羽生さんの離婚について

妻を明かさなかったから報道が過熱したかもしれない

 世の中というのは不思議なもので、いくらプライバシーを守れと叫んだところで法的な正しさだけで動いているわけではないのです。「妻を明らかにしない」ということは、メディアにとっては「妻が誰かをつきとめれば、スクープになる」ことを意味しますし、結婚というおめでたいことを隠されたら、親戚だっていい気はしない。

 つまり、妻を明かさないからこそ、報道が過熱してしまうし、本来味方であるはずの身内も、週刊誌の取材に応じてしまうのです。そうなると、ますます同居している羽生さんたち(本人、妻、母、姉と報道されています)はメディアを警戒し、その結果、元妻への行動制限もきつくなってしまったのではないでしょうか。

 元妻の立場にしてみれば、れっきとした妻なのに、まるで“日陰の身”のように隠されることに納得がいかなかったことでしょう。妻として社会的に認知されれば、ストーカー被害にあうなど面倒なことが起きるかもしれませんが、そのあたりの対応は警察なりがしっかりしてくれるはずです。ヤバい人は本当にごく一部で、ミセス羽生を応援する人はその何百倍、何千倍もいて自信がついたはずともいえます。自分は羽生さんの妻である、羽生家にも認められているんだと思えば、制約のある生活にも少しは堪えられたかもしれませんが、結婚したのに存在を消すかのようにふるまうことを求められたら、そりゃ女性に限らずたいていの人は参ってしまうでしょう。わたしもおっさんで夫やってますけど、妻の日陰者として存在を消されて何も外で言うなと言われたら、そりゃ何なんだ、ということになってしまいます。そういうもんです。

 元妻も傷ついたことでしょうが、今回のことで羽生さんのお母さんやお姉さんも「ちょっとヤバそう」という余計なイメージがついてしまいました。こういうことを防ぐためにも、羽生さんはマスコミ対応に長けた専門家(事情をよく知る弁護士が適任と思われます)をつけて、その人を通して報告なり、抗議をしたほうがいいのではないでしょうか。

羽生さんとお母さんは“母子一体型の親子”

 今回の離婚を機に、羽生サンとお母さんの近すぎる距離、母子密着を問題視する記事を見かけましたが、密着を通り越して、母子一体型の親子なのではないかと思います。心理学では親子であっても「わたしとあなたは別の人」であるとし、一線を引くことが健全な関係を作ると考えていますが、母親はどうしても子どもと自分を同一視しがちです。しかし、成長とともに子どもは自分の世界を持ち始めて親から離れていきますし、いくら親が熱心に教育しても、成績が伸びずに名門校に合格できない、やっているスポーツや芸能が、それで喰っていけるほどではない、などなど、親は子どもに裏切られる経験を通して、自然と「自分と子どもの人生は違う」と気付いていくでしょう。

 しかし、羽生さんのようにすばらしい才能を持っている子どもの場合、「やればやるほど子どもは伸びる」わけですから、母と子どもはずっと同じ目標を追い続け、その栄誉を二人で分かち合うことになります。

 こうなると、「自分イコール母親」になってしまい、羽生さんにとっては、お母さんを否定されることは自分が否定されることのように感じるでしょうし、お母さんも羽生サンの仕事や生活に関することは「自分のこと」と捉え、妻に引き継ぐことはしないと思います。こういう親子関係の男性は、お母さんが息子のお世話ができなくなった時が結婚のタイミング、つまり晩婚向きではないでしょうか。羽生サンは結婚するには若すぎたのだと思います。また、結婚相手の女性は、夫と対等な“妻”ではなく、お姑さんの意向を汲む“嫁”の役割が求められると思っておいたほうがいいと思います。

 幸いなことに、元妻である女性は前を向いて、音楽活動を再開させているそうです。過ぎたことは忘れて、羽生さんも元妻の一般の方もがんばっていただきたいと思います。そこは対等なんで。そして、お母さんにおかれましては、そろそろ、母親の狂気が他人を喰う前に、子の人生を手放してあげることが必要なのではないかと思います。

知らんけど。