次のオリンピックは2024年夏パリで
2024パリオリンピック
2020東京オリンピックがついに終了しました。1年延期ということを含めて、膨大な人的コスト、お金、イライラも募りましたが、とにかく天皇陛下が開会を宣言されたわけですから、国民は一旦文句はやめて大会に協力しました。
2021/08/08の閉会式最終盤、次の大会2024年パリオリンピック会場でのセレモニーが映し出されました。午後の真っ青な空の下、エッフェル塔に集ったフランス国民の歓呼の中、フランス空軍がトリコロールのフランス国旗色を空に描きました。
めちゃくちゃ気合い入っていて感動しました。
個人的には、ふしぎの海のナディア第一回万国博覧会のシーン、そして終盤の発掘戦艦エクセリオンとガーゴイル率いるレッドノアとのパリ上空での戦い!が走馬灯のように脳内を駆け巡りました‥(これは別途好きな人同士で話し合いましょう)。
さて、コロナ下で行われた東京オリンピック、日本はとんだババを引いたもんだという国民もおられるでしょう。
しかしながら、個人的感想を申し上げれば、それこそが日本の日本たる所以だと思っています。
かつて、種子島に漂着したポルトガル人から買い受けた一丁の鉄砲が、そこから50年のうちには大阪の堺で世界一の取扱高に至り、日本の戦国時代の世相に相まって世界一の軍事大国に押し上げてしまった事実や、飛行機が発明された数十年後、海に浮かべた航空母艦で5千キロの波濤を超え、はるかハワイ真珠湾沖まで到達し、400機を超える大編隊で攻撃をかけることができたりする、そのような世界が驚く国民性を持っているのが日本なのです。
かつては、唐の長安に倣った凄い都を作ろうと考え、実際に平安京を作ってしまいました。平安京の市域は、今の京都市街を知る人にも驚くほどの広さを誇ります。
さらにその前は、奈良の大仏を、国家事業として作ってしまいました。
仏教という、それまで日本になかった大陸の最新知識や技能を駆使して、いわば映えてるモニュメントを作り込んでしまったわけです。それは、強制労働に寄って作られたものではなく、日本人が、その能力と興味と関心と集中力をふんだんに投下し、救えないマニアックなこだわりやさんであったことの証拠なのです。
この事実に世界は二度見するのです。
筆者にも多くの海外の友人がいますが、この日本人の報酬や名誉が目当てではなくひたすら自己満足を源泉とする各種の(過剰な)作り込みやこだわり、病的な整理整頓志向や清潔さについては、理解不能と言っています。
こんな低額な報酬で、大きな責任を背負った仕事をする、為政者や企業のトップの多さに驚くのです。
今回の2020東京オリンピックは、世界的なコロナ渦の中、開催を中止する同調圧力が大きな中、企画進行があり、各種の妨害や暴露合戦もありました。
しかしながら、国民の多くは、それでも世界の冠たる日本を示す、それよりも自分たちが納得する形でやるもんはやる、天皇陛下が開催を宣言された、と自分のこととして任じて取り組んだに違いありません。オリンピックの運営に参加された、各種のボランティアの方々のなさりようを見るに、これをやらせている感ではできないと断言するのです。
日本すげえな、ヤバい国だな、と今回もまた多くの世界の人達が感じたのではないでしょうか。
そんなことを、長崎の原爆慰霊の11時02分を前に、感じたので書きました。
それではまた。