がない。
もっとも、裁判所は、⑥の事実としてYが修理費用150万円を支払ったこと、また⑧の事実としてXがそのうち30万円を支払ったことを認定している。そうすると、YはXに対し、なお120万円の必要費償還請求権を有することになる。
そして、賃借人が賃貸人に対して必要費償還請求権を有し、その弁済を受けていないときは、賃借物について留置権を取得し、これをもって建物明渡請求を拒むことができる。設問1(2)の抗弁がこれである。
本件では、Yの必要費償還請求権120万円は未払であるから、Yは留置権に基づいて甲建物の明渡しを拒むことができる。
したがって、解除の効力自体は有効としても、Xの建物明渡請求は留置権の抗弁により排斥されるから、請求棄却となる。
〔設問4〕
(1)
結論
弁護士倫理上、問題がある。
理由
Aは、共同法律事務所の構成員である弁護士Bから、Bの顧問先であるR株式会社の倒産手続に関する意見を求められ、その過程でR株式会社の経営状況や倒産不可避の見通しという秘密情報を職務上知った。したがって、Aは、Bの受任事件に関して知り得た秘密について守秘義務を負う。
この秘密を用いて、義父Sに対し、Rの経営状況を説明して保証契約を回避するよう助言することは、依頼者本人の承諾なく秘密を漏えいすることに当たり、守秘義務違反となる。また、共同事務所内で得た顧客情報を第三者の利益のために利用する点でも問題がある。
したがって、弁護士Aがそのような説明・助言をすることには弁護士倫理上の問題がある。
(2)
結論
弁護士倫理上、問題はない。
理由
Aは既に弁護士登録を取り消しており、もはや弁護士としての職務を行う地位にはない。しかし、弁護士であった者も、在職中に職務上知り得た秘密については、なお守秘義務を負う。
もっとも、本問では、AはT株式会社の代表取締役として、Tの利益を守るために、R会社の経営状況及び倒産が避けられない情勢を取締役会で報告しようとしている。これは、第三者に漫然と秘密を漏らすものではなく、自らが経営責任を負う会社内部の意思決定機関において、保証引受けの是非を判断するために必要な限度で情報を提供するものにすぎない。
この場合、会社の代表取締役として善管注意義務・忠実義務を尽くすためには、保証による重大な不利益を回避すべく必要な説明を行うべきであり、その限度での開示は正当化されると解される。
したがって、AがT株式会社の取締役会においてその旨を発言することには、弁護士倫理上の問題はない。
[法律実務基礎科目(刑事)]
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例】
1 V(男性,28歳)は,平成24年4月2日午前11時頃,H県I市内のTマンション30
4号室のV宅に1人でいた際,インターホンを通じて宅配便荷物を届けに来た旨を言われたこ
とから,自ら玄関ドアを開けたところ,①男(以下「犯人」という。)に,突然,右腕をつか
まれた。そして,Vは,犯人から刃物を突き付けられながら,「金はどこだ。言わないと殺す
ぞ。」と言われたので恐ろしくなり,「居間のテーブルに財布があります。」と答えた。すると,
犯人は,着用していたジャンパーの右ポケットから,ひもを取り出し,これでVの手首,足首
を縛った上,さらにジャンパーの左ポケットからガムテープを取り出して,これをVの口を塞
ぐようにして巻き,Vを玄関の上がり口に放置した。その後,Vが犯人の様子を観察している
と,犯人は居間に行き,テーブルの上に財布があるのを確認するなどした後,最終的に,Vの
財布を右手に持って玄関から出て行った。
同日午前11時30分頃,Vの妻Wが外出先から帰宅し,縛られたVを発見してひもやガム
テープを外した。Vは,すぐに居間などの犯人が出入りした部屋に行き,被害の有無を確認し
たところ,タンスを開けられるなど金品を物色された跡があったものの,財産的被害について
は,居間のテーブルにあった財布1個を奪われただけであることを確認した。その上で,Vは,
110番通報をし,強盗の被害に遭ったことを訴えるとともに,財布に入っていたクレジット
カードを利用できないようにするために,発行会社に連絡した。
2 同日午前11時45分頃,I警察署の司法警察員Kら司法警察職員4名はV宅に臨場し,外
されたガムテープとひもを領置した後,玄関の上がり口にレシートが1枚落ちているのを発見
した。このレシートは,同日午前10時45分にTマンションから約200メートル離れたコ
ンビニエンスストアZにおいて,ガムテープとひもを購入したことを示すものであった。この
レシートについて,Vは,「私が受け取ったものではない。今日は,被害に遭うまでの間,自
宅に誰も入っていないので,犯人が落とした物だと思う。」旨説明し,Wも,「私が受け取った
ものではない。」旨説明した。これを受けて,司法警察員Kは,このレシートを遺留物として
領置した。なお,臨場した司法警察職員4名の中に,前記Zを利用したことがある者はいなか
った。
また,臨場した司法警察職員の一部が鑑識作業に従事し,外側の玄関ドアノブから2種類の
指紋を採取したが,物色されたタンスからは指紋を採取できなかった。
さらに,Vは,司法警察員Kに対し,被害状況について,前記の状況や財布に現金2万円,
V名義のクレジットカード1枚が入っていたことなどを供述したが,犯人については,「会っ
たことも見たこともない男である。身長約180センチメートル,がっちりとした体格,20
歳代くらい,緑色のジャンパーとサングラスを着用していたことくらいしか分からない。手袋
をはめていたかどうかも覚えていない。」旨を供述した。
3 同日午後3時頃,赤色のジャンパーを着用していた甲が,H県I市内所在の家電量販店Sの
電気製品売場において,V名義のクレジットカードを使用してパソコンを購入しようとした。
しかし,店員は,V名義のクレジットカードの利用が停止されていることに気付き,警察に通
報するとともに,何かと理由を付けて甲を店内に引き止めていた。その後,司法警察員Kが同
売場に到着し,甲にVかどうかを確認したところ,「Vではなく,甲である。」と答えた。しか
し,甲は,同クレジットカードを所持していた理由については,黙秘した。そこで,司法警察
員Kは,甲を詐欺未遂により緊急逮捕した。そして,この際,司法警察員Kは,同クレジット
カードを差し押さえた。
甲は,I警察署に引致された後,「宅配便荷物を取り扱う会社Uに配送員として勤務してい
る。ひったくりによる窃盗の前科が2犯ある。」などと自らの身上関係については供述し,供
述調書の作成にも応じるものの,その他については,一切黙秘した。なお,甲の年齢について
は,27歳であること,甲の体格については,身長182センチメートル,体重95キログラ
ムであること,甲の前科については,甲の供述どおり,窃盗の前科2犯があることが判明した。
また,司法警察員Kが会社Uの担当者に甲の勤務状況について確認したところ,甲は,同年
3月31日にV宅に宅配便荷物を届けていたこと,同年4月2日は休みであったことが判明し
た。そこで,司法警察員Kが,Vに対し,電話で,同年3月31日に会社Uから宅配便荷物が
届けられたか否かを確認したところ,Vは,「その日,確かに私が会社Uが取り扱う宅配便荷
物を受領した。ただ,これを届けてきた人物については,男であったことしか覚えていない。」
旨供述した。
4 同年4月2日午後6時30分頃,司法警察員Kは,部下を連れて甲の自宅に行き,同所にお
いて,捜索差押許可状に基づき,甲の妻Aを立会人として捜索差押えを実施し,財布1個,緑
色のジャンパー1着,サングラス1個,果物ナイフ2本及び包丁2本を差し押さえた。その後,
Aは,同日午後8時頃からI警察署において実施された取調べにおいて,以下のとおり,供述
した。
(1) 同日午後零時頃の甲の言動について
甲は,今日の午前9時30分頃,外出した。その際,甲がどのような着衣で外出したのか
見ていないので分からない。その後,今日の午後零時頃,甲が自宅に戻り,甲の部屋に入っ
て出てくると,財布を渡してきた。そのとき,甲は,赤色のジャンパーを着用していたが,
サングラスは着用していなかった。私が,「どうしたの。」と聞くと,「友達にもらった。」と
言ってきた。しかし,甲に財布をあげる知人などいるはずがなく,過去にひったくりで捕ま
った前科もあったので,犯罪で得たものではないかと思い,「違うでしょ。まさか,また悪
いことしていないよね。」と言った。すると,甲は,「そんなことない。ただ,お前がそのよ
うに疑うなら,警察も同じように疑うかもしれない。もし,警察が訪ねてきたら,今日は朝
から午後零時まで家に俺とお前の2人でいたと言ってくれ。警察に疑われたくないからね。」
と言ってきた。その後,すぐに,甲は,財布を置いて出て行った。
(2) 差し押さえた財布1個,緑色のジャンパー1着及びサングラス1個について
財布は,甲が今日の午後零時頃,自宅に置いていったものであるが,何も入っていなかっ
た。緑色のジャンパーとサングラスは,甲の部屋にあったものだが,今日,着用していたか
どうかは分からない。
(3) 差し押さえた果物ナイフ2本及び包丁2本について
2本の果物ナイフのうち,1本は古くなって切れ味が悪くなったので,捨てようと思い,
新聞紙にくるんで台所に置いていた。残りの1本は,私が甲に頼んで,昨日,甲に買ってき
てもらったものである。使えなくなった1本を除く,3本の刃物については,今日の午前
11時30分頃,昼食を作る際には台所にあった。いずれも,今日,甲が持ち出したことは
ない。
5 司法警察員Kは,財布を強取した犯人が甲に間違いないと判断するとともに,これについて
も,前記詐欺未遂と併せてH地方検察庁検察官に送致した方が良いと判断し,同月3日,H地
方裁判所裁判官から逮捕状の発付を受けた上で,甲を住居侵入・強盗の被疑事実により逮捕し
た。その後,同月4日,甲は,詐欺未遂,住居侵入・強盗の送致事実によりH地方検察庁検察
官に送致された後,所要の手続を経て同日中に勾留された。
6 その後,甲が被疑者として勾留されている間,以下の捜査結果が得られた。
(1) 指紋に関する捜査
V宅で領置したレシートからは,甲の指紋が検出された。また,玄関ドアノブから採取し
た2種類の指紋については,甲の指紋とWの指紋と一致することが判明した。なお,甲宅で
差し押さえた財布からは指紋が検出されなかった。
(2) Vに対する事情聴取
司法警察員KがVに,差し押さえた前記証拠物について確認したところ,Vは,クレジッ
トカードについては,「私名義ですし,奪われた財布の中に入っていたものに間違いありま
せん。」と供述したが,財布については,「私が奪われた財布の形,色とよく似ていますが,
私のものかはっきりしません。」と供述し,緑色のジャンパーとサングラスについては,「犯
人が着用していたものと同じものかよく分かりません。」と供述した。また,Vは,果物ナ
イフ2本及び包丁2本については,「包丁2本については,明らかに今回の犯行に使用され
たものではありません。形が違います。果物ナイフの2本のうち,古い方についても,明ら
かに今回の犯行に使用されたものではありません。古すぎます。残りの果物ナイフ1本は,
今回の犯行に使用されたものとよく似ています。今回の犯行に使われたものであると断言は
できませんが,今回の犯行に使われた可能性はあると思います。」と供述した。
さらに,Vは,司法警察員Kから透視鏡を通じて取調室の甲の容貌を見せられ,犯人と同
一か否か及び同年3月31日に宅配便荷物を届けに来た人物と同一か否かの確認を求められ
たものの,「犯人はサングラスを掛けており,人相がよく分からなかったので,確認を求め
られている人物が犯人と同一か分かりません。また,宅配便荷物を届けに来た人物をしっか
り見ていたわけではないので,その人と確認を求められている人物が同一かも分かりませ
ん。」旨供述した。
(3) コンビニエンスストアZにおける捜査
司法警察員Kが,コンビニエンスストアZの店員に対し,V宅で領置したガムテープとひ
もを示すとともに,領置されたレシートが発行された経緯について確認したところ,同人は,
「レシートを発行した経緯については,全く覚えていない。示されたガムテープとひもにつ
いては,当方で販売しているものと同一のものか分からないが,同じ種類のものは販売して
いる。」旨供述した。
また,司法警察員Kは,同店で保管されていた防犯ビデオを確認したところ,同年4月2
日午前10時45分頃,緑色のジャンパーを着用した大柄の男がガムテープとひもを購入し
ていることは確認できたものの,同人がサングラスを着用していたこともあって人相は確認
できなかった。また,甲宅で差し押さえた緑色のジャンパーも防犯ビデオに写っている緑色
のジャンパーもいずれも特徴がなく,同一のものであるとは確認できなかったことなどから,
甲と防犯ビデオに写っている男とが同一人物か否かは判然としなかった。
7 同月13日,H地方検察庁検察官Pは,甲を住居侵入・強盗の公訴事実によりH地方裁判所
に起訴し,詐欺未遂については,被害者であるS店の代表者が,実害もなく,特に処罰を求め
ない旨を述べたことなどを考慮し,不起訴(起訴猶予)とした。なお,甲は,同月2日から同
月13日までの間の捜査において,供述調書の作成に応じた身上関係以外については,一切を
黙秘していた。
8 本件は公判前整理手続に付されたところ,同手続において,検察官Pは,所要の証拠調べ請
求の一つとして,Aの検察官調書につき,「犯行直後の甲の言動」を立証趣旨とする証拠調べ
請求をしたが,甲の弁護人Bはこれを不同意とした。このため,検察官PがAの証人尋問を請
求したところ,裁判所はAの証人尋問を行うことを決定した。
Aの証人尋問は同年6月5日の第1回公判期日に実施されたが,その主尋問の中で,検察官
Pが,「平成24年4月2日午後零時頃,外出していた甲が自宅に戻った際,あなたに何と言
いましたか。」と質問したのに対し,Aは,「甲は,『もし,警察が訪ねてきたら,今日は朝か
ら午後零時まで家に俺とお前の2人でいたと言ってくれ。』と言ってきました。」と証言した。
これに対し,弁護人Bは,「ただいまの証言は,伝聞証拠を含むものであるから,排除された
い。」旨述べて異議を申し立てた。これに対する意見を裁判所から聴かれた検察官Pは,異議
に理由がない旨を陳述した。これを受けて,②裁判所は,この異議の申立てについて決定した
[決定]。
甲に対する審理は,同年6月8日に結審したが,甲は,終始一貫して黙秘していた。
〔設問1〕
【事例】の事実を前提として,甲が下線部①の犯人であると認定できるか否かについて,具体
的な事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕
下線部②の[決定]の結論及びその理由について,条文を挙げつつ論じなさい。
(出題趣旨)
本問は,【事例】に示された複数の具体的事実の中から,甲が犯人であるか否か
を判断するために必要な事実を抽出した上で,各事実が上記判断に有する意味付け
を的確に評価して妥当な結論を導くことができるか(設問1),Aの証言に現れた
甲の供述が伝聞証拠に該当するか否かなどを検討することにより,本件異議申立て
の根拠及び理由の有無を的確に判断して妥当な結論を導くことができるか(設問2),
という法律実務に関する基礎的な知識及び能力を問うものである。
[一般教養科目]
以下の2つの文章を読んで,後記の各設問に答えなさい。
[A]は,神取道宏『経済理論は何を明らかにし,どこへ向かってゆくのだろうか』の冒頭部分で
ある。
[A] (省略)
[B]は,マックス・ウェーバー『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』の一節であ
る。筆者は,文化事象(社会現象と同義。)を取り扱う社会科学には,自然科学とは異なるアプロ
ーチが求められるとして次のように説く。
[B] (省略)
〔設問1〕
[B]の筆者が,下線部にあるように,社会科学においては「(省略)」と主張する理由につい
て,文化事象(社会現象と同義。設問2においても同じ。)の具体例を挙げつつ,10行前後で
説明しなさい。
〔設問2〕
[A]で示唆されている科学観から,[B]の下線部に対して反論しつつ,社会科学においても「文
化事象を「客観的」に取り扱うことには意味がある」とする立論を10行前後で記述しなさい。
【出典】[A] 日本経済学会編『日本経済学会75年史-回顧と展望』
(出題趣旨)
設問1は,[B]の筆者が,文化事象が主として価値理念によって決定される点に
着目していることについての理解を問うている。社会科学が,自然科学とは異なり,
観察者(研究者)の価値観に拘束される特質を持つとの主張を理解した上で,価値
拘束性を示す適切な具体例を挙げることが求められる。設問2では,[A]で示され
ている,社会科学においても対象となる事象を客観的に取り扱うことができるとい
う立場から,その理由と意義を説得的に論証する能力が問われている。理由の論証
に際しては,[B]の下線部を理解した上で,社会科学においても価値理念の拘束か
ら自由になり得ることの論述が求められる。
〔設問1〕
1 問題の所在
本問では,甲が住居侵入・強盗の犯人であると,合理的な疑いを超える程度に認定できるかが問題となる。甲は終始黙秘しており,自白はないから,客観証拠と関係者供述の積み重ねによって認定することになる。もっとも,被害者Vは犯人の人相を十分確認できておらず,犯人性を直接示す証拠は弱い。したがって,各間接事実がどの程度強く甲を犯人に結び付けるかを総合評価すべきである。
2 犯人性を基礎付ける事情
(1) 被害品であるクレジットカードの所持
まず最も重要なのは,犯行当日の午後3時頃,甲がV名義のクレジットカードを用いて家電量販店Sでパソコンを購入しようとしていたことである。Vは,同カードが奪われた財布内に入っていた自己名義のカードであることを明確に供述しており,カード自体も甲から差し押さえられている。
強盗から約4時間後という極めて近接した時点で,被害品であるクレジットカードを甲が所持し,しかもこれを自ら利用しようとしていた事実は,甲が犯人又は少なくとも犯人から直ちに取得した者であることを強く推認させる。しかも甲は,その所持理由について黙秘しており,正当な取得経緯をうかがわせる事情はない。
(2) 財布の存在と甲の不自然な言動
甲の自宅から財布1個が差し押さえられ,Aは,それが甲が同日午後零時頃に持ち帰って置いていったものであると供述している。Vは,その財布について「私が奪われた財布の形,色とよく似ている」と供述しており,同一性を断定するには至らないが,被害財布との近似性は認めている。
さらに,Aの供述によれば,甲は財布を持ち帰った際,「友達にもらった」と不自然な説明をし,Aから「また悪いことをしていないよね」と言われると,「もし,警察が訪ねてきたら,今日は朝から午後零時まで家に俺とお前の2人でいたと言ってくれ。」と依頼している。これは自己の犯行発覚をおそれて虚偽のアリバイ工作をしようとしたものと理解するのが自然であり,犯人性を強く推認させる。
この点,Aは甲の妻であり,通常は甲に不利益な虚偽供述をする動機に乏しいから,その供述の信用性も相対的に高い。
(3) レシートと指紋
犯行現場であるV宅玄関の上がり口に,同日午前10時45分にTマンション近くのコンビニZでガムテープとひもを購入したことを示すレシートが落ちていた。そして,このレシートから甲の指紋が検出されている。
犯人は,V方でひも及びガムテープを用いてVを緊縛しており,現場に落ちていた同種購入レシートは犯行準備物に関するものとみるのが自然である。V及びWはいずれもそのレシートを受け取っていないと述べており,被害当日,犯行前まで自宅に他人は入っていない旨のV供述とも整合する。したがって,犯人が購入時に受領したレシートを現場に落とした可能性が高い。
そのレシートに甲の指紋が付着していたことは,甲が少なくともそのレシートを所持していたことを意味し,甲が犯行前にガムテープとひもを購入した犯人本人であることを相当強く推認させる。
(4) 玄関ドアノブの指紋
V宅の外側玄関ドアノブから採取された2種類の指紋のうち一つが甲の指紋であった。犯人は玄関から侵入し,玄関から退出しているから,ドアノブに犯人の指紋が残ることは自然である。
もっとも,甲は宅配便会社Uの配送員であり,事件の2日前である3月31日にV宅に宅配便を届けていたことが判明している。したがって,ドアノブの甲指紋は,その際に付着した可能性があり,この事情単独では犯人性を強く基礎付けるものではない。
しかし,他の証拠と併せれば,甲がV宅を知っていたこと,玄関先への接近が自然であったことを示す事情として意味を持つ。
(5) 甲がV宅を事前に把握していたこと
甲は3月31日に配送員としてV宅に宅配便を届けている。犯行は「宅配便荷物を届けに来た」と言ってVにドアを開けさせる方法で敢行されており,これは,犯人が事前に配送事情を把握し,被害者宅の住人が宅配便に応じやすいことを知っていた可能性を示す。
もっとも,Vは3月31日に配達に来た人物の顔を覚えていないし,甲がその配達担当者本人であったとまでは直ちにいえないから,この点の証明力は限定的である。しかし,甲が配送員であり,しかも実際にV宅の配達履歴に接していたことは,犯行機会や犯行方法との符合として一定の意味を持つ。
(6) 犯人の特徴との符合
Vの犯人目撃供述は,「身長約180センチメートル,がっちりとした体格,20歳代くらい,緑色のジャンパーとサングラスを着用していた」というものである。これに対し,甲は27歳,身長182センチメートル,体重95キログラムであり,大柄でがっちりした体格という特徴に符合する。
また,甲宅からは緑色のジャンパー及びサングラスが差し押さえられている。もっとも,Vはそれらについて犯人の着用物と同一かは分からないと述べており,コンビニZの防犯ビデオ上の男との同一性も判然としないから,この点の証明力は高くない。それでも,犯人の外形的特徴と矛盾しない事情ではある。
3 犯人性を弱める事情
(1) Vによる面通し不能
Vは,透視鏡を通じて取調室の甲の容貌を見せられても,甲が犯人と同一か分からないと供述している。また,3月31日に宅配便を届けに来た人物との同一性についても分からないとしている。したがって,被害者による犯人識別はできていない。
(2) 凶器・着衣等の同一性が断定できないこと
差し押さえた財布についてVは自己のものと断定できず,緑色のジャンパー,サングラス及び果物ナイフ1本についても犯行使用物と断言できないと供述している。したがって,これらの物証は犯行との直接的結び付きが弱い。
(3) コンビニZの防犯ビデオの限界
防犯ビデオには緑色ジャンパーを着た大柄の男が映っているが,人相は不明であり,甲との同一性は確認できない。したがって,コンビニ購入者が甲であるとは直ちにはいえない。
4 総合評価
以上のとおり,直接証拠は乏しく,Vの面通しもできていないから,個々の事情だけでは犯人性を直ちに断定し難い。
しかし,本件では,
① 犯行直後に奪われたクレジットカードを甲が所持し,自ら使用しようとしていたこと
② 同日午後零時頃に甲が財布を自宅に持ち帰り,妻Aに虚偽説明をし,さらに虚偽アリバイ工作を依頼したこと
③ 犯行現場に落ちていた,緊縛用具購入レシートから甲の指紋が検出されたこと
という三点が極めて強い。
特に①と③は,犯行との時間的場所的近接性が強く,偶然や第三者介在による説明がしにくい。これに②の不自然な言動が加わることで,甲が単なる盗品等の後取得者ではなく,犯人本人であるとの推認はかなり強固になる。
他方,犯人識別不能や物証の同一性不明といった事情はあるが,それらは上記強力な間接事実を覆すほどではない。
5 結論
したがって,【事例】の証拠関係を前提とすれば,甲が下線部①の犯人であると認定することができる。
〔設問2〕
1 結論
裁判所は,弁護人Bの異議を棄却すべきである。
2 理由
弁護人は,Aの「甲は『もし,警察が訪ねてきたら,今日は朝から午後零時まで家に俺とお前の2人でいたと言ってくれ。』と言ってきました。」との証言が伝聞証拠を含むとして排除を求めている。
しかし,この証言は,刑訴法320条1項の伝聞証拠には当たらない。
刑訴法320条1項は,公判期日における供述に代えて,公判廷外の供述を内容とする書面又は他人の供述を内容とする供述について,原則として証拠能力を否定している。ここで伝聞となるのは,公判外供述の内容の真実性を立証するためにその供述を用いる場合である。
本件で検察官Pの立証趣旨は「犯行直後の甲の言動」である。すなわち,甲がAに対し上記のような発言をしたという事実自体を用いて,甲が警察の嫌疑を意識し,虚偽のアリバイ工作を図ったという犯人性を基礎付ける間接事実を立証しようとしているのである。
この場合,問題の発言内容中,「今日は朝から午後零時まで家に俺とお前の2人でいた」という部分が客観的真実であることを立証しようとしているのではない。むしろ,それが真実でないことを前提に,甲がそのような虚偽説明をAに求めたという事実自体に意味がある。したがって,供述内容の真実性ではなく,発言の存在自体が要証事実との関係で意味を持つ非伝聞である。
よって,Aの証言は伝聞証拠に当たらず,刑訴法320条1項により排除されない。
3 決定
以上から,裁判所は,「異議を棄却する。」との決定をすべきである。

