刑法第21問

2022年11月9日(水)

問題解説

問題

甲及び乙(以下「甲ら」という。)は、裕福な老人であり一人暮らしをしているAから金員を奪おうと企み、深夜にA宅へ立ち入った。すると、甲らの予想に反して、Aが 起きていたため、甲らは、Aに暴行を加え、Aが抵抗しなくなってから金員を奪うことにし、Aを殴り始めた。この時、甲はAが死亡してもかまわないと思っていたが、乙はAが死ぬことはないだろうと思っていた。甲らは、数分後,Aが失神して動かなくなったことから、A宅のタンスをあさったところ、同所から現金を見付けて、これをポケットに入れ、A宅から出た。甲は、現金を山分けし、乙と別れた後で冷静さを取り戻し、大変なことをしたと思い、Aの命だけは 助けたいと考え、匿名で病院に電話をして救急車を呼んだが、教急隊員の到着を待つことなく、自宅へ帰った。Aは、翌朝まで放置されていれば、死亡する危険性があったが、甲の電話によって駆けつけた救急隊員の迅速な処置によって一命を取り留めた。 甲及び乙の罪責について論じなさい。

解答

第1 甲の罪責
1 甲がA宅に立ち入った行為については、「正当な理由がないのに、人の住居・・に侵入」したものとして、住居侵入罪(130条前段)が成立する。後述の通り、乙とは共同正犯(60条)となる。
2 次に、甲はAから金員を奪うことを企て、A宅に侵入後、Aを殴りつけて失神させ、タンスから現金を奪っている。Aは一人暮らしであって助けを呼ぶのは難しいこと、2人がかりで 老人であるAを失神するまで殴るという激しい行為態様であることから、反抗を抑圧するに足る「暴行」があったといえる。そして、それを用いて「他人の財物を強取した」ものとして、強盗罪(236条1条)が成立する。
(2) また、甲はAの死亡につき認容しており、殺人の故意が認められるので、強盗殺人罪 (240条後段)が成立する。240条後段には結果的加重犯特有の「よって」の文言がないため、殺意ある場合もこれに含まれると解すべきである。
(3) そして、本罪の法定刑が非常に重いのは、生命・身体を保護法益とするからであることからすれば、既遂未遂の区別も殺人の点を基準とすべきである。
したがって、Aが死亡していない本問では、強盗殺人未遂罪が成立するに止まる(240条後段、243条)。
3 一方、甲は悔悟心から救急車を呼び、その結果Aは一命を取り留めているところ、これに中止犯(43条ただし書)の成立が考えられる。
(1) まず、「自己の意思により」(任意性)中止したといえるか。中止犯の法的根拠は責任減少と政策的理由にあるから、自己の自由な意思によって中止したといえるならば、責任の減少は認められるし、褒賞も与えるべきである。
そこで、「自己の意思」による中止があったといえるには、犯行持続の難易、行為者の予測・計画、犯意の強弱、中止行為の態様等の諸事情を総合的に考慮して、やろうと思えばできたが、あえてやらなかったと評価できることを要し、かつ、それをもって足りるものと解する。
本間では、Aの死の結果に対する因果の流れは進行しており、甲は放置をしさえすればAの死の結果は惹起できた。
にもかかわらず、大変なことをしたと思い、あえて救急車を呼んだのであり、純粋に悔悟の念から出ていると言える。
したがって、やろうと思えばできたが、あえてやらなかったと評価でき、任意性は認められる。
よって、「自己の意思により」の要件を満たす。
(2) 次に、「中止した」(中止行為)といえるか。
中止犯は犯罪の完成を防止したことをその成立要件とするのだから、結果発生の蓋然性を中心に中止行為を考えるべきである。すなわち、結果発生に向けて因果の流れがいまだ進行を開始していない場合は単なる不作為で足りるが、結果発生に向けて因果の流れが既に進行を開始している場合には、結果不発生に向けての積極的な措置が必要となると解する。
なお、中止未遂における刑の必要的減免の根拠は政策的観点と責任減少に求められるから、中止行為は真摯なものであることを要すると解すべきである。
本問では、Aの死の結果への因果の流れが既に進行しているのであるから、甲はAに付き添い、救急隊員に同人を引き渡すなどの行為をする必要があった。にもかかわらず、甲は、救急車を呼んでいるものの、救急隊員の到着を待つことなく、帰宅しているのだから、中止行為として十分なものとは言い難い。
また、救急車を匿名で呼んだのは自己の犯罪が露見しないようにするためであると考えられるところ、このような行為は、真摯なものとも言い難い。 したがって、「中止」したとは認められないので、中止犯は成立しない。
4 以上より、甲には住居侵入罪、2強盗殺人未遂罪の単独正犯が成立し、両者は目的手段の関係にあるから、牽連犯(54条1項後段)となる。なお、「住居侵入罪については乙との共同正犯となり、後述のように2強盗殺人未遂罪については、強盗致傷罪の限度で乙との共同正犯となる。
第2 乙の罪責
1 甲との意思連絡のもとにA宅に侵入した行為について、住居侵入罪の 共同正犯が成立する。
2 次に、第1の2の行為について乙と甲との間には意思連絡があり、現場共謀が成立しているから、少なくとも強盗罪の共同正犯となる。
3 乙には殺人の故意がないため、強盗殺人未遂罪は成立せず、強盗致傷罪(240条前段)が成立するにとどまる。
ここで、上記のように、甲には強盗殺人未遂罪が成立するところ、このように、共同正犯者間で故意が異なる場合、共同正犯が成立するか。
相互利用補充関係に基づく共同犯行の一体性という共同正犯の性質からすれば、共同正犯が成立するためには、共同して特定の構成要件を実現したという事実を要するというべきである。すなわち、「犯罪」とは特定の構成要件の実現を意味すると解すべきである。そうすると、共同正犯間で故意が異なる場合、共同正犯が成立しないかにもみえる。
しかし、構成要件的に重なり合う範囲については「犯罪」の「共同」 が認められる。
したがって、そのような限度で共同正犯の成立が認められるというべきである。
本問において、強盗殺人未遂罪と盗致傷罪は強盗致傷罪の限度で重なり合うといえるから、本件でも強盗致傷罪の範囲で共同正犯が成立する。
4 以上より、乙には住居侵入罪の共同正犯、強盗致傷罪の共同正犯が成立し、両者は牽連犯となる。
以上

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