黙秘権の範囲

 

黙秘権と参考人

 被疑者以外の者の取調べ,たとえば,参考人の取調べのような場合には,刑事訴訟法は黙秘権告知を要求していませんが(刑事訴訟法第223条2項は第198条2項を準用していません),告知がないからといって黙秘権が保障されていないわけではありません。
 捜査機関により取調べを受ける参考人であっても,被疑者同様包括的黙秘権を有します。取調べの対象者が被疑者であるのか被疑者以外の参考人などであるかは,必ずしも一義的ではないため,明文規定にかかわらず,被疑者以外の者の取調べであっても,黙秘権を告知するのが望ましいでしょう。

黙秘権が使えない範囲

憲法第38条1項は,何人も自己が刑事責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障するものであり,あくまで黙秘権は自分が刑事責任を負う可能性がある内容や事実について及びます。
 なので,何でも黙秘できるというわけではなく,黙秘権が使えない範囲が当然あります。

証拠の採取

 黙秘権ないし自己負罪拒否特権は「供述」以外の証拠の採取,たとえば,指紋や足型採取,身長の測定,写真撮影,身体検査等には及びません。

呼気検査

 道路交通法による警察官の呼気検査も,酒気を帯びて車両等を運転することの防止を目的として運転手から呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するのであり,その供述を得ようとするものではないから,検査を拒んだ者を処罰する道路交通法第118条の2の規定は,憲法第38条1項に違反するものではないと解されます(最判平成9年1月30日刑集51巻1号335頁)。

氏名等

 刑事訴訟法上,被疑者・被告人には包括的な黙秘権が認められているので,氏名等も黙秘権の対象となりますが,氏名のごときは原則として,憲法38条1項にいう,いわゆる不利益な事項に該当するものではないと考えられているため,原則として,黙秘権ないし自己負罪拒否特権は氏名には及びません。
 しかし,たとえば,氏名によって被告人と犯人の同一性が認められる場合や前科が判明し累犯加重や常習犯の成立が認められる場合等には,例外的に氏名がその対象となりうることがあります。