憲法第21問

2022年11月7日(月)

問題解説

問題

報道機関であるXは、大規模なデモ行進の様子を撮影していたところ、警備にあたっている警察官Bが、デモ行進の参加者に対し、暴行等を加えていたため、その映像も撮影した。Bは、その後、公務員職権濫用罪等により、起訴された。公判において、デモ行進の参加者を証人尋問していたところ、公務員による犯罪に対して関心を有しているYが、傍聴席でその一部始終について、メモを取っていた。事件を受理した裁判所では、当時、傍聴席でのメモの採取を一律に禁止していたため、裁判長は、Yに対してこれを許可せず制止させた。
その後、審理は進んだものの、Bは犯行を否認しており、被害者の特定も困難な状況であったため、裁判所は、刑事訴訟法第99条第3項により、Xに対し、Xがデモ行進の様子を撮影したフィルム(以下「本件フィルム」という。)を提出するよう命じた。
なお、裁判所による提出命令があった当時、Xは、既に、本件フィルムを編集の上、放映を終えている。
以上の事実を前提に、以下の小問について、解答しなさい。
(1) Xは、本件フィルムを提出する義務があるか。
(2) 裁判長がYのメモを禁止した行為に関する憲法上の問題点について、検討しなさい。

解答

第1 小問(1)
1 Xは報道機関であり、取材として大規模なデモ行進の様子とBによる暴行を撮影しているところ、裁判所による提出命令はXの取材の自由を侵害し、Xは、本件フィルムの提出義務を負わないのではないか。
取材活動を行う自由は、表現の自由として21条1項で直接的に保証されているわけではない。
しかし、報道の自由は、国民の知る権利に資するものであり、番組編集の過程で意見・思想が反映されるものであるから、21条1項によって保障される。
そして、報道機関の報道が正しい内容をもつために、報道のための取材の自由もまた、同項の精神に照らし十分尊重に値するものと解する。
2 しかしながら、公正な刑事裁判の実現を保障するために、取材の自由がある程度の制約を被ることとなってもやむを得ない。また、本件にお いて取材の自由が害されるとしても、下記のように、将来において取材活動に支障が生じるおそれがあるという程度にとどまるのであって、取材の自由に対する制約は間接的付随的なものにすぎない。そこで、提出義務の有無は、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重及び取材したものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するに当たっての必要性の有無を考慮するとともに、取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度及びこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきである。
3 本件では、Bによる公務員職権濫用罪という重大犯罪が被疑事実となっており、また、Bは犯行を否認している上、被害者の特定も困難な状況であるから、立証が困難となっている。そのため、現場を中立的な立場から撮影した報道機関の本件フィルムは、証拠上、極めて重要な価値を有し、Bの罪責の有無を審理判断する上でほとんど必須といえる。
一方で、Xは放映目的で撮影したと解されるところ、既に編集の上、放映を終えているのであるから、Xが被る不利益は、将来における取材活動に支障が生じるおそれがあるのみであって、その制約は間接的付随的なものにすぎず、被侵害利益は小さい。
したがって、提出命令は公正な刑事裁判の実現を保障するための合理的な制約であり、21条1項及び同項の精神に反しないから、Xは、本件フィルムを提出する義務がある。
第2 小問(2)
Yは法廷でメモを取る自由を侵害されており、裁判長の法廷警察権の行使は違憲・違法ではないか。
2(1) まず、82条1項は各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを権利として保障しているものではない。
(2) 一方で、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する自由は、21条1項の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれる。このような情報等に接し、これを摂取することを補助するものとしてなされる限り、筆記行為の自由は、21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきである。
もっとも、この自由も他者の人権との調整や優越する公共の利益を確保する必要から、一定の合理的制限を受けることがある。しかも、かかる筆記行為の自由は21条1項の規定によって直接保障されている表現の自由に制限を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではないというべきである。
ここで、公正かつ円滑な訴訟の運営は、傍聴人がメモを取ることに比べれば、はるかに優越する法益である。そして、当該事件の内容、証人、被告人の年齢や性格、傍聴人と事件との関係等の諸事情によっては、メモを取る行為そのものが、審理、裁判の場にふさわしくない雰囲気を醸し出したり、証人、被告人に不当な心理的圧迫などの影響を及ぼしたりすることがあり、ひいては公正かつ円滑な訴訟の運営が妨げられるおそれが生ずる場合のあり得ることは否定できない。
しかし、傍聴人のメモ採取行為が公正かつ円滑な設の運営を妨げることは、通常はあり得ないのであって、特段の事情がない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが21条1項の規定の精神に合致するといえる。
3 とはいえ、法廷警察権の行使は、当該法廷の状況等を最も的確に把し得る立場にあり、訴訟の進行に全責任をもつ判長の広範な裁量に委ねられて然るべきものであるから、判長の判断は、最大限に尊重されなければならない。
したがって、裁判長としては、特に具体的に公正かつ円滑な訴訟の運営の妨げとなるおそれがある場合においてのみ、法廷警察権によりメモを取る行為を制限又は禁止するという取扱いをすることが望ましいが、事件の内容、傍聴人の状況その他当該法廷の具体的状況によっては、傍聴人がメモを取ることをあらかじめ一般的に禁止し、状況に応じて個別
的にこれを許可するという取扱いも、傍聴人がメモを取ることを故なく妨げることとならない限り、裁判長の裁量の範囲内の措置として許容されるものというべきである。
4 本問では、Yがメモを取ることが、法廷内の秩序や静穏を乱したり、審理、裁判の場にふさわしくない雰囲気を醸し出したり、あるいは証人、被告人に不当な影響を与えたりするなど公正かつ円滑な訴訟の運営の妨げとなるおそれがあったという事情は認められない。そのため、 判長が法廷警察権に基づき傍聴人に対してあらかじめ一般的にメモを取 ることを禁止した上、Yに対しこれを許可しなかった措置は、これを妥当なものとして積極的に認し得る事由を見出すことができない。
したがって、上記措置は、合理的根拠を欠いた法廷警察権の行使であり、21条1項に反し違憲である。
以上

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