人間交差点

これはお店ではなく、図書館での出来事です。

それも、2014年のことです。

その図書館は、遅くまで開館していることで有名な図書館で、いわゆる「ホー厶レス」といわれる方々も多くお見えになる図書館です。

そこの図書館、まさに人間交差点。

社会の縮図を見ているような気になる場所でした。

以前、私は、大学に出校する必要のない日は、その図書館に資料を持ち込んで、論文の下調べなどを行なっていました。

そうすると、まあ、いろんな人がいる訳ですよ。

普通のサラリーマン風の装いなのに、朝イチから来て、勉強して、夕方17:00ピッタリになるとお帰りになる方とか。

あるいは、Tシャツ1枚で来館され、勉強しているご年配の方とか。

そういう、正体不明の方々、なぜか法律の勉強している方が多く。

まぁ、ワタクシ、こういう性格ですから、談話室などで休憩していると、ちょいちょ い話しかけられるんです。

ワタクシが法学の資料を持ち込んでいるのをみて、法学の質問をされることも毎日のこと。

そんな感じで談話室で休憩しているうちに、なんとなく話すようになった女性がいました。

その女性、見ると荷物一式丸々持ち歩いていて。

「あ〜、ネカフェに寝泊まりしている方なのかな。たしかに、ここで時間を潰せば、ネカフェの料金も抑えられるし」

という感じでしょうか。

その女性は、空のペットボトルに冷水機から水を汲んで、飲水にしていました。

彼女の名前は、「藤原佳恵さん」と言います。

そして、ある日、その佳恵さんとお話ししているときに、

「よろしければ、カフェにでも行きませんか?」

とお誘いして、いっしょにお茶を飲んだんです。

彼女いわく、福岡教育大学を卒業なさったそうですが、

「私は全てを捨てて東京にきたの」

とのこと。

そして、外に出て気がついたのですが、履物は揃っているものの、片一方は、ある装飾がとれ、もう片一方も、別の装飾がとれていて、まあ、普通の女性なら履かない履物でした。

なので

「オレ、靴を探しているんですよ。よかったら、佳恵さんもいっしょに靴屋に付き合ってくれませんか?」

といって、近所のABCマートにいってワタクシの靴を買い、そして

「失礼だけど、こうやってお付き合いして頂たお礼です。佳恵さんの靴もプレゼントさせて頂けませんか(笑)?」

と言って、靴をプレゼントし、ついでに

「靴を新調したんだから、靴下も新調しちゃいましょう(笑)!」

と言って、近所のジーンズメイトに行って、靴下を自由に選んでもらって。

彼女、本当に楽しそうで。

実は、彼女をカフェに誘ったのは、理由があるんです。

彼女、一目みて解かるレベルで顔が真っ黄色。

もうかなり進行した肝臓病でしょう。

しかし、女性に対して、アカの他人の男性が、身体のことは言えません。

だから、仲良くなって、何でも話せる関係になったら、その区の

「女性保護センター」

みたいなところに繋げれば、と思ったからなんです。

あ、おせっかいは承知しています(笑)

コレ、ワタクシの性分なので(^_^;)

そうして、そんな関係がしばらく続いたある日。

ワタクシの机の上に、一目で「それ」と解かる内容の手紙が置いてあって。

ワタクシも、それは、まぁ冷静に受け止めて、彼女の気持ちは彼女なりに決めればいいので、ワタクシは普段どおりにしていました。

その翌日。

佳恵さんが

「はい、これ!コレを飲んで!あなたに飲んで欲しくて、買ってきたの!」

と、「六甲のおいしい水」を差し出されたんです。

彼女、飲水は、カラのペットボトルに冷水機から水を汲んでいるんです。

そんな彼女からのお水、もらえないですよ。

なので、反射的に

「佳恵さん、そんないいモノもらえないよ。佳恵さんが飲みなさい。」

と言って、受け取らなかったんです。

そうしたら、その日はもう見かけなくって。

その日は、ワタクシは何とも思ってなかったんです。

しかし、翌日も、翌々日も、その次の日も。

佳恵さんは、その図書館に二度と来ることはありませんでした。

そのときに、気がついたんです。

私は、彼女に施したつもりは全くない。

それは言い切れます。

しかし、彼女も、もらうだけではなく、

「私にも、差し出せるものがある」

という、彼女なりのスジの通し方だったんだと。

それを自尊心と呼ぶのかも知れません。

私にはよくわかりません。

しかし、彼女が精一杯の誠意で、あの「六甲のおいしい水」を買ってきてくれたことは、間違いないです。

それ以来、一ヶ月ぐらい、その街のネカフェを探し回って。

しかし、佳恵さんは見つかりませんでした。

あれから12年。

彼女は生きてはいないでしょう。

それほどの黄疸でしたから。

しかし。

私は、彼女の人間としての最後の尊厳を、受け取れずに彼女を傷つけた。

私は人間の心なんて、なんにも解らない子どもだったんです。

もし、あのときに私がお水を受け取っていたら。

彼女の寿命はともかく、最後に苦しまず、安らかな最期を迎えることができたのではないか。

私が佳恵さんにできることなんて、たかが知れていることは、解っています。

しかし。

いまでも、後悔しかない思い出です。