敗軍の将

麻生太郎さん(2009年総選挙)

2026年衆議院議員総選挙において、一番に当確出たのは福岡10区の麻生太郎さんでした。そして、この麻生さんは、自民党が政権を失った2009年総選挙に大敗した、時の総理大臣でした。皆忘れているかもしれませんが、人間、負けた時の振る舞いでその真価が問われます。中みちなんちゃら連盟の皆さん、特に執行部のみなさん、今こそ堂々と敗軍の将として、その姿を晒す必要があるはずです。

こんな基本的なところもわかっていないから、負けるのです。負けてしっかりそれを受け止めて座っていた、麻生太郎さんの写真でも拝んで、身を改めてください。

もう遅いと思いますが。

負けに不思議の負けなし。中途解約連合のみなさんには、この麻生太郎さんの姿を見倣った方がいいです。

筆者も、勝負に臨んで負けた時、その時こそ堂々としておきたいものと任じます。

追記


負けた夜の振る舞いというのは、その人間の「中身」がどれくらい詰まっているかを測る、残酷なほど正確な計量器になります。

2026年2月8日。

今、私たちの目の前にあるのは、敗北の責任を背負うべき人間が、最も言葉を尽くすべき瞬間に姿を消したという、あまりにも寒々しい光景です。

中道が惨敗し、花付けすら中止。

そして、落選が確定した安住幹事長は、あろうことか開票センター行きをキャンセルしました。

私はこのニュースを聞いたとき、背筋が凍るような違和感を覚えたんです。

これは単なるスケジュールの変更ではなく、リーダーシップという概念の「崩壊」そのものだからです。

想像してみてください。

あなたは嵐の中、泥まみれになり、全力を尽くして戦った。そして、なんとか生き残って帰還した。

その時、真っ先に「よく戻った」と肩を叩いてくれるはずの大将が、自分の戦績が悪いからといって、奥の間に引きこもって鍵をかけてしまったら?

その時、あなたの心の中で、何かが音を立てて死ぬはずです。

執行部というのは、勝った時だけシャンパングラスを掲げるための役職ではありません。

むしろ、逆風の中で踏ん張り、傷だらけで帰ってきた仲間たちに対して、

「厳しい情勢の中での当選、本当におめでとう。一人ひとりの戦いが党を支えた。執行部は必ずあなたたちを支える」

と、その一言を贈るためにこそ存在する。

私は、この「一言」が言えない人間を、大将とは呼びたくありません。

歴史を振り返れば、本当の器というものは、絶頂期ではなくどん底の夜にこそ鋳造されることがわかります。

2009年8月30日、自民党が歴史的な大敗を喫した夜のことを、私は今でも鮮明に思い出します。

当時、総裁だった麻生太郎氏は、ほとんど花が付かない真っ白なボードの前で、逃げることなく最後まで座り続けました。

その姿は孤独で、打ちひしがれているようにも見えましたが、彼は決して責任から目を背けなかった。

あの夜、彼が逃げなかったからこそ、自民党の再生があり、今の彼がある。

政治家の真価というのは、勝利の美酒を飲んでいる時ではなく、敗北の苦い泥水をどう飲み干すかに表れるものなんです。

文化的な視点で見ても、私たちが心を動かされるのは常に「敗軍の将、兵を語る」の美学です。

例えば、横山光輝の『三国志』や『項羽と劉邦』を紐解くまでもなく、優れた指導者というのは、負け戦の殿(しんがり)にこそ自分を置きます。

部下を逃がし、自分は最後まで戦場に留まり、責任を一身に浴びる。

もし関羽や張飛が、そして趙雲が

「負けそうだから今日はもう寝るわ」

と言い出したら、物語はそこで終わりです。

組織というものは、トップが部下を見捨てた瞬間に、物理的な死よりも残酷な「概念的な死」を迎えることになります。

今の安住氏の振る舞いは、ある意味で非常に現代的な、自分自身のプライドを守るための「心の逃亡」かもしれません。

しかし、公の立場にある人間が、私的な感情を優先させて現場を放棄したとき、そこに残るのは空虚な組織の残骸だけです。

「負けた後、どう振る舞うか」

この問いに答えられない人間に、再び国を預かる資格はないと私は思うのです。

更には、国対とは何かを問いたい。

勝利の瞬間は誰だって輝けます。でも、敗北の夜にこそ、その人間の本当の「顔」が見えてしまう。

あなたは、もし自分が絶望的な状況に追い込まれたとき、自分の傷口を隠すために逃げ出しますか?

それとも、ボロボロの姿を晒してでも、最後まで仲間を見届け、さらに闘いますか?

人の上に立つ者の価値は、その「背中」にのみ宿る。

ケンプ提督を失い、兵力の8割を失いながらも残兵を督促し、自らも大怪我を負いながらもオーディンに帰還しローエングラム侯に復命。そこで気絶したのはたのはミュラー(銀英伝3巻)

私はそう確信しています_φ(・_・