憲法第19問

2022年10月24日(月)

問題解説

問題

以下の事案を読み、小問に答えなさい。なお、事案は現行の法令等を一部改変して作成した架空のものである。
Xは、Y市で病院を経営する医療法人であるが、病院名を「○○乳腺病院」へと変更することを内容とする定款変更の認可を申請した。しかし、Y市は、以下の理由により、不認可処分を行った。Xは、この不認可処分の取消しを求めて訴えを提起した。
○医療法A条によれば,医療機関が広告することができるのは、同法B条に列記された診療科名に限られる。それ以外の、診療科名又は診療科名と紛らわしい文言については、これを「病院の名称」としても用いることは許されない。「乳腺」の名称は医療法によって広告が認められている診療科名に該当しない。「乳腺」は、身体の部位を指すものとして、医療法が広告を禁ずる「診療科名又は診療科名に紛らわしい文言」にあたる。
○「乳腺」が診療科名として採用されなかったのは、医道審議会が平成8年に厚生大臣(当時)に宛てて、「乳房部疾患の医療に取り組んでいる外科、婦人科等との整理・区分が必ずしも十分でなく、また、乳房部疾患を専門的にみる診療体制が十分整っている診療分野と考え難い」との意見書を提出したためである。
小問1 Xは、どのような憲法上の主張をすると考えられるか。簡潔に述べなさい。
小問2 この問題に関する、あなた自身の考え方を述べなさい。
(慶應義塾大学法科大学院 平成20年度)

解答

第1 問1について
1 Xに対する不認可処分(以下「本件処分」という。)の根拠となる医療法A条、B条では、病院名について「乳際病院」との名称変更が認められていない(以下、両条併せて,「本件規定」という。)。
「名称」は自己の思想等の精神的活動を端的に表したものであるから、病院にいかなる「名称」を付けるかは「表現」行為の中に含まれる (21条1項)。そうすると、本件規定は「乳際病院」との名称変更を認めないことによって、Xの表現活動を規制するものであり、Xの表現の自由は制約されている。
2(1) 表現の自由は、表現を通じて個人の人格形成発展(自己実現)に直接関わる重要な権利であるところ、上記のように「名称」選択にはその価値が端的に現れるといえる。 したがって、その制約は最小限の範囲に限られるべきである。 具体的には、①規制目的が必要不可欠なやむにやまれぬ利益であり、②規制手段が目的達成のための必要最小限度のもののみが許容されると解すべきである。
(2)ア 本件規定の目的は、紛らわしい病院名を禁じることにより、病院選択の混乱を防止し、もって国民に適切な医療を受けさせる点にあると考えられる。しかし、これは一種のパターナリズムであって、 必要不可欠なやむにやまれぬ利益であるといえるかは疑わしい。
イ また、外科、婦人科等と比べ、「乳腺」などの診療科名であっても、その分野での医療を受けたい患者側にとってみれば、病院選択について混乱することはなく、むしろ適切な医療を受けることができるようになる。そうすると、医療法B条に列記された診療科名以外の、診療科名又は診療科名と紛らわしい文言について、一律に病院名としての利用を禁止するのは過剰であって、上記目的に照 らし、個別具体的に判断すべきである。
したがって、本件規定は、必要最小限のものとはいえない。
(3) よって、本件規定は21条1項に反する。
3 また、本件規定は「紛らわしい文言」と規定されているが、その認定には公権力の主観が入り得る余地があり、一義的に明確とはいえないから、漠然性ゆえに21条1項に反し、無効である。
4 よって、違憲な本件規定に基づく本件処分も違法となる。
第2 小間2について
1 確かに、病院の名称によって国民に医療にかかる情報を提供すること ができるから、知る権利(21条1項)に資するものであって、診療科名(病院名)を変更する自由も、表現の自由としての側面は否定することができない。
もっとも、いかなる「名称」を付すとしても、病院経営という営業活動の一環にすぎず、精神的活動を外部に表現するものではない。特に、本件規定が規制するのは、「名称」の中でもある程度類型化された「診療科名」であり、なおさらである。
したがって、上記も、ひとまず表現の自由として21条1項の保険の下にあると解すべきであるが、その保障の程度は表現の自由一般に比べて、一段低いものとならざるを得ない。 2 そこで、表現の自由一般の規制に適用されるような厳格な審査基準は適用されず、厳格な合理性の基準が適用されると解する。具体的には、①規制目的が重要であり、②規制手段が目的との実質的な関連性を有する場合、上記の自由に対する制約が認められる。
3(1) まず、本件規定の目的は、Xが主張する通りであり、その重要性が認められる。この点について、Xは一種のパターナリズムであって不当であると主張するが、医療に関わる事項は、国民の生命・身体の安全に重大な影響を及ぼすから、国に必要な情報提供を行う義務があるというべきである。Xの主張は失当である。
(2) では、規制手段はどうか。
ア 平成8年における意見書では、①乳房部疾患の医療に取り組む外科等との区別が不十分であること、②乳房部位を専門的にみる診療体制が整っていないことを、理由として「乳腺」が診療科名から除外されている。
①について、「乳隊」などの身体の部位を指すものをむやみに診療科と認めては、外科、婦人科等他の診療科との整理が不明瞭となり、患者側が混乱するおそれがある。また、②について、少なくとも平成8年の時点では乳房部疾患の専門的医療体制が不十分であったものと認められるため、「乳腺」を一つの診療科と扱うことは患者が適切な医療を受けることを妨げるおそれがある。 そのため、その後、上記専門的医療体制が進歩したなどの事情が無い限り、必ずしも不合理な規制であるとはいえない。
イ この点について、Xは本件規定は規制過剰であると主張するが、 上記目的を達成するためには、紛らわしい名称は極力排除することが望ましいから、その性質上、個別具体的中断とするに適さない。また、「名称」の中でも診療科名は独自性が認め難い部分であるから、これを規制したからといって重大な弊害があるわけではない。
ウ よって、本件規定の規制手段には、上記目的との実質的な関連性が認められる。
(3) 以上から、本件規定は、21条1項に反しない。
4 また、Xは、本件規定について返然性ゆえに無効の主張(明確性原則違反)をしている。
明確な法文を文面上違憲であるとするのは、表現の自由へ萎縮的効果が及ぶことを避ける点にあるから、一般人を基準として、明確性原則違反の有無を判断するのが妥当である。具体的には、通常の判断能力を有する一般人が、当該具体的場合において、禁止される行為か否かを法文から判断できるか否かによって決すべきである。
本件規定は、列挙された診療科名以外の紛らわしい文言の使用を全て禁止しているのであるから、通常の判断能力を有する一般人の理解にお いて、禁止される行為か否かの判断は可能である。よって、本件規定が漠然性ゆえに無効とはいえない。
以上より、本件規定は21条1項に反しない。
5 本件規定に基づく本件処分も合憲である。
以上

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