刑事訴訟法第4問
問題
司法警察員らは、かねてから覚せい剤密売の嫌疑のあるXに対して内偵捜査を進めていたが、Xが他県の暴力団関係者から宅配便により覚せい剤を仕入れている疑いが生じた。もっとも、Xは捜査機関の摘発を最大限に警戒していたため、Pらは覚せい剤の入手方法については全く見当がついていない状況であった。そこで、Pらは、宅配便業者のA営業所に対して、Xの自宅に係る宅配便荷物の配達状況について照会等をしその結果、X宅には短期間のうちに多数の荷物が届けられており、それらの配送伝票の一部には送り主の住所記載欄に実在しない住所が記載されているなどの不審な記載があることが判明した。かかる情報を入手したPらは、X宅に配達される予定の宅配便荷物のうち不審なものを借り出してその内容を把握する必要があると考え、A営業所の長であるBに対し、協力を求めたところ、承諾が得られたので、合計5回にわたり、X宅に配達される予定の宅配便荷物各1個をA営業所から借り受けた上、エックス線検査を行った。その結果、1回目の検査においては覚せい剤とおぼしき物は発見されなかったが、2回目以降の検査においては、いずれも、細かい固形物が均等に詰められている長方形の袋の射影が観察された(以下、これら5回の検査を「本件エックス線検査」という。)。なお、本件エックス線検査を経た上記各宅配便荷物は、検査後、A営業所に返還されて通常の運送過程下に戻り、X宅に配達された。また、Pらは、本件エックス線検査について、荷送人及び荷受人の承諾を得ていなかった。
なお、エックス線検査とは、対象物に外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察することをいい、その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能なものである。
後日、Pらは、本件エックス線検査の射影の写真等を疎明資料の一部として捜索差押許可状の発付を得て、X宅の捜索を行った。そして、先日のエックス線検査を経て配達された宅配便荷物の中及び家宅内の机の引き出しから覚せい剤(以下「本件覚せい剤」という。)が発見されたため、これを差し押さえた。
(1)本件エックス線検査の適法性について論ぜよ。
(2)本件覚せい剤の証拠能力について論ぜよ。
解答 2022年7月18日(月)自作
第1 小問(1)について
1 本件エックス線検査が強制の処分(197条1項ただし書)に該当する場合、法律に特別の定め及びそれに対応する令状が要求される。そこで、本件エックス線検査が強制の処分に該当するか問題となる。
2 この点、強制の処分は、強制の処分法定主義と令状主義の両面にわたり厳格な法的制約に服し、必要ある最低限のものに限定されるべきである。具体的には、強制の処分は、権利利益への実質的な制約が認められ、かつ、被処分者の明示又は黙示の意思に反するものといえる。よって、強制の処分とは、①個人の明示又は黙示の意思に反し、②重要な権利利益に実質的に制約を加える手段をいうと解する。
3 Pらは、本作エックス線検査について、荷送人及び荷受人の承諾を得ていなかった。エックス線検査は、物の性状等を無断で覚知するものであるところ、それについて被処分者が承諾することは通常考え難く、本件エックス線検査は、①荷送人らの黙示的な意思に反しているといえる。また、本件エックス線検査は、その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシーを大きく侵害するものである。プライバシーは憲法13条によって保障されており、よって、本件エックス線検査は、②被処分者の重要な権利利益に対して制約を加えるものである。
4 以上より、本件エックス線検査は、強制の処分としての性質を有すると解する。そして、本件エックス線検査が、不審な宅配便荷物について、その内容物の存在及び状態を視覚的に把握するために行われたものであることに鑑みれば、強制の処分の一類型である検証(218条1項)として把握すべきである。検証には検証令状が必要とされるから(同条同項)、これがないまま実施された本件エックス線検査は、違法である。
第2 小問(2)について
1 本件覚せい剤は、X宅の捜索を行った結果差し押さえられたものであるが、この差押えに際して発付された捜索差押許可状は、前述のような違法な本件エックス線検査によって得られた射影の写真等を疎明資料としている。
2 かかる本件捜索差押許可状に基づく捜索差押えが違法性を帯びることは否定できず、ひいては本作覚せい剤の証拠能力にも影響が及ぶと考えられる。もっとも、このように違法に収集された証拠の証拠能力については明文を欠く。そこで、この点についていかに解すべきか問題となる。司法の廉潔性、将来の違法捜査の抑制及び手続的正義の確保の要請(憲法31条)と真実発見(1条)の調和の見地から、①令状主義の精神を没却するような重大な違法があり(違法重大性)、かつ②証拠として採用することが将来における違法捜査を抑止する見地から相当でない場合(排除相当性)に証拠能力が否定されるものと解する。また、違法に収集された証拠と関連性を有する証拠については、第一次的証拠の収集方法の違法の程度と、収集された第二次的証拠の重要さの程度、両証拠間の関連性の程度などの諸般の事情を総合的に考慮し、判断すべきである。
3 本件は、Pらは当初から本件エックス線検査を行う予定でありながら、令状を取得していないのであって、当初適法な行為が相手方の対応等、流動する情勢の中で違法なものに転化してしまった事案とは確かに異なる。しかし、Xには宅配業者を利用した、運送業法上も運送契約上も当然に荷受けが禁止されている、覚せい剤譲受け罪の嫌疑が高まっているにもかかわらず、証拠を他から入手し難い状況にあり、さらに事案を解明するためには、本件エックス線検査のほかに適当な代替手段はなかった。以上からすれば、令状発付の実体的要件は満たしていたといい得るから、その要件が実質的に欠ける場合と対比すれば、本件エックス線検査の法規からの逸脱の程度は大きくない。加えて、Pらは、荷物そのものを現実に占有し管理しているA営業所長Bの承諾を得た上で本件エックス線検査を実施し、その際、X宅に配達される予定の荷物のうち、覚せい剤が収められていると疑われる荷物を借り受けるなど、検査の対象を限定する配慮もしていたのであって、令状主義を潜脱する意図があったとはいえない。従って、①違法が重大であるとまではいえない。また、本件覚せい剤は、司法審査を経て発付された捜索差押許可状に基づく捜索において発見されたものであり、その発付に当たって、本件エックス線検査の結果以外の証拠も資料として提供されており、本件エックス線検査(及びそれに基づき得られた射影等)と本件覚せい剤の関連性は強くない。 さらに、本件覚せい剤は、それ自体犯罪を組成する物件であり、証拠価値が高い。それだけでなく、本件は暴力団関係者も絡む組織性の高い覚せい剤密売の事案であり、事案としても重大である。従って、②本件覚せい剤を証拠として採用することが将来の違法捜査抑止のために相当でないともいえない。
4 以上より、本件覚せい剤の証拠能力は認められる。
以上
2,063字
◁刑法第4問
▷民法第5問
問題と考え方と答案構成
解答 2022年7月18日(月)アガルート
第1 小問(1)について
1 本件エックス線検査が「強制の処分」(197条1項ただし書)に該当する場合、「法律に特別の定」及びそれに対応する令状が要求される。
そこで、本件エックス線検査が「強制の処分」に該当するか問題となる。
2 「強制の処分」は、強制処分法定主義と令状主義の両面にわたり厳格な法的制約に服させる必要があるものに限定されるべきである。
そこで、「強制の処分」たり得るためには、重要な権利利益に対する制約が認められなければならない。
また、被処分者の意思に反しない場合には、権利利益への実質的な制約は認められないから、被処分者の明示又は黙示の意思に反することも必要である。
したがって、「強制の処分」とは、個人の明示又は黙示の意思に反 し、重要な権利利益に実質的に制約を加える手段を意味するものをいうと解すべきである。
3 本件エックス線検査は、その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシーを大きく侵害するものである。プライバシーは憲法13条によって保障されているといえる。 したがって、本件エックス線検査は、被処分者の重要な権利利益に対して制約を加えるものである。
また、Pらは、本作エックス線検査について、荷送人及び荷受人の承諾を得ていなかった。エックス線検査は、物の性状等を無断で覚知するものであるところ、それについて被処分者が承諾することは通常考え難いから、本件エックス線検査は、荷送人らの黙示的な意思に反しているといえる。
4 以上から、本件エックス線検査は、「強制の処分」としての性質を有すると解すべきである。
そして、本件エックス線検査が、不審な宅配便荷物について、その内容物の存在及び状態を視覚的に把握するために行われたものであることに鑑みれば、検証(218条1項)として把握すべきである。
検証には検証令状が要求されるから(同項)、これがないまま実施さ れた本件エックス線検査は、違法である。
第2 小問(2)について
1 本件覚せい剤は、X宅の捜索を行った結果差し押さえられたものであるが、この差押えに際して発付された捜索差押許可状は、前述のような違法な本件エックス線検査によって得られた射影の写真等を疎明資料としている。
2(1) そうだとすると、このような捜索差押許可状に基づく捜索差押えが違法性を帯びることは否定できず、ひいては本作覚せい剤の証拠能力にも影響が及ぶと考えられる。
(2)もっとも、このように違法に収集された証拠の証機能力については明文を欠く。そこで、この点についていかに解すべきか。
司法の麻混性・将来の違法捜査の抑制・手続的正義の確保の要請(憲法31条)と真実発見(1条)の調和の見地から、①令状主義の精神を没却するような重大な違法があり(違法重大性)、かつ②証拠として採用することが将来における違法捜査を抑止する見地から相当でない場合(排除相当性)に証拠能力が否定されるものと解する。
また、違法に収集された証拠と関連性を有する証拠については、第一次的証拠の収集方法の違法の程度と、収集された第二次的証拠の重要さの程度、両証拠間の関連性の程度などの諸般の事情を総合的に考慮し、違法重大性、排除相当性を判断すべきである。
3 本件についてみると、Pらは当初から本件エックス線検査を行う予定でありながら、令状を取得していないのであって、当初適法な行為が相手方の対応等動する情勢の中で違法なものに転化してしまった事案とは異なる。
しかし、Xには宅配業者を利用した覚せい剤譲受け罪の嫌疑が高まっているにもかかわらず、証拠を他から入手し難い状況にあり、さらに事案を解明するためには、本件エックス線検査のほかに適当な代替手段はなかった。以上からすれば、礼状発付の実体的要件は満たしていたといい得るから、その要件が欠ける場合と対比すれば、本件エックス線検査の法規からの逸脱の程度は大きくない。
加えて、Pらは、荷物そのものを現実に占有し管理しているA営業所長Bの承諾を得た上で本件エックス線検査を実施し、その際、X宅に配達される予定の荷物のうち,覚せい剤が収められていると疑われる荷物を借り受けるなど、検査の対象を限定する配慮もしていたのであって、令状主義を潜脱する意図があったとはいえない。したがって、違法が重大であるとまではいえない。また、本件覚せい剤は、司法審査を経て発付された捜索差押許可状に基づく捜索において発見されたものであり、その発付に当たって、本件エックス線検査の結果以外の証拠も資料として提供されており、本件エックス線検査(及びそれに基づき得られた射影等)と本件覚せい剤の関連性は強くない。 さらに、本件覚せい剤は、それ自体犯罪を組成する物件であり、証拠価値が高い。それだけでなく、本件は暴力団関係者も絡む組織性の高い覚せい剤密売の事案であり、事案としても重大である。
したがって、本件覚せい剤を証拠として採用することが将来の違法捜査抑止のために相当でないともいえない。
4 以上から、本件覚せい剤の証拠能力は認められる。
以上