主家が盛んなる時は忠誠を誓い、衰えれば裏切る

主家が盛んなる時は忠誠を誓い、衰えれば裏切る。この言葉は、戦国時代の武将・高橋紹運(たかはし じょううん)が、島津軍からの降伏勧告を拒否した際に言い放った、有名な言葉の断片です。
文脈全体としては以下の通りです。
「主家が盛んなる時は忠誠を誓い、衰えれば裏切る。そのような輩が多いが、私は大恩を忘れ鞍替えすることは出来ぬ。恩を忘れることは鳥獣以下である」
言葉が生まれた背景
1586年、島津軍の九州統一の動きに対し、大友家に仕えていた高橋紹運は、わずか数千の兵で岩屋城に籠城し、島津の数万の大軍を相手に戦いました。
敵方(島津)からは名将である紹運を惜しみ、何度も降伏勧告(島津へ鞍替えすれば領土を安堵するなど)が届きましたが、紹運はそれを一蹴しました。
- 「盛んなる時は忠誠を誓い、衰えれば裏切る」: 戦国時代にありがちな、勝ち馬に乗るような「日和見主義(ひよりみしゅぎ)」や「利己的な裏切り」を指しています。
- 「鳥獣以下である」: 主家である大友家から受けた大恩を忘れ、自分の命のために主君を捨てる行為は、人間として恥ずべき(動物以下である)という意味です。
この言葉は、「どれほど主家が没落しても、大恩があるならば裏切らず、最後まで義理を通して討ち死にする」という、戦国武士の理想とされる「義」や「忠誠心」を強調した言葉です。
結果として、紹運は岩屋城で全軍討ち死にし、その忠義の心は敵である島津氏からも絶賛されたと伝えられています。
主家が盛んなる時は忠誠を誓い、衰えれば裏切る
そのような輩が多いが
自分はそうでない方に与したいものだと思います。
以上
