こんなおっさんになりたい
派遣で職場にきた40代のおっさん
うちの会社は建材販売をやってる会社なんだが、
商品を管理する倉庫とその倉庫の商品を各現場に届ける配送部に
派遣社員が1人ずつ入ってきた。
配送部に配属されたのは
体格のいい20代半ばくらいの若くて元気な男性社員。
俺がいる倉庫にはフォークリフトに乗れるってことで
40代のおっさんが配属されてきた。
うちのリーダーは若い方が配送に配属されたと聞いて
「あっちのほうがよかった」と愚痴っていた。
若い方はフォークリフトに乗れないからしょうがないんだけどね。
40代で派遣社員やってるおっさんなんてロクなもんじゃないだろ、
すぐ切って別の派遣社員を・・・とみんな思ってた。
ところがこのおっさん、
初日からタダ者ではなさそうな働きをしていた。
係長がおっさんに任せた最初の仕事は資材置き場に配送の部署が
散らかしていった廃材を壊して整理すること。
所狭しと並んでいたその量は目分量で見積もっても
産廃用の大きなゴミ箱もすぐに満杯になって、
入り切らないと思った。
ところがそのおっさんは
綺麗に片付けた上にゴミ箱には余裕がある。
ちょっと不思議に思ってゴミ箱を見てみると
廃材がパズルのように整理整頓されて、
余分な隙間なく詰め込まれてた。
ゴミ箱の交換にはかなりの経費がかかるので、
おっさんが作業に長い時間をかけた分の時給と比べてもおつりがくる。
その翌日、あそこに置いてたのを
今日再利用するはずだったのにと配送部からクレームがきた。
するとそのおっさんは商品名を書いてるメモ帳を取り出し、
「どの商品ですか?」と聞いて、
配送が求めていた商品がどこにいくつあるかを説明しはじめた。
うちが管理している在庫じゃないのに・・・と思ったが、
再利用することで経費削減に繋がる。
廃材の中に再利用できそうなものがあれば、
綺麗にして返品伝票を書いて在庫に戻したりしていた。
課長も注目して、経費の削減目標まで立てられるほどになった。
おっさんもたまにミスはするが…
ある日、ちょっと気難しい職人が商品を取りに来たことがあった。
原因は商品管理の連絡ミスでビス一箱だったんだけどモノがないと
現場で作業が止まってしまうことがあるから焦った。
係長がおっさんに急いで取ってくるように指示をすると
おっさんは年齢を感じさせないスピードで倉庫まで全力疾走。
おっさんが商品を持ってくるまでの5分くらいの間、
客を待たせてたからヒヤヒヤだったが、
おっさんはまた全力疾走で戻ってきて
「おまたせしましたぁ~」と
にこやかな笑顔で職人に商品を手渡した。
すると気難しい職人が「ふっ」と笑を漏らし、
部内では「あの人でも笑うのか」と評判になった。
だがおっさんもミスをすることはあった。
その気難しい職人の現場に配達する商品の品出しで
おっさんが間違えて似た商品を出してしまったことがあった。
その職人はカンカンに怒って倉庫に取りに来た時は
さすがにおっさんも神妙に頭を下げてうなだれていた。
係長が厳しく叱っていると職人が係長に向かって
「そんなに怒ることねえだろ!
おめえらだってやらかしてるだろうが!」
この一言のおかげか、この件はお咎め無しで終了。
この日こそうなだれていたが、
仕事中のおっさんはいつも笑顔でニコニコして
職場の雰囲気を良くしてくれていた。
もう1人の若い派遣の方は建材運搬の激務に耐えきれず
3ヶ月で辞めていった。
人手不足になった配送部は
慌てておっさんを回してくれるように求めてきた。
まさかこんな形で倉庫からいなくなるとは思わなかった。
漏れ聞こえてきたおっさんの過去は…
勤務時間は朝8時からなのにおっさんは7時には出社して、
その日の荷物を確認してフォークリフト使って積んでいたから、
8時には余裕で配送を始められていた。
今までは若い派遣社員が8時に出社して、
配送スタートするまでみんなうろうろしてたから、
仕事の効率は格段に上がった。
おっさんの契約は月~金の平日勤務だが、
土曜日に仕事があれば「稼げるから~」と言って喜んで出てくる。
体力がよく持つなぁと関心したが、おっさんは
「朝はゆっくりだし日曜は休めるから」といって平気な顔してた。
ゆっくりって言っても朝7時だし、休みは日曜だけなのに・・・
おっさんはそれよりも遥かにブラックな職場で
働いていた時と比べて楽だと言ってたんだ。
それどころか、自分の息子くらいの新入社員にまで
さん付けで読んで若い社員にタメ口聞かれても
敬語で返して超人格者にしか見えなかった。
おっさんは3年間の派遣期間の後、
入社試験を優秀な成績で切り抜け中途採用された。
人事部の人間から聞いた話だと実は結構いい大学を卒業して、
とある会社で支店長にまでなっていたそうだ。
しかし支店長と言っても名ばかり管理職で
都合のいい奴隷としてこき使われて、鬱になって退社したとか。
おっさんがいつもニコニコしていた裏には
そんな悲惨なブラック企業で働いた経験があったからだった。