行政法第24問

2022年11月29日(火)

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問題

Aは、甲県乙町において、建築基準法に基づく建築確認を受けて、客室数20室の旅館 (以下「本件施設」という。)を新築しようとしていたところ、乙町の担当者から、本件施設は乙町モーテル類似旅館規制条例(以下「本件条例」という。)にいうモーテル類似旅館に当たるので、本件条例第3条による乙町長の同意を得る必要があると指摘された。Aは、2011年1月19日、モーテル類似旅館の新築に対する同意を求める申請書を乙町長に提出したが、乙町長は、同年2月18日、本件施設の敷地の場所が児童生徒の通学路の付近にあることを理由にして、本件条例第5条に基づき、本件施設の新築に同意しないとの決定(以下「本件不同意決定」という。)をし、本件不同意決定同日、Aに通知された。
Aは、本件施設の敷地の場所は、通学路として利用されている道路から80メートル離れているので、児童生徒の通学路の付近にあるとはいえず、本件不同意決定は違法であると考えており、乙町役場を数回にわたって訪れ、本件施設の新築について同意がなされるべきであると主張したが、乙町長は見解を改めず、本件不同意決定を維持している。
Aは、既に建築確認を受けているものの、乙町長の同意を得ないまま工事を開始した場合には、本件条例に基づいて不利益な措置を受けるのではないかという不安を有している。 そこで、Aは、本件施設の新築に対する乙町長の同意を得るための訴訟の提起について、弁護士であるCに相談することにした。同年7月上旬に、当該訴訟の提起の可能性についてAから相談を受けたCの立場で、以下の設問に解答しなさい。
なお、本件条例の抜粋は資料に掲げてあるので、適宜参照しなさい。
[設問1]
本件不同意決定は、抗告訴訟の対象たる処分(以下「処分」という。)に当たるか。Aが乙町長の同意を得ないで工事を開始した場合に本件条例に基づいて受けるおそれがある措置及びその法的性格を踏まえて、解答しなさい。
[設問2]
本件不同意決定が処分に当たるという立場を採った場合、Aは、乙町長の同意を得るために、誰を被告としてどのような訴訟を提起すべきか。本件不同意決定が違法であることを前提にして、提起すべき訴訟とその訴訟要件について、事案に即して説明しなさ い。なお、仮の救済については検討しなくてよい。
【資料】 乙町モーテル類似旅館規制条例(平成18年乙町条例第20号) (抜粋) (目的)
第1条 この条例は、町の善良な風俗が損なわれないようにモーテル類似旅館の新築又は改築(以下「新築等」という。)を規制することにより、 清純な生活環境を維持することを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において「モーテル類似旅館」とは、旅館業法(昭和23年法律第138号)第2条に規定するホテル営業又は旅館営業の用に供することを目的とする施設であって、その施設の一部又は全部が車庫駐車場又は当施設の敷地から、屋内の帳場又はこれに類する施設を通ることなく直接客室へ通ずることができると認められる構造を有するものをいう。
(同意)
第3条 モーテル類似旅館を経営する目的を持って、モーテル類似旅館の新築等(改築によりモーテル類似旅館に該当することとなる場合を含む。以下同じ。)をしようとする者(以下「建築主」という。)は、あらかじめ町長に申請書を提出し、同意を得なければならない。
(問)
第4条 町長は、前条の規定により建築主から同意を求められたときは、乙町モーテル類似旅館建築審査会に諮問し、同意するか否かを決定するものとする。
(規制)
第5条 町長は、第3条の申請書に係る施設の設置場所が、次の各号のいずれかに該当する場合には同意しないものとする。
(1) 集落内又は集落の付近
(2) 児童生徒の通学路の付近
(3) 公園及び児童福祉施設の付近
(4) 官公署、教育文化施設、病院又は診療所の付近
(5) その他モーテル類似旅館の設置により、町長がその地域の清純な生活環境が害されると認める場所
(通知)
第6条 町長は、第4条の規定により、同意するか否かを決定したときは、その旨を 建築主に通知するものとする。
(命令等)
第7条 町長は、次の各号のいずれかに該当する者に対し、モーテル類似旅館の新築等について中止の勧告又は命令をすることができる。
(1) 第3条の同意を得ないでモーテル類似旅館の新築等をし、又は新築等をしようとする建築主
(2) 虚偽の同意申請によりモーテル類似旅館の新築等をし、又は新築等をしようとする建築主
(公表)
第8条 町長は、前条に規定する命令に従わない建築主については、規則で定めるところにより、その旨を公表するものとする。ただし、所在の判明しない者は、この限りでない。
2 町長は、前項に規定する公表を行うときは、あらかじめ公表される建築主に対し弁明の機会を与えなければならない。
(注) 本件条例においては、資料として掲げた条文のほかに、罰則等の制裁の定めはない。
(司法試験予備試験 平成23年度)

解答

第1 設問について
1 抗告訴訟の対象たる「処分」(行政事件訴訟法(以下「法」という。)3条2項)とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。
2 本件不同意決定(本件条例3条)がなされたとしても、Aは建築確認を得ている以上、適法に本件施設の建築に着手することができるから、直ちに法的効果の発生を認めることはできない。
(1)ア もっとも、Aが乙町長の同意を得ないで工事を開始した場合、本件条例に基づいて以下の措置を受けるおそれがある。すなわち、本件条例に基づいて受けるおそれがある措置としては①本件施設の新築の中止勧告、②同中止命令、③Aが同中止命令に従わない場合の公表の3つが考えられる(本件条例7条1号、8条)。
イ ①にとどまる場合は、あくまでもAが任意に応じることを働き掛ける行政指導(行政手続法(以下「行手法」という。)2条6号)としての法的性格を有するにすぎない。
他方で、②の中止命令が出された場合は、Aは自らの財産権(憲法29条1項)の行使としての本件施設の建築行為を行うことができないという法的効果が発生することになる。これは、財産権という権利制限をもたらす不利益処分(行手法2条4号、2号)であって、名宛人に重大な影響を及ぼすものである。
さらに、③の公表には、弁明の機会(行手法13条1項2号) が付与されている(本件条例8条2項)ことから、不利益処分としての性格を有すると解されるところ、公表がなされた場合は、名誉や社会的信用が毀損され、その性質上事後的な救済は困難であるから、さらに深刻な不利益が生じる。
そして、本件ではAが乙町役場を数回も訪れ、本件施設の新築について同意がなされるべきであると主張したにもかかわらず、乙町長は見解を改めず。本件不同意決定を頑として維持している。そうすると、仮にAが本件施設の建築を続行した場合は、乙町長が相当程度の確実さをもって②や③の措置を行うものといえる。
以上のような条例の仕組みに照らせば、本件不同意決定は名宛人を中止命令や公表という処分を受けるべき地位に立たせるものであって、直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するも のといえる。
(2) また、本件不同意決定は本件条例5条に基づいてされており、乙町長の優越的な地位に基づいて一方的になされているから、公権力の主体たる公共団体が行う行為であって、それが法律上認められているも のであるといえる。
3 よって、本件不同意決定は、「処分」に当たる。
第2 2について
1 本件施設の新築に対する乙町長の同意の義務付け訴訟(法3条6項2号37条の3第1項)と、本件不同意決定に対する取消訴訟を併合提起すべきである(同条3項2号)。これらの訴訟は、処分庁である乙町長の所属する公共団体である乙町(法38条1項11条1項1号)を被告として提起する。
2(1) 義務付け訴訟の提起については、「第3条第6項第2号に掲げる場合」(法37条の3第1項柱書)を満たす必要がある。
本件では、モーテル類似旅館を新築するためには、本件条例3条において建築主は、あらかじめ町長に申請書を提出することが要件となっており、それに沿ってAは本件施設の新築に対する同意を求める申請書を乙町長に提出した。しかし、乙町長は本件不同意決定を維持したままであり、同意をしていない。そして、以下の通り。本件不同意決定は取り消されるべきである。
したがって、本件は 「第3条第6項第2号に掲げる場合」に当たる。
(2) そして、本件施設の敷地の場所は、通学路として利用されている道路から約80メートル離れており、不同意事項となる本件条例5条2号の児童生徒の通学路の付近に当たらない。
そうだとすれば、乙町長はAの申請に対して同意をすべきであった。にもかかわらず、乙町長は本件不同意決定を行ったという違法事由がある。
したがって、本件不同意処分につき「取り消されるべきもの」といえ、法37条の3第1項第2号の要件を満たす。
(3) また、Aは上記申請書の提出者なので、「法令に基づく申請・・をした者」として原告適格(法37条の3第2項)を有する。
さらに、上記のように、 本件不同意決定に対する取消訴訟の併合提起が必要であるところ、後述のように、取消訴訟の要件も満たされる。
3 本件不同意決定に対する取消訴訟の要件を検討する。
まず、本件不同意決定は「処分」である。Aは本件不同意処分の名宛人であるから、原告適格(法9条1項)も満たす。
また、Aの請求が認容された場合、既に建築確認を受けているAは本件施設を建築し営業を行うことができるので、上記取消訴訟によってAの具体的な権利利益が客観的にみて回復可能である。 したがって、訴えの利益も満たす。
さらに、本件不同意決定は2011年2月18日にされ、同日Aに通知されており、同日がAが「処分・・があったことを知った日」である。 現在は同年7月上旬であるので、「6箇月」を経過していない。よって、 出訴期間に関する法14条1項本文の要件も満たす。不服申立前置に関する規定もない。
4 以上より、義務付け訴訟の訴訟要件は満たされる。
以上

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