倭国と大和王権

二王朝が並立

【版図を拡大する大和政権(西暦 222~367年)】

西暦 222年 奈良盆地の葦原中國で崇神天皇即位(日本書紀)。倭國の女王は卑彌呼(魏志倭人伝・後漢書)。
西暦 226年 第十代崇神天皇、葦原中國の版図を畿内一円に拡大(日本書紀)。
西暦 227年 崇神天皇、版図を丹波、北陸、東海、西道に拡大(日本書紀)。
西暦 252年 崇神天皇、山陰を併合(日本書紀)。倭國の女王は臺與(魏志倭人傳)。
西暦 260年 臺與、奴國の一部を失う。葦原中國の大王は第十一代垂仁天皇(日本書紀)。
西暦 312年 第十二代景行天皇、八女津媛(やめつひめ。多世代の女王の意)の女王國と隼人を除いて九州を併合(日本書紀)。
西暦 366年 第十四代仲哀天皇、伊都國・崗國(遠賀川周辺)を併合(日本書紀)。
西暦 367年 神功皇后、倭國の女王・八女津媛を「田油津媛」(たぶらつひめ。たぶらかしの女性呪術者)の蔑称で討伐(日本書紀)。