インターネット放送がついにメジャーに(AMEBAがW杯を独占放送)

 サッカーのカタールW杯は18日(日本時間19日)に閉幕。森保ジャパンのジャイアントキリングを始め、国内のW杯熱を押し上げる役割を担ったのが、インターネットテレビ局の「ABEMA」だ。日本で初めて全64試合の無料生中継を敢行し、インターネット配信の限界へと挑んだ挑戦は大成功を収めた。国内W杯放送の“新しい景色”を示した藤田晋代表取締役(49)=サイバーエージェント社長=が、スポーツ報知の独占インタビューに応じ、ビッグプロジェクトの舞台裏を明かした。(取材・構成=高木 恵、小口 瑞乃、宮本 和典)

【表で詳しく】ABEMA試合別視聴数ランキング

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有料放送は「検討すらしなかった」

 ―手応えと総括を。

 「いろんなシナリオはあったんですけど『最高にうまくいった』のかなり上ですね。生中継を決定した段階ではまだ可能性として、日本のアジア予選での敗退もあったので。それでも放送しなくてはいけないですから。出場が決まり、今度は強豪国の多いグループに入った。ドイツに負けて、国民が関心をもたないというシナリオもあった。そのドイツといい試合をして、注目度が集まった。開幕前はまだ高まりきっていないように見えたサッカーへの関心が、少しでも高まることが良いシナリオだったんですけど。その良いシナリオのかなり上です」

 ―無料放送の理由とは。

 「W杯は普段サッカーを見ない人も見るタイミング。コアファン向けの有料にして、間口を閉じてしまっては意味がないですよね。国民行事みたいなところもあるので、みんなが視聴できる状態にしたかったんです。有料にすることは検討すらしなかったです」

 ―壮大な先行投資としての役割を果たした。

 「一番の目的はABEMAの便利さ、クオリティーの高さを体感してもらうことでした。『便利』『映像がきれい』と視聴者の方から高い評価ももらえましたし。自分自身がサッカーをよく見ているので、どこが満足ポイントかはわかっていたつもり。十分果たせたかなと思います」

 ―満足ポイントとは?

 「映像のクオリティーです。今大会は地デジ映像のレベルで流せました。インターネット配信で画像が粗いと、『やはりインターネット配信では高画質で見られないのだな』って評価されてしまいますからね」

配信トラブル怖くてカタール行けず

 ―準備が大変だったのでは。

 「特に映像クオリティーの高さに関してはライブ配信史上最高峰であるフルHDの映像解像度で提供できました。単純にきれいに出すだけでなく、地デジやBSデジタルハイビジョン(2K)放送同等以上の品質で提供しながらも、さらに大量のトラフィックをさばかなければならない。システムトラブルがとにかく一番怖かったんです。試合会場の席を準備してもらっていたから行くには行けましたが、もし、配信トラブルを起こしたりでもしたら…。そう思うと、怖くてカタールに行けなかったですね」

 ―ABEMA全体の視聴者数は、ドイツ戦が行われた11月23日の1000万人超から、コスタリカ戦の27日では1400万人超に。そしてスペイン戦があった12月2日は1700万人超と最多を更新した。決勝トーナメントのクロアチア戦は、最適な視聴環境を提供できないと判断した場合にはABEMAへの入場を制限すると事前に告知し、混乱を防いだ。

 「僕が急きょ指示を出したんです。スペイン戦を終えて、世の中的な変化があった。ワイドショー、スポーツ紙を含む他のメディアの扱いですよね。国民的な関心が変わっているのを感じました。幸い前半のグループリーグのときからABEMAが高い評価をもらっている手応えは得ていたので、これで落としたらすべてが水の泡だと。もう事前に告知しようと」

 ―いい意味で想定を超えた。

 「大きな配信トラブルにつながる可能性がなくもなかったので、入場制限する可能性がありますというふうに事前に告知したんですけど。前半のうちにもう臨界点に達しました」

パジャマ姿で自宅からシビアな指示

 ―ABEMAへの入場制限の最終的な指示を藤田社長が出した?

 「僕が試合中に制限の指示を出しました。パジャマ姿で観戦しながら、自宅からシビアに指示を送って。クロアチア戦は、もうハラハラでしたよ(笑い)」

 ―W杯で呼び込んだ視聴者を「固定客」として定着させるためには?

 「社内では残存プロジェクトと言っているんですけど、一番重要なポイントとして見ています。ネットのテレビの良さは1回コンテンツを持っていけば短期的にはボンと上げられるんですけど、来て去るだけなら意味がないですから。コンテンツの充実、機能が優れているとわかってもらえば残存者が増えます。1回見るだけならホームページ上に突然立ち上がった動画を見ていることとあまり変わらない。今のところ他の番組を視聴したり、再びABEMAに来訪してくれる方の数字も順調に伸びています」

 ―三笘薫、冨安健洋が活躍するプレミアリーグが再開。

 「プレミアの放映権を獲得したのも残存プロジェクトの一環なんです。もう、どんぴしゃですね」

 ―他の競技への広がりは。

 「ABEMAがW杯レベルの大規模なアクセスをさばけることや、高画質で生中継できることがわかったので、スケールが大きい話が来るようになりました。W杯をやったっていうのは大きいんだなって、すごく体感値としてありますね」

 ―そこに向けても積極的に?

 「そうですね。チャンスなので」

W杯を経て新たに見えてきたことが

 ―今後、他の国際大会への進出は。

 「あれだけのアクセスは世界でもレアケースで、今回インターネットの限界みたいな部分を我々自身がわかったところがあって。あれだけのスピードで同時に届けられる地上波の優位性というのもわかりましたし。これからの進化でまた、いろんなことができていくようになるとは思いますけど。極端にいうと、現時点で日本戦の独占放送は無理なんですよ。技術力の問題ではなくキャパシティーの問題で。現状の日本のインターネットの回線だと難しい。金銭面でもなく技術面でもなく。ただ、これはやがてできるようになっていくと思うんですけど、現時点では難しい。地上波だからこそできることなのだというのはよくわかった」

 ―それは今回W杯の配信をやったことで新たに見えたこと。

 「そうですね。これで我々の中に知見として残りました。このへんが現時点での限界値だと。伝送速度で言うと、ローカル環境の持っているデバイスのCPUとか、回線、4Gなのかワイファイなのかとか、受け取る時間にタイムラグがあるじゃないですか。あれもやはりテレビの電波だと同時にパッと飛びますから」

 ―それでも本田さんの解説が聞きたくてABEMAを選ぶ人も多かった。

 「コンテンツのパワーもあるし、あとは利便性。今回、追っかけ再生とか、アーカイブで見る人とか、数台のカメラ映像から選択できるマルチアングル映像とか、倍速再生とか、そういうのを使ってくれて体感してくれた。Mリーグもだいたい僕、追っかけ再生で1・3倍くらいで見ているんですけど」

「本当にABEMAって便利だな」

 ―試合を約6分間にまとめた配信や、フル再生、倍速視聴の機能は便利だった。

 「4時からの試合って諦めて朝見る人が多いじゃないですか。でもハイライトを見ているのかと思いきや、フル再生している人が多いんですよね。その情報(勝ち負けの結果)を入手しないように気をつけながら朝起きて。僕もアルゼンチンとクロアチアの準決勝は1・7倍で視聴しました。メッシがめっちゃ速いみたいな(笑い)。でもそれでも十分ドキドキして見ることができるんですよね」

 ―全64試合観戦した?

 「全部見ましたし『本当にABEMAって便利だな』って自分でも思います。追っかけ再生、アーカイブ、マルチアングル映像、倍速再生…。体感し癖になると普通に見られなくなってしまいますよ」

 ―まさに「新しい未来のテレビ」。

 「やはり時間と場所からの開放なので。トイレにだって持って行けるような。デバイスの前にいなくていいとか、4時に起きなくもいいとか」

 ―4年後のW杯も生中継?

 「そのつもりですけど、入札したい会社も増えるでしょうから、どうなるかまだわかりません。ですが、基本的にはやるつもりでいます」

 ―無料?

 「もちろん。それ以外選択肢として持っていないです」

 ◆カタールW杯とテレビ放映 全64試合のうち地上波放送は41試合でNHK、テレビ朝日、フジテレビが日本戦を含めて担当。放映権は02年日韓大会以降、NHKと民放各社で構成する「ジャパンコンソーシアム(JC)」が購入し、各局に振り分け中継してきた。02年は60億円(推定)だった放映権料が今では倍以上に高騰し、テレビ局は10年南アフリカ大会以降赤字続き。18年ロシア大会のテレビ視聴者数は35億人で、今大会はFIFAによると史上最多の50億人が視聴すると予想されていた。

 ◆ABEMA 2015年4月、サイバーエージェントとテレビ朝日が出資し、設立。本社は東京・渋谷区。16年4月からインターネット動画配信サービスを開始し、オリジナルのニュース番組、アニメ、ドラマ、音楽、スポーツなど多種多様な約30チャンネルを無料で提供する。プロ野球、ゴルフを始めとするスポーツ配信を積極的に展開。株式会社AbemaTVが運営する。

 ◆藤田 晋(ふじた・すすむ)1973年5月16日、福井県生まれ。49歳。青学大卒業後、98年にインターネット事業を主に扱う「サイバーエージェント」を設立し、代表取締役社長に。2000年に当時史上最年少の26歳で東証マザーズに上場。16年に動画配信サービス「ABEMA」を発足。今年12月1日にサッカーJ2町田ゼルビアの代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)に就任。