読むやつは震えて聞け!墨子の話

古今東西世界史上に類を見ない第一等の偉人超人(筆者調べ)「墨子」の話をしたい!

おはようございます。

2019年3月の当社歴史研究員によります大好きな歴史の話をします。

「墨攻(酒見賢一著)」という本を、昔、高校2年生の時に読みました。

読みました、というのも、なんと立ち読みでなんとなく手にとったハードカバーの「墨攻」という本が面白く、そのまま立ち読みで一気に読破してしまい、持っている左手の腱がつってしまうほど集中したことを覚えています。

そのまま、確か近くの本を「買って」帰ったのですが、その時に買った本も名作「スシとニンジャ(清水義範著)」という本(こちらも名作で楽しく読んだ)であったことを覚えております、といいますかこれ書きながら唐突に思い出しました。

もう25年(四半世紀)も前の、福岡県北九州市八幡西区の黒崎駅前にあった、井筒屋という百貨店の黒崎本店の横にアネックス的に建っていた、井筒屋ブックセンターというこれまた巨大な本屋の何階か(4階だったと思います。その上の5階が確か学習参考書のコーナーでした)での出来事です。

昔は、大型ビル一棟まるごと本屋、という業態が成り立っていたのですね。

本当は、大学受験の参考書か何かを選んでいたはずなのですが、ここでこの墨子を含めて数時間を数冊の読書に費やしてしまったということになります。

さて、その「墨攻」というのは、本来「墨守」という墨家の言葉から想像した作者の造語だということですが、墨家の祖である墨子という人、この人は筆者の知る限りでは最も理想と現実のギャップの大きい、それでいて活動量と能力最大に振り切った、古今東西の偉人賢人の中でも群を抜いた超人(キン肉マン的な言い方では火事場のクソ力7,000万パワー並み)と断言できます。

時は世紀末!超人墨子登場

時ははるか昔、500年間続く、紀元前中国の春秋戦国時代です。

常在戦場といいますか、常に殺したり殺されたり、戦いが日常の世の中において、兼愛(全てのものに愛)を叫んだ超人が現れます。

名前は墨子。

行き着くところまでいってしまった理想主義者です。

なにせ、同時代に勃興してきた孔子率いる儒家の説く博愛思想「仁」すら、それは卑しい差別愛だと一蹴するのです。

しかしながら、理想だけに逃げ込んでいては、世間の支持は得られません。

そこで墨子は、城(街)を守る守城のスペシャリスト、超常能力者として、自らの価値を限界まで高めます。

どんなに攻められても陥ちない城を守る、城の防人(さきもり、もりびと)となるのです。

守城に関しては連戦連勝(勝つ、という表現が変ですが)、その卓越した戦略眼と知見、人々を束ねる統率力、どの国の将軍もかなわない人間としての限界を超えた能力を見せつけ、最も戦いが嫌いなくせに、戦えば必ず完璧に防御する、という現実世界での卓越した成果を上げ続ける、そのようなまさに、スペースオペラ銀河英雄伝説の一方の主人公、ヤン・ウェンリーも真っ青の超人だったわけです。

この超人・墨子の凄いところは、これだけ現実世界での能力を見せつけておきながら、金や地位に転ぶことがなく、ひたすら自らの理想を追求し、自らの弟子に対しても、自らレベルの高みを求めず、自分が目指しているものの1%でも弟子や部下が理解するだけで感激しさらに理想に燃えるという、その、一般人なら萎えて当然の理想と現実とのギャップをそのまま理解し飲み込み、その双方に対して真摯に向き合い最大船速で駆け抜けた、熱き人間力、人格力、人間の軸の太さであります。

墨子の弟子の99%は、その守城ノウハウによる戦略や戦術、戦いの極意や奥義を学ぶために集まったに過ぎず、彼の提唱する「兼愛」に惹かれて集ったものなどほとんどいなかったものと思われます。

しかし、墨子のその人間性に触れ、彼らも変わっていくのです。

300人いた弟子たちは、墨子の死をもって、その教育を「完成」させ、あたかも墨子が300人に分離し増えたように、中国全土に墨家集団は広まり各国に広がっていくのです。

忽然と歴史から消えた墨子

しかしながら、守城のノウハウによる兼愛精神という教化集団は、そこから忽然と、歴史から姿を消してしまいます。

思想的には墨子に言わせれば「純度の低い」儒家に切り崩され、頼みの綱であった守城ノウハウは超大国秦の圧倒的な物量兵力攻城作戦によって打ち崩されてしまったのでしょう。

太平洋戦争初期、ハワイ沖まで長駆遠征しその機動力で一瞬世界の空の頂点に君臨した日本海軍零式戦闘機(れいしきせんとうき)、通称零戦(ゼロセン)が、ほぼ二倍の排気量と頑丈な機体による急速降下により一撃離脱戦法を可能にした米海軍グラマンF6Fヘルキャット(ぐらまんえふしっくすえふへるきゃっと)の台頭により駆逐されていくように、一瞬歴史に光を放ちましたがその後消えてしまった思想、成果の一つだったのです。

しかし、2,000年の時を経て、墨子の思想は忽然と消えた故にほぼ現存する形で伝えられ(忘れ去られた故に後世の改変も少なく)、今の我々に非常に重要な示唆を与えてくれます。

さすが超人・墨子。

まさに思想のタイムカプセルです。

ゴッホが死後評価されたくらいのタイミングではありません、2,000年後です。

この、一個人としての人間がどこまで高みに達することができるか、高みに達しながら現実世界での文句ない業績事績を上げて、そして理想現実双方の成果を同時に、最大戦速での熱量で追い求め駆け抜けた人生、これが筆者のような歴史学徒に、墨子こそ古今東西の歴史の中で群を抜いた(by far)第1等の人物だと言わせしめる所以なのです。

墨子に比べれば、ペルシア帝国を滅ぼしインドまでいってその先を見たいと叫んだけれども部下に「あんた1人で行けば」と拒否されやむなく引き返す途中でバビロンで毒殺された(と思われる)大王・アレクサンドロスや、馬と弓という、いわば当時無敵の武器を手にした戦闘民族の長としてのDNAに従うまま草原世界を制覇し、世界の2/3を手に入れたチンギス・ハンも、ちょっと霞んで見えます。

これに比肩する王者といえば、古代ローマを共和制から帝政に一気に塗り替えた終身独裁官、ユリウス・カエサルくらいでしょうか。

それとても、制度疲労を起こしたローマ元老院と共和制に、少しのスパイスを加えて事実上の帝政に移行させてローマの息を数百年永らえた、「程度」の業績です。

墨子は凄いですよ。

何しろ、パクス・ロマーナを標榜しているパクス・アメリカーナが制度疲労を起こそうとしている世界思想界において、墨子の思想がこれから2,000年を超えて世界の常識になるかもしれないのですから。

日本の長い歴史において、この墨子に近づける人物といえば、古代は空海、近代では吉田松陰くらいでしょうか。しかしながら、墨子のように、真面目で軸が通っていて手先が器用な民の末裔が、この日本列島に連綿と息づいているように思えてなりません。墨子の一派は、迫害を逃れ、朝鮮半島からこの日本列島に渡ってきたのではないかと、これは筆者の完全な想像として、それでも書いておきます。

以上、世界史上に忽然と現れた超人、墨子のお話でした。

このような歴史サロンが、コテンラジオというラジオやユーチューブでなされています(こちらのページで行われております)ので、興味のある方ご覧ください。

一緒に歴史を語りましょう。

それでは今日はこの辺でさようなら。

こちらからは以上です。

(2019年3月9日 土曜日)

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