なぜ勉強は必要なのか

よく子供に聞かれるなぜ勉強が必要かが分かる話からします

筆者の死んだじいちゃんは19歳で高校卒業後、志願兵となり太平洋戦争に従軍しました。復員してすぐ働きはじめましたから、勉強できなかった、残念だったと常に言っていました。死んだばあちゃんは、床屋の修行に入り、一生懸命手習いをして覚えたそうで、こちらも高等教育をもっと受けたかったと言っておりました。世界最強帝国アメリカをして、その国と昭和の初期、ガチで太平洋をまたにかけて戦った我々のご先祖様が、それだけで凄いと思うのにやっぱり勉強したかったと孫の筆者に語ったのは、やっぱり人間が人間として責任を持って名実ともにしっかり生きてきちんと死ぬためには生涯を通じた学習や勉強の習慣と、人格向上が必要であるということなのでしょう。勉強、というのは心身ともに鍛えることであり、単に書物を読むとか演習が上手とか試験の問題を解けるとかいう、そういうことを超えた全人格的陶冶、教育だと理解しています。

自粛に抱く懸念

当社が「自粛」に抱く懸念は、「新興感染症の脅威から社会を防衛せよ」という誰も反対できないようなスローガンによって個人の自由が蝕まれていくことであり、人々の細やかな生業や、日々繰り返す細やかな営みに各人が見出してきた価値が蔑ろにされ、社会全体の目標のために犠牲とされていくことです。この写真は、福岡県の若い男性ホストが詐欺事件の「受け子」になって逮捕された時に持っていたメモだそうです。見るからに痛い文言が並んでいますが、ここには、人を巧妙に支配する技がてんこ盛りです。曰く、プラス思考、マイナス思考をなくせ、全て自分次第、全てうまくいく、と願い強く思えばいい、らしいですが、世の中相手があるものですからそんな一方的ではうまくいきません。

オウム真理教のフロントサークル

その昔、筆者は京都の大学で学びましたが、入学式の前の健康診断の列に並んでいる時に、とても目のキラキラした女子大生が話しかけてきました。「瞑想ヨーガ研究会」という名の自己実現サークルらしく、熱心に勧誘してもらったのです。筆者はそれはもう紅顔の美少年であり、モテて仕方がなかったのでその勧誘は謹んでお断りしたのですが、後ろに並んでいる同様の新入生はけっこう引き込まれて話を聞いていました。あまりに純粋無垢なその女子大生たちの目を今でも思い出すのですが、その瞑想ヨーガ研究会は、かの後の日本を震撼させたオウム真理教の学生フロントサークルだったのです。サークル活動の一環で、いつの間にか教団の幹部が紛れ込んだ懇親会か研究会が始まり、そのうち、より高度な修行を覗きに来ないかと誘われ、立派な教団戦士ができあがるというわけです。筆者も、1,000万円単位の壺を売ったり買ったりしているという学生の話が聞こえてきました。学生の身分で、時給720円(当時の京都市内)のジャスコ京都二条店で牛乳や食用油の上げ下ろしや棚入れをしていた筆者にとって、1,000万円の壺とはどのようなものかと興味もわきましたが、東京地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災といった大きな出来事を経て、いつしかそのような記憶も遠いものとなりました。大学をお世辞にも優等ではない、むしろ不良な成績で卒業し、東京の今はもうない銀行で働き始めたところで、オウム真理教の幹部のみなさんが軒並み逮捕される状況になりました。その中の法務部門のトップであった「法務省」青山弁護士は、筆者の大学のゼミの先輩です。20歳で旧司法試験に最終合格(その年の最年少合格)し、大阪で一番の法律事務所に勤めたということですが、多忙な業務に身体を痛めたのでしょう、腰痛予防にとふと入ったヨガの教室が、まさにオウムのフロント組織だったのです。そのまま、彼は見事に闇に落ちてしまうのですが、同じく、21歳で旧司法試験の最初の択一試験に落ちた(その他大勢)の筆者にとってみても、このことは大きな学びとなりました。

人を学習ではなく洗脳する方法

宗教に限らず、昨今はやっている、上の写真のようなネットワークビジネスという名の詐欺についても、人を教育、学習ではなく洗脳することによって自由に操ろうとするそのような方策が確立されています。洗脳の手法は3つです。

環境による洗脳
人間関係による洗脳
義理・人情による洗脳

まずは「環境による洗脳」です。所属する組織において、用意されているセミナーに全部参加することを推奨(もはや「強制」)されます。そして、そこでの「同じ」教育をなんども繰り返し受け、同じ言葉を刷り込まれることにより、いつしか自分の意識が変わります。次に、住む場所をビジネスパートナー(教祖)と近づけることを推奨します。職住接近させるのです。日当たりのない、家賃4万円の四畳半で生活するといったのが通例です。最後に、人間関係、義理人情による洗脳で完成です。ネットワークビジネスの邪魔をしてくるような存在から距離をとるように勧められます。それは実の親、友人および親友、恋人など誰でもです。ネットワークビジネス上の成果を出す上では関係のない人間を排除することは推奨されます。自分の退路を断つことで覚悟を決めることができます。元に戻ろうとも、既に関係を断ってしまったこれまでの、親兄弟などの家族、恋人友人などの仲間、そして地域社会や既存の勤め先などの社会上の関係を修復しながら抜け出すのは容易ではありません。

結局支配とは何なのか

このように、支配には人による個人的な支配か非個人的な支配かという横軸と、日常的な支配か非日常的な支配かという縦軸があり、伝統的支配、合法的支配、カリスマ的支配(この中にも3つある)に分けることができるのです。読者のみなさんにおかれましても、なぜ勉強するのか、常に自らに問いかけながら、学びを、人生を進めていただきたいと思います。

勉強が必要なたった一つの理由
社会の養分にならないために
やっぱり勉強しておきたいものです。

他人に使われる人生
自分で考える人生

人間、ひとそれぞれです。

今日の記事は以上です。

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