東筑、甲子園へ

夏の甲子園、2017年以来の出場

道は開ける ―母校・東筑、9年ぶりの夏と、歴史、そして勝者と敗者の挑戦について

「いやね、人間の記憶なんてものは案外あてにならないものでしてね」なんて、したり顔で語る大人は多いですが、こと母校の歓喜の瞬間、あの突き抜けるような青空と土の匂いとなれば話は別なわけですよ。脳裏に焼き付いて離れないどころか、目を閉じれば昨日のことのように鮮明に蘇ってくる。

2026年7月25日。私は北九州市民球場のスタンドに立っていました。いや、立っていたというより、肌を刺すような照りつける太陽と、スタジアムを包み込むような熱気の中で、ほとんど前のめりになってグラウンドを見つめ、祈るように両手を握りしめていたと言ったほうが正しいかもしれません。

ふと周囲を見渡すと、そこには異様な、しかしどこか温かい光景が広がっていました。スタンドは超満員。いったいどこから聞きつけたのか、あるいは普段は社会のどの片隅に潜んでいるのかわからないような同窓のオジサン、オバサンたちが、まるで強力な磁石に吸い寄せられるように、いや、地脈から湧き出てくるように、わらわらと聖地北九州市民球場に集合してきているわけです。東は東北や東京、名古屋や関西から、南は熊本鹿児島から、誰に号令をかけられたわけでもない。SNSで拡散されたわけでもない(いや、多少はされたかもしれませんが)。ただ「母校が甲子園に王手をかけている」というその一事だけで、これだけの人間がどこからともなく集結してくる。この目に見えない、しかし確かにそこにある熱量と連帯感。これこそが、1898年創立という途方もない年月が培ってきた「歴史と伝統の厚み」というやつですよ。創立120年超え。歴代のOB・OGたちの魂が、このスタンドのコンクリートの隙間から染み出しているんじゃないかと思えるほどでした。筆者が卒業したのは91期生ですが、今、そこで浪人生として「脱北」してきた(北九州予備校、という浪人生牢獄を束の間抜け出してきたという隠語)という124期生、125期生とかいう話を聞くにつけ、ああ、毎年毎年おんなじような人間らが、こんなにも集結していんだなぁと感慨深いのです。

スコアボードに燦然と刻まれた「希望が丘 2 - 3 東筑」の文字。9回裏、最後の打者を打ち取り、マウンドに歓喜の輪ができた瞬間、私の目からは汗なのか涙なのか分からないものが、まさにナイアガラの滝のようにドバドバと流れ落ちておりました。

実に9年ぶり、7回目となる夏の甲子園出場。9年ですよ、皆さん。私たちの小学1年生だった子どもが、ランドセルを下ろして義務教育を終え、高校生になるだけの時間です。その間、どれだけの後輩たちが汗と泥にまみれ、あと一歩のところで涙を呑んできたことか。「今年こそは」と期待に胸を膨らませては、無情にも鳴り響くゲームセットのサイレンに肩を落とす。まさに「甲子園は一日にして成らず」なわけです。この伝統の厚みは、勝利の歓喜だけでなく、数え切れないほどの自身と他校の敗北と悔し涙の地層の上に成り立っているのだと、痛感させられました。

さて、何を差し置いても語っておかなければならないことがあります。決勝戦で相対した相手、希望が丘高校の存在です。

希望が丘、本当に強かったです。ええ、もう、「強かった」なんていう辞書にあるありふれた陳腐な言葉では到底片付けられないほど、恐るべき底力と闘志を持った、信じられないほど素晴らしいチームでした。試合中盤、6回表に彼らが怒涛の反撃を見せて2点を返してきた時なんて、私は心の中で「いやいや、これ完全に映画『ジョーズ』のテーマ曲がダダンダダンって聞こえてくる絶体絶命のパターンじゃないの!?」と冷や汗を滝のようにかいたものです。彼らのバッターボックスでの鋭い眼光、マウンドに立つ投手の魂を削るような気迫、そして何より、どれだけ点差があろうとも絶対に諦めないという執念。それらがグラウンド全体から、ビリビリと電波のように伝わってくるわけですよ。ヤバい。

試合終了の瞬間、我々東筑のスタンドから沸き起こったのは、歓喜の雄叫びだけではありませんでした。グラウンドに崩れ落ち、肩を震わせて涙を流す希望が丘の選手たちに対して、どこからともなく、しかし確かな意志を持った万雷の拍手が巻き起こり、惜しみないエールが送られたのです。「よくやった!」「胸を張れ!」「ナイスゲーム!」と。それを見た時、私はまたしても涙腺が決壊しそうになりました。

真の勝者とは、単にスコアで上回った者のことではない。死力を尽くして戦った相手に心からの敬意を払い、その健闘を称えてエールを送ることができる。それこそが、我が母校が文武両道、質実剛健、自由として長年大切にしてきた「他者への尊重」であり、歴史と伝統が教えてくれた真理なのではないでしょうか。バットマンにはジョーカーが不可欠であったように、今年の東筑が真の強さを全国に証明するためには、大濠や飯塚を破って初めて決勝に進んだ、希望が丘という最強にして最高の好敵手が必要不可欠だった。私たちは彼らを破って甲子園への切符を手にしたからこそ、彼らの無念や日々の血のにじむような努力まで全て背負って、聖地の土を踏む重大な責任があるのです。

今回の東筑の戦いぶりは、まさに「甲子園出場に相応しい粘り強い戦いぶり」の一言に尽きます。準決勝での春の選抜出場校・九州国際大付との激戦で見せた、八回の同点劇と九回の逆転劇。そして決勝の希望が丘戦。抜ければ一気に流れを持っていかれかねない強烈な打球に対し、選手たちはまるでボールと自分の間に目に見えない糸でも繋がっているかのように食らいつき、ダイビングキャッチを試みる。その泥臭さ、その執念。「泥まみれのユニフォームこそが、青春という舞台において世界で一番美しいタキシードである」と、私は確信しました。

私がこの9年ぶりの快挙から最も強く、深く胸に刻み込んだこと。それは「毎年毎年、どんなに苦しい時でもよく準備をして、己の限界に挑み続ければ、いつかは必ず道が開けるものだ」という、シンプルにして最強の真理です。

大人は、まあ、組織の人たち、と言いかえましょうか、とかくすぐに結果を求めたがります。いかに効率よく成功を手に入れるかということばかりが注目されがちです。しかし、広大な砂漠にスポイトで水を一滴ずつ落としてオアシスを作ろうとするような、気の遠くなるような地道な努力を、彼らは来る日も来る日も球を投げ、バットを振り続けることで実践してきた。決して下を向かず、前を向き続けた。その「努力し、挑戦し続けること」の尊さが、ついに「甲子園」という大輪の花を咲かせたのです。毎年毎年挑んだからこそ、ここぞというチャンスをものにできたわけです。負けた代は、決して無駄ではないです。

スタンドで声を枯らしながら、私はグラウンドで躍動する後輩たちから「おい、先輩。お前はどうなんだ? 言い訳ばかりしてショートカットを探すんじゃなく、泥まみれになって何かに本気で挑戦しているか?」と、鋭く突きつけられているような気がしてなりませんでした。

8月5日、いよいよ阪神甲子園球場で全国大会が開幕します。

選手たちには、歴史と伝統の厚み、北九州市民の熱烈な期待、そして希望が丘をはじめとする福岡県の全てのライバルたちから送られたエールを胸に、あの広大なグラウンドで大いに暴れ回ってほしいと願ってやみません。勝敗は兵家の常です。結果がどうなろうとも、あなたたちがこれまで積み上げてきた努力と、戦った相手を心からリスペクトするスポーツマンシップは、決して色褪せることはありません。

最後に、集結したOBOGの一人として心からの感謝とエールを送ります。最高の夏をありがとう。全国の野球ファンに、北九州の意地と伝統を見せてください。

よきかな東筑、麗しく。

甲子園でお会いしましょう。

以上