太宰府市長辞任

辞表受理

 12月20日付でしたためておりました辞表が本日開催されました選挙後の初議会にて同意され、正式に12月31日付で市長を退任することが決まりました。

 思えば就任一年目、いつでも責任を取れるようにしたため胸に忍ばせていた辞表はもうぼろぼろになり、今回改めて理由や期日を明らかに書き直しました。

 万感の思いを「市の為市民の為に」という一語に込めました。詳細は初議会冒頭での市長挨拶で触れましたので全文添付します。ご一読頂ければ幸いです。

 
 本日、去る12月14日に執行されました市長選挙及び市議会議員選挙後初めての議会となります令和7年太宰府市議会第2回臨時会の開会にあたり、一言ごあいさつを申し上げます。

 改めまして、議員各位におかれましてはご当選誠におめでとうございます。我々政治家にとって選挙は避けて通れないものでありますが、その度ごとにさまざまなドラマがあるものです。

 私自身28歳の時から8回、親子2代では50年で14回選挙を戦って来ましたが、私が5勝3敗、父が4勝2敗で通算9勝5敗となります。一度たりとも楽な選挙はなかったというのが実感です。

 そして、いかなる結果であれ有権者の意思として真摯に受け止めざるを得ません。一方、今回も投票率は42%台、そして市長選では実に923票、3.67%が無効票だったとのことでした。

 2期8年で不出馬を選択し後継指名をしなかった私の決断も結果に影響した可能性もあります。そうした市民の皆さまの声なき声も今後の市政の参考にすることは必要なことだと感じます。

 さて、11月議会で表明しましたように私の最後の仕事として任期を来年1月27日から年内に前倒しする決断をし、既に12月20日付の辞表をしたため市議会議長宛てに提出致しております。

 これはひとえに、かつての本市の混乱を名実ともにリセットするためです。昨今の伊東市のように、8年前の今頃本市でも当時の市長と議会が対立し市長不信任と市議会解散が行われました。

 その後、議員各位、市民の皆様、職員諸氏、そして我々三役などが心を一つに混乱からの脱却を果たして来ましたが、今なお残る混乱の遺物とも言えるのが市長任期と市議任期のずれです。

 公選法34条の2のいわゆる90日特例を活用することにより今回も同日選となりましたが、これにより市議不在の期間が生じると共に選挙後市長任期が1か月半ほど残ることになります。

 今回も12月12、13、14日と市議が不在となり、結果としては事なきを得た形となっていますが、もしその期間に災害など予期せぬ危機が生じたとき議会の招集が出来ない事態となります。

 それ以前に、市議不在の期間があっても事なきを得られる状態は議員各位の沽券にかかわる事態と言えるのではないでしょうか。国会では衆院解散時議員が不在となるため参院が存在します。

 また、既に14日に新市長が選挙で決しながらその後1か月半も去り行く市長が居座るのは私の美徳に反しますし、一般論として去り際に専決等の独断を行いうるなどの問題点が生じ得ます。

 新市長としてもお礼のあいさつ回りや市政運営の構想を練るなど一定の期間は必要でしょうが、時間が開き過ぎれば候補者と有権者としての選挙時の熱が冷めてしまうなどの懸念もあります。

 ちなみに私の一期目の際は、前任者が不信任で不在のため投開票の翌朝から早速初登庁し、お礼回りや構想の暇もなく、前市長からの引継ぎもなく、副市長も教育長も不在という有り様でした。

 こうした諸課題を解決しつつ同日選実施により数千万円に及ぶ税金を節約し投票の利便性にもつなげ、引き継ぎもスムーズ化するためには、退任を年内に前倒しするのが最善と判断しました。

 あくまでも、世の為人の為、市の為市民の為に、そして、次代を担う子どもたちの為に、という私の政治家哲学人生哲学によるものとご理解いただき、後ほどご同意いただければ幸いです。

 その後の来年1月1日からは、切り良く新たに選ばれた市長と議員各位が心機一転市の為市民の為に、そして次代を担う子どもたちの為に、より良い市政を築いていかれることを願っております。

 私自身は、来年4月から大学院に進学し学び直しをしながら、自らのあり方について見つめ直して行きたいと考えております。そして、一市民として愛する郷土の更なる発展を祈り続けます。

 改めまして、これまで2期8年私なりに持ちうる力を出し尽くし、徳治主義を旨とし、とにかく一生懸命やり切った思いです。皆さま本当にお世話になりました。ありがとうございました。