刑法第27問

2022年12月20日(火)

問題解説

問題

甲乙及び丙は同じ建築会社に勤める建築作業員であり、2階建ての家を建築中であった。この建築に当たっては、一番のベテランである甲が現場監督を務め、その指示に従って、乙及び丙が作業を進めていた。乙は中堅社員であり、建築に当たって全般的な作業を担当していたが、丙はまだ建築作業員になって日が浅いこともあり、木材を運ぶなどの補助的な作業しかしていなかった。建築作業も終盤に差し掛かったある日。乙が、甲の指示により、2階部分に登って、瓦を葺いていた。丙は、甲の指示に従い.、瓦を2階部分へと運ぶ作業をしていた。乙は、自己の不注意で、丙が運んで積み上げら れていた瓦を路上へ落下させてしまい、路上を歩いていたAが全治1か月の怪我を負った。なお、瓦は、乙が注意を払って取り扱っていれば落下等の危険のない状態で積み上 げられていた。
甲、乙及び丙の罪責について、論じなさい。

解答

第1 乙の罪責
1 乙は、建築会社に勤める建築作業員であるところ、建築作業中、自己の不注意で、丙が運んで積み上げられていた瓦を路上へ落下させてしまい路上を歩いていたAが全治1か月の怪我を負っているから、「業務上必要な注意を怠り、よって人を負傷させた」ものとして、業務上過失致傷罪(211条前段)が成立し得る。
2 「業務」とは、人が社会生活上の地位に基づき、反復継続して行う行為であって、かつその行為が他人の生命、身体等に危害を加えるおそれのあるものをいうところ、乙の建築作業員としての地位に基づく建築作業はこれに当たる。
(2)「注意を怠ったこと、すなわち、過失とは構成要件要素及び違法要素であるから、予見可能性を前提とする予見義務違反及び、結果回避可能性を前提とする結果回避義務違反と解すべきである。
本問では、2階から建築資材が落下することにより路上を通行する者の身体生命に危険が及ぶことは十分予見可能であり、予見すべき義務があった。また、乙が、2階部分に登って、瓦を葺く際に路上へ 落下しないように十分注意するなどして作業を行えば、上記結果は回 避できたし、乙は建築会社に勤める建築作業員であり、中堅社員であること、建築に当たって全般的な作業を担当していたことを考慮すれ ば、乙は結果を回避すべき義務を負っていたといえる。にもかかわら ず、そのような義務を果たさず瓦を路上へ落下させているから、結果回避義務違反も認められる。
3 したがって、乙は業務上過失致傷罪の罪責を負い、後述のとおり甲と共同正犯(60条)となる。
第2 甲の罪責
1 本件で実際に瓦を落下させたのは乙であるが、乙は現場監督である甲の指示に従っていたのであるから、甲について「共同して犯罪を実行し た」として、業務上過失致傷罪の共同正犯が成立することが考えられる。
2(1) もっとも、共同正犯の処罰根拠である一部実行全部責任の本質は、相互利用補充関係に基づく共同犯行の一体性に求められるのであり、そうだとすれば、無意識的な過失犯を共同して犯すことは不可能であ るとも考えられる。
しかし、過失犯の本質は、上記のような結果回避義務違反である。すなわち、過失犯の実行行為は、かかる義務を怠る点に求めることができる。そして、共同の注意義務に共同して違反することは可能である。
よって、自説の立場からも、そのような関係性が認められれば、「共同して犯罪を実行した」として、過失犯の共同正犯を認めることができる。
(2) 本問では、甲及び乙は、同じ建築会社に勤める建築作業員であり、共同して家の建築作業にあたっていたのだから、少なくともその作業の過程で人の身体の安全に十分注意して作業をすべき義務を負っていたといえる。
また、甲は現場で一番のベテランであり、現場監督を務め、その指 示に従って、中堅社員である乙が建築に当たって全般的な作業を担当しており、実際に、乙の上記過失行為は、甲の指示により、2階部分 に登って瓦を葺いていた際に行われたものである。
このような事実からすれば、甲及び乙は、建築工事に付随する落下 物防止などの乙の作業上発生する危険を共同して防止する関係が認められるといえる。
以上からすれば、甲及び乙に、共同の注意義務が存在していたとい え、同義務に共同して違反したといえる。
したがって、甲には、業務上過失致傷罪の共同正犯が成立する。
第3 丙の罪責
1 丙についても、業務上過失致傷罪の共同正犯の罪責を負うか問題となる。
確かに、 丙も、同じ建築会社に勤める建築作業員であり、共同して家の建築作業にあたっていたものである。
しかし、丙は、まだ建築作業員になって日が浅いこともあり、木材を運ぶなどの補助的な作業しかしていなかった。このことからすれば、丙については、瓦を2階部分へと運び積み上げる際にそれが落下しないように注意すべき義務はあるといえるが、この作業上発生する危険を共同して防止する義務までは認められないと考えられる。
したがって、共同の注意義務を認めることはできない。
2 また、瓦は、乙が注意を払って取り扱っていれば落下等の危険のない状態で積み上げられていたのであるから、瓦を2階部分へと運び積み上げる際にそれが落下しないように注意すべき義務に違反したとも言えない。
3 したがって、丙は業務上過失致傷罪の罪責を負わない。
以上

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答案