円安進行

ドル円164円 2026/07/29時点

1ドル180円という水準が、もはや単なる悲観的な予測ではなく、現実の視野に入りつつある。現在の政治経済の状況を俯瞰すると、円安の進行は止まる気配を見せない。160円から162円の局面で見られた微小な介入の気配も虚しく、162円から164円への推移は不気味なほど静かに進行している。この状況を事実上「放置」し続ける高市政権の姿勢には、日本経済が抱える構造的な歪みが如実に表れている。冷泉彰彦氏が指摘する「純粋円建て」と「基本ドル建て」という二重経済の分裂は、もはや抽象的な経済理論ではなく、私たちの日常を浸食する切実な現実となっている。ThinkPadの画面に向かい、Bluetoothキーボードを叩いて日々の思索を重ねる中でも、この二重経済という分断の刃が日本社会の根幹を静かに切り裂いていることを痛感せざるを得ない。

私が暮らす福岡の街を歩いていても、この二重経済のコントラストは極めて鮮明である。アジアからの玄関口としてインバウンド需要は旺盛であり、中心部は外国人観光客で溢れかえっている。イラン情勢などによる航空運賃の高騰があっても、彼らの足が遠のくことはない。なぜなら、180円という為替水準は、彼らにとって「信じられないほど物価が安い国」という強烈なインセンティブを与え続けるからだ。航空券に余分なコストがかかろうとも、日本での滞在費や飲食費の圧倒的な安さがそれを相殺している。しかし、それはあくまで「基本ドル建て」の世界に生きる人々の視点である。「純粋円建て」の世界に生きる私たちにとって、この円安は恩恵ではなく負担でしかない。インバウンドの恩恵を受ける一部の産業が潤う一方で、輸入価格の高騰は家計や国内向けの中小企業を容赦なく圧迫している。

地域社会を支えてきた基盤の揺らぎは深刻だ。福岡市内でも、地元で長く親しまれてきた飲食店や小売店が、ひっそりと暖簾を下ろす光景を目にするようになった。コミュニティの結節点とも言えるラーメン店や街のケーキ屋が、原材料費や光熱費の高騰に耐えきれず、「これ以上の値上げは不可能」と判断して廃業を選択している。小麦粉や食用油、包装資材に至るまで、あらゆるものが値上がりしている。164円から180円へと約10%の円安が進行すれば、すでに高止まりしている輸入物価はさらに1割押し上げられる。人件費と資材価格のダブルパンチによって、計画されていた地域の再開発プロジェクトが頓挫するといった事態も、180円時代には頻発することになるだろう。経済の毛細血管とも言える地域の中小零細企業が、為替という抗いようのない波に飲み込まれていく現状には強い危機感を覚える。

法律を学ぶ者の視点からこの事態を捉えると、急激な経済環境の変化が法秩序や契約実務に与える影響の大きさに考えを巡らさずにはいられない。民法における契約厳守の原則は法秩序の基本であるが、1ドル180円という異常な為替変動による物価高騰は、当事者の予測を遥かに超える事態を生み出している。建材価格の異常な高騰により、当初の請負代金では到底工事を完成させることができない建設業者などは、事情変更の原則を援用して契約改定を求めることができるのか。あるいは、法的救済が追いつく前に資金繰りがショートしてしまうのか。経済の急激な変動は、既存の契約関係の維持を困難にし、社会全体に法的紛争の種を撒き散らしている。民法や商法といった実体法を学んでいると、こうした現実の経済問題がいかにして法的な課題へと転化していくのかをまざまざと見せつけられる。そんな中、国際法丸無視の戦争を起こす世界の自称大国の指導者どものアホな振る舞いを見ながら、こっちも択捉島奪回したろかーなど思うこともある。

さらに、国民生活の窮状に対する政治の応答という観点からは、行政法や憲法が保障する生存権の理念と、現在の政策的無作為との間に大きな乖離を感じる。エネルギーや食料品価格の高騰は、低所得者層から順にその生活基盤を破壊していく。「食料品消費減税」といった場当たり的で曖昧な公約が浮かんでは消えているが、問題の本質はより深いところにある。高市政権が円安を「放置」しているように見える背景には、輸出型大企業や海外投資で利益を上げる層からの支持と、そうした「ドル建て」経済圏の論理が優先されている構造があると思われる。「恩恵と負担が同時に拡大する」と言えば聞こえはいいが、その実態は、恩恵を受ける層と負担を強いられる層が明確に分断されているだけだ。純粋に国内需要を頼りにし、円建ての給与で生活する大多数の国民にとって、180円という為替レートは生活防衛の限界を超える水準である。私も納豆味噌汁ご飯しか食べてないw。

この二重経済の歪みを是正するためには、抜本的な構造改革が不可欠である。それは単に金融政策を転換すれば済む話ではない。産業構造自体の強靭化、国内サプライチェーンの再構築、そして円という通貨の信認を回復するための総合的な経済政策が求められている。同時に、法制度の側面からも、急激なインフレや円安によって生じる経済的弱者を保護し、公正な取引環境を維持するためのセーフティネットの拡充が必要である。下請法や独占禁止法の厳格な運用による価格転嫁の円滑化などもその一環となる。政治がこの現実から目を背け、表面的な対策に終始するならば、日本経済の二重構造はさらに固定化し、社会の分断は修復不可能なレベルに達してしまう恐れがある。法の目的が社会の安定と正義の実現にあるとするならば、現在の放置された経済状況は、明らかにその理念に逆行している。

法律という枠組みがいかにしてこの流動的な社会状況に対応し得るのかを自問し続けている。1ドル180円時代という未曾有の危機に際して、私たちに求められているのは、この二重経済の構造を冷静に分析し、その歪みに対して声を上げることである。勤労者として、暮らしの背景にある社会の動態を的確に捉え、法的で合理的な思考を用いて問題解決にアプローチする力を養わなければならない。急激に変貌を遂げる日本社会の現実から目を逸らすことなく、スマホの向こう側にある自分を含む人々の生活と権利を守りたい。円安という静かな暴力に対する危機感は募るばかりである。

以上