世紀の愚策
食料品に対する消費税率を2年間限定で1パーセントに引き下げるという政策案は、日本経済が直面する本質的な課題から目を背けた「世紀の愚策」と断ずるほかない。このような場当たり的で大衆迎合的な減税策を実施するくらいであれば、何もしないほうがはるかにましである。税制をいじるのであれば、むしろ現行の軽減税率制度を完全に撤廃して一律10パーセントの消費税制へと回帰し、税の徴収構造を簡素化すべきである。そして、国民生活を真に脅かしている根本原因である「円安」の進行を食い止めることこそが、現在の日本において最優先で取り組むべきマクロ経済政策である。以下、その理由を論じる。
第一に、2年限定の食料品消費税1パーセント化がもたらす実務的・経済的な弊害である。税率の変更は、全国の小売店、飲食店、流通業者、そして企業の経理部門に莫大なシステム改修コストを強いる。レジシステムの大規模な改修、会計ソフトのアップデート、無数の商品の値札付け替えなど、たった2年間の時限措置のために投じられる民間部門のコンプライアンス・コストは計り知れない。さらに、現行の8パーセント軽減税率制度においてすら、イートインかテイクアウトか、みりんかみりん風調味料かといった曖昧な線引きによって現場に大混乱が生じたことは記憶に新しい。これをさらに1パーセントという極端な税率で導入すれば、現場の混乱は過去の比ではなくなる。また、期間限定の減税措置は、期限切れ直前の駆け込み需要と、その後の深刻な反動減という人為的な景気変動を生み出し、マクロ経済の安定性を大きく損なう結果を招く。
第二に、上記の理由から何もしないほうがはるかにましであるという点である。いかなる公共政策にも、費用対効果の厳密な検証が求められる。消費税を一時的に1パーセントに下げることで、短期的に消費者の負担感は和らぐかもしれない。しかし、それに伴って発生する莫大なシステム移行費用、行政の周知徹底にかかる広報費用、そして税収減を将来補填するための増税リスクや国債発行コストを総合的に考慮すれば、社会全体としての死荷重は減税による便益を完全に上回る。一時的な人気取りのためのポピュリズム政策によって無用な社会的コストを増大させるくらいなら、現行制度を維持する、すなわち何もしないほうが、経済の予見可能性を保つという意味でよほど合理的かつ賢明な判断である。
第三に、消費税制はどうあるべきかという、税の基本原則に照らした視点である。租税政策は公平・中立・簡素が絶対的な原則である。特定の品目のみ税率を下げる軽減税率制度は、消費額の大きい高所得者ほど絶対額での恩恵を受けるという性質があり、逆進性対策としての効果が極めて薄い。同時に、複数税率の存在はインボイス制度への対応を含め、制度全体を著しく複雑化させている。本来あるべき姿は、特例を廃止して消費税を一律10パーセントに戻し、税制を極力シンプルにすることである。一律10パーセント化によって浮いた財源や、削減された膨大な事務コストは、真に経済的支援を必要としている低所得者層への直接給付や給付付き税額控除の拡充に充てるべきである。これにより、税制の歪みをなくしつつ、より効果的でターゲットを絞った所得再分配政策が実現可能となる。
第四に、現在の国民生活の困窮をもたらしている真の元凶は消費税負担ではなく、歴史的な円安による輸入物価の高騰であるという現実である。日本は食料の多くを輸入に頼っており、エネルギー資源や農業用肥料の原料なども同様に海外依存度が高い。円の購買力が低下し続ければ、国内の税率をいかに調整しようが、直ちに店頭価格は上昇し家計を圧迫する。つまり、現在の物価高は、国内の需要過熱を伴わない悪い物価高であり、円安というマクロ経済的な構造問題が引き起こしている現象である。この根本原因を放置したまま、小手先の消費税減税で食料品の価格を抑えようとするのは、大出血を起こしている患者に絆創膏を貼るような対症療法に過ぎない。政府および日本銀行が最優先すべきは、ファンダメンタルズに基づいた円の価値を回復させ、円安に歯止めをかけることである。
結論として、食料品の消費税を2年限定で1パーセントに引き下げるという案は、社会に無用の大混乱と莫大なコストを強いるのみで、経済的合理性が全く欠如した愚策である。そのような非効率な政策を実行に移すくらいならば現状維持のほうが優れており、真の税制改革としては消費税の一律10パーセント化による制度の簡略化を目指すべきである。そして何より、物価高騰の真の原因である円安を是正する政策の遂行こそが、国民の生活水準を防衛する唯一かつ最大の道である。

