女優の北川景子さん

阪神淡路大震災で被災

女優の北川景子さんは、筆者くらいの芸能音痴でも知っているくらいの有名な女優さんですが、彼女は小学校2年生であった1995年1月、阪神淡路大震災のとき、倒壊した建物に火の手が迫ってくる中、弟の手を引いて必死に二人で逃げたそうです。途中、下敷きに買った建物から、「助けてくれー」という叫び声を聞いたけれども、弟に、「振り向いたらダメ」と言って足を止めずに逃げたそうです。

屍を踏んで生きている自覚をもって生きていこうと話されていたので、一気にファンになりました。

キラキラしたように見える芸能人も一人の人間、他人とかかわり、自分を確立して、自分の勝負をしているのです。どんな人も、自分の軸を持たなければ幸せにはなれません。自分の軸を持つために、他人と関わり、他人に会い、他人と語らい、旅をして、そして本を読みましょう。そうすれば必ず新しいことややりたいことが見つかると思います。それが自分の志を立てるということだと思います。

歴史の教訓

なお、1995年1月阪神淡路大震災における死者は6434名。発生段階で多くが生き埋めになっている中、自衛隊は偵察機を飛ばし、出動に向けて隊員は集結していたものの、当時の兵庫県知事と首相村山富市は自衛隊の救援要請を認めず時間を浪費し死者や被害を拡大させたことは、歴史の教訓として記しておきます。筆者も、阪神淡路大震災を経験したものの一人です。

さらに、北川景子さんの夫は、BREAKERZのボーカルで歌手、タレントのDAIGOさんです。ということは、DAIGOさんの祖父は第74代内閣総理大臣の竹下登ですから、北川景子さんは内閣総理大臣の義理のおじいさんを持つ方ということになります。屍を踏んで生きている自覚がある北川景子さんなら、きっといい政治家になるのではないかと思いました。

こちらからは以上です。